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福島地方裁判所白河支部 昭和50年(ワ)86号 判決 1983年3月30日

原告

安藤真紀

原告兼右法定代理人親権者 父

安藤光久

同 母

安藤正代

原告

佐藤和歌子

原告兼右法定代理人親権者 父

佐藤雄司

同 母

佐藤京子

原告

曽根原美輝

原告兼右法定代理人親権者 父

曽根原輝雄

同 母

曽根原慶伊子

右原告ら訴訟代理人

佐々木廣充

渡辺和子

高橋一郎

安藤和平

安部洋介

内田剛弘

宇都宮晴子

武藤正隆

植村泰男

野田弘明

大内猛彦

本田俊雄

森谷和馬

中村れい子

藤森勝年

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

大森勇一

外一八名

被告

山之内製薬株式会社

右代表者

渡辺順平

右訴訟代理人

尾崎行信

桃尾重明

赤松俊武

原田進安

松尾真

河原勢自

被告

明治製菓株式会社

右代表者

中川赳

右訴訟代理人

金沢恭男

被告

萬有製薬株式会社

右代表者

岩垂孝一

右訴訟代理人

梶原正雄

久保田敏夫

江口英彦

被告

富士製薬工業株式会社

右代表者

今井精一

右訴訟代理人

縄稚登

菅谷幸男

主文

一1  被告明治製菓株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富士製薬工業株式会社は、原告安藤真紀に対し、各自、金九二〇万円並びに内金八〇〇万円に対する被告萬有製薬株式会社については昭和五〇年八月一五日から、その余の被告会社らについては、同月一六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員及び内金一二〇万円に対する本判決確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被告山之内製薬株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富士製薬工業株式会社は、原告佐藤和歌子に対し、各自、金九二〇万円及び内金八〇〇万円に対する被告萬有製薬株式会社については昭和五〇年八月一五日から、その余の被告会社らについては同月一六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員及び内金一二〇万円に対する本判決確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  被告山之内製薬株式会社、同明治製菓株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富士製薬工業株式会社は、原告曽根原美輝に対し、各自、金九二〇万円及び内金八〇〇万円に対する被告萬有製薬株式会社については昭和五〇年八月一五日から、その余の被告会社らについては同月一六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員及び内金一二〇万円に対する本判決確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告安藤真紀、同佐藤和歌子及び同曽根原美輝の前項記載の各被告らに対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告安藤光久、同安藤正代、同佐藤雄司、同佐藤京子、同曽根原輝雄及び同曽根原慶伊子の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告国との間においては、全部原告らの負担とし、原告安藤真紀、同佐藤和歌子、同曽根原美輝と被告会社らとの間においては、同原告らに生じた費用の五分の四を被告会社らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、第三項記載の原告らと被告会社らとの間においては、被告会社らに生じた費用の二〇分の一を同原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一項各号に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1(一)  被告国、同明治製菓株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富土製薬工業株式会社は、各自、原告安藤真紀に対し金三四五〇万円、原告安藤光久及び同安藤正代に対し各金一七二万五〇〇〇円

(二)  被告国、同山之内製薬株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富士製薬工業株式会社は、各自、原告佐藤和歌子に対し金三四五〇万円、原告佐藤雄司及び同佐藤京子に対し各金一七二万五〇〇〇円

(三)  被告国、同山之内製薬株式会社、同明治製菓株式会社、同萬有製薬株式会社及び同富士製薬工業株式会社は、各自、原告曽根原美輝に対し金三四五〇万円、原告曽根原輝雄及び同曽根原慶伊子に対し各金一七二万五〇〇〇円

並びに右各金員に対する被告国及び同萬有製薬株式会社については昭和五〇年八月一五日から、その余の被告会社らについては同月一六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁(各被告)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  (被告国は、右1及び2の他に)

仮執行宣言付原告勝訴判決の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告安藤真紀(昭和四六年三月二八日生)、同佐藤和歌子(昭和四四年五月二五日生)及び同曽根原美輝(昭和四四年二月七日生)はいずれも大腿四頭筋短縮症に罹患した者(以下、同原告らを「原告真紀」、「原告和歌子」、「原告美輝」といい、また「原告患児ら」ともいう。)、原告安藤光久及び同安藤正代は原告真紀の、原告佐藤雄司及び同佐藤京子は原告和歌子の、原告曽根原輝雄及び同曽根原慶伊子は原告美輝の、それぞれ父及び母である。

(二) 被告会社らは、いずれも医薬品の製造・販売等を目的とする株式会社であるが、別紙注射剤一覧表「注射剤名」欄記載の各筋肉注射剤をそれぞれ製造・販売した。

(以下、被告会社を各別に表示するときは、「被告山之内」「被告明治」「被告萬有」「被告富士」という。また、右各筋肉注射剤を総称して「本件各筋肉注射剤」といい、これを各別に表わすときは、例えば「本件パラキシンゾルM」というように、右一覧表「注射剤名」欄記載の商品名によつて示す。)

(三) 被告国の公務員である厚生大臣は、別紙注射剤一覧表「製造許可年月日」欄記載の日に、本件各筋肉注射剤につき、製造業の許可及び製造の承認(以下合わせて単に「製造許可」ということがある。)をした。

2  筋肉注射による大腿四頭筋短縮症罹患

(一) 大腿四頭筋短縮症(以下単に「本症」ということがある。)は、歩行・走行障害、正座蹲居障害等の整形外科的な機能障害を主訴とする疾患である。その本態は、大腿四頭筋の筋肉組織が線維性の瘢痕組織に変性し、腱様外観を呈する固い索状物となり、これが筋の伸展性、弾力性を阻害し、大腿骨の成長に比して相対的に筋が短縮した状態となつたものである。そのために、膝関節の伸展は可能であつても、屈曲時には筋の運動に対する相対的な短縮のために屈曲が制限され、更に大腿直筋は二関節筋であるところから、これが短縮した場合には、膝関節の屈曲障害とともに股関節の伸展も障害されることになる。

(二) 大腿四筋頭短縮症は、筋肉注射剤を、人、ことに乳幼児の大腿部に注射することによつて生ずる疾患であり、このことは次の各事実から明らかである。

(1) 昭和四八年秋に山梨県における本症の集団発生が公になり、これに関心を持つ医師らによつて結成された全国自主検診団により、全国各地で集団検診が行われ昭和五〇年四月三〇日現在、全国四五都市において二四五九名の本症患児の存在が確認されたが、右検診に基づく疫学的調査の結果は、次の事実を示している。

① 本症患児は、幼少時に大腿部に筋肉注射を受けていた。

② 大腿部に筋肉注射された経験のない小児からは本症患児が発見されなかつた。

③ 注射本数の増加につれて有症率は高くなり、また注射本数と重症度との間には定量的な関係がある。

④ 筋肉注射に使用されている筋肉注射剤は、クロラムフェニコール、ペニシリンなどの抗生物質、スルピリンなどの解熱鎮痛剤、鎮咳去痰剤、抗ヒスタミン剤等広範な種類の筋肉注射剤に及んでいる。

(2) 我が国における本症に関する多数の報告例は、注射を原因であると明記し若しくは推測し又は注射が原因であるとは明言しないものの注射歴に言及するものが大部分を占める。

(3) 動物に筋肉注射をして実験した結果、被験動物についても人間の本症と同様の筋組織の線維化、瘢痕化が発現することが確かめられている。

(4) 筋肉注射の部位となることの多い三角筋、臀筋に三角筋短縮症、臀筋短縮症等の筋肉傷害が生じている症例が多く報告されている。

(5) 本症患児の多くのものが、大腿部前面に皮膚陥凹を有し、又は皮膚の不平等性を示している。

(6) 筋肉注射剤の生産量と本症の発生数との間に相関関係が認められる。

(7) 日本小児科学会筋拘縮症委員会、日本整形外科学会筋拘縮症委員会及び厚生省の筋拘縮症研究班発生予防部会は、いずれも、筋肉注射により本症が発生するとするかあるいはこれを前提とする提言又は報告を発表しており、筋肉注射が本症の原因であることは、現在では、もはや医学上の常識になつている。

(三) 原告真紀(当時二月ないし三月)、同和歌子(当時一月ないし三歳五月)及び同美輝(当時六月ないし三歳三月)は、亡青木研一医師(以下「青木医師」という。)が開設した青木小児科医院において、青木医師の診断に基づいて、別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり、被告国が製造許可し、被告会社らの製造・販売する本件各筋肉注射剤を、原告真紀においてはその全てを右大腿部に、原告和歌子においてはその全てを左大腿部に、原告美輝においてはその全てを右大腿部に、それぞれ注射されたものである。

(四) 原告患児らは、右筋肉注射を受けた結果、いずれも右筋肉注射を受けた最終日ころ、右各表「病歴」欄記載のとおり、原告真紀については右大腿部の、原告和歌子においては左大腿部の、原告美輝においては右大腿部の大腿四頭筋短縮症に罹患した。

3  無過失責任

医療行為及び医薬品は、人の生命・健康に対する危険を本質的に伴う。被告会社らは、医薬品の製造・販売により利潤を追及するもので、医薬品の大量生産及び大量販売により右の危険を一層増大させるが、反面その保有する専門的技術・知識と資力により、その危険を回避する手段を採り得る立場にある。被告国は、国民の生命と健康を守るために医療行為及び医薬品の製造・販売を指導し監督すべき責務を負い、これを実現するために必要な人的・物的組織を保有している。これに対し、原告らは、これといつた資産ないし特別な収入もなく、医療行為及び医薬品に対する専門的知識を全く有しない一般市民である。本件は、被告国が製造を許可し、この許可に基づいて被告会社らが製造・販売した本件各筋肉注射剤が使用されることによつて、原告らに損害を発生させたものであるが、このように加害者と被害者との間の能力の差が甚だしい場合には、当事者の対等を前提に過失責任主義を採用する民法七〇九条の不法行為として扱うのは妥当でない。本件は、社会関係の変化に伴い出現し増加の一途をたどる不等質者間の、人の安全にとつて本来的に危険な活動に伴う不法行為であり、損害負担の衡平、被害者の救済、事故防止等につき無過失責任主義によつてしか妥当な結果を期待し得ない不法行為類型として、被告らにおいて、故意・過失の有無にかかわらず、原告らの損害を賠償する責任があるとすべきである。

4  故意責任

被告会社ら及び被告国は、昭和二七年ころ、遅くとも昭和三七年ころには、筋肉注射剤を大腿部に注射することにより、大腿四頭筋短縮症が発生することを認識していた。それにもかかわらず、被告会社らは本件各筋肉注射剤の製造・販売を継続し又は新たにその製造・販売を開始した。また、被告国は被告会社らの右製造・販売の継続を放置し又は新たな製造を許可した。したがつて、被告国が製造を許可し、被告会社らの製造・販売した本件各筋肉注射剤が使用されたことによつて原告らに生じた損害につき、被告会社ら及び被告国は故意責任を負うべきものである。

5  被告会社らの過失責任

(一) 被告会社らは、医薬品に本質的に内在する危険性や業務の性質に照らし、医薬品の製造・販売にあたり、その安全性を確認すべき高度の注意義務を負担するものであつて、本件各筋肉注射剤の製造・販売を開始するに際し、世界最高の学問及び技術の水準に基づき、文献調査、動物実験、臨床実験等を行い、右各注射剤の使用による副作用の有無と程度を厳密に調査・研究し、また、右各注射剤を販売に供した後も右調査及び研究を続行して、可能な限り、右各注射剤の使用がいやしくも人の生命・健康に不測の侵害をもたらすことのないように、その安全性を確認すべき義務があつた。

そして、被告会社らは、右各注射剤を使用することの安全性が確認されない場合には、その製造・販売を開始せず、販売後は回収を計り、又は、少なくとも適応症の制限、副作用についての警告をするなど、何らかの結果回避の措置を採るべき義務があつた。

(二) しかるところ、遅くとも昭和三七年ころまでに乳幼児の大腿部に筋肉注射をすることが大腿四頭筋短縮症発症の原因であることを推測させる文献が、相当数集積されていたのであるし、また、その後、動物実験の結果、筋肉注射によつて人間における本症と同様の筋組織の線維化、瘢痕化が被験動物にも発現することが確かめられたのであるから、被告会社らは、昭和三七年ころまでには、十分な文献調査を行い、筋肉注射剤の使用による筋肉反応に関する動物実験を行えば、筋肉注射剤を乳幼児の大腿部に注射することによつて本症が発症する具体的な危険性の存在を予見することが可能であつた。

(三) そこで、被告会社らは、遅くとも昭和三七年ころまでには、少なくも、能書への記載、参考文献の医師への配付その他の適宜な方法により、本件各筋肉注射剤の使用によつて筋短縮症が発生する危険があること、経口投与が不可能な場合に限つて筋肉注射剤を使用するものとし、経口投与が可能になつたときには速やかに経口投与に切り替えること、繰り返し注射をする必要がある場合には、同一部位を避けてこれを行うことを警告又は指示するなどの結果回避措置を採ることが可能であつた。

(四) しかるに、被告会社らは、右の文献調査や動物実験を行わず、また、右結果回避措置を何ら講ずることなく、本件各筋肉注射剤の製造・販売を開始し、その後も漫然と製造・販売を続け、被告会社らが右製造・販売をした本件各筋肉注射剤を青木医師が使用することによつて、原告患児らに大腿四頭筋短縮症を発症させた。したがつて、被告会社らには、民法七〇九条に定める過失による違法行為があることが明らかであるから、被告会社らは、これによつて原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

6  被告国の過失責任

(一)1 被告国は、憲法一三条、二五条の理念に基づき、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を図ることを任務とし、厚生大臣をして医事及び薬事行政を担当させている。薬事法は、右憲法の精神に則り制定されたもので、その諸規定は、医薬品の危険性に鑑み、国に積極的な安全確保義務を課したものと解すべきである。厚生大臣は、薬事法に定める医薬品の製造許可をなすにあたつては、申請者に対し世界最高の学問及び技術の水準に基づく文献調査、動物実験、臨床実験等を行わせて、その結果得られた資料を詳細に検討し、また自らも右と同様の調査研究を行つて、当該医薬品の安全性を確認し、申請にかかる医薬品の安全性に疑いのあるときは、申請を却下し、又は、適応を厳格に制限し副作用や使用方法について具体的に警告ないし指示をなすべきことを許可の条件として付するなど適切な方法を講じて、当該医薬品の使用による薬害の発生を未然に防止すべき義務がある。更に、厚生大臣は、製造許可ののちも、製薬会社に当該医薬品の人体に対する影響の追跡調査をさせ、又はこれに関する内外の文献調査及び動物実験等を行わせ、自らもこれと同様の調査や研究を行い、その結果安全性に疑いを生じたときは、疑いの程度に応じて、当該医薬品の販売及び使用について規制し警告するなどの適切な措置を採り、被害の発生及び拡大を防止すべき義務がある。

(2) 厚生大臣においても、前記5(二)のとおりの事情にあつたから、遅くとも昭和三七年ころまでには、乳幼児の大腿部への筋肉注射による大腿四頭筋短縮症発症の具体的な危険の存在を予見することが可能であつた。

(3) そこで、厚生大臣は、そのころまでには、少なくとも、被告会社らをして本件各筋肉注射剤の利用者に対し、これを使用することによつて筋短縮症が発症する危険があることを警告させ、又は、その適切な使用方法について指示させるなどの結果回避措置を講ずることが可能であつた。

(二)(1) 医師法二四条の二は、厚生大臣は、公衆衛生上重大な危害を生ずる虞がある場合において、その危害を防止するため特に必要があると認めるときは、医師に対して、医療又は保健指導に関し必要な指示をすることができると規定している。しかるところ、医師法が前記憲法の精神に則り制定されたことをふまえ、かつ、被告国が国民の健康の維持及び増進に果すべき責務に鑑みると、右規定は、単に権限を付与したものと解すべきではなく、所定の要件が発生したときは必要な指示をして公衆衛生上重大な危害の発生することを未然に防止すべき義務を被告国に課したものと解すべきである。

(2) 厚生大臣は、前記(一)(2)に述べたとおり、遅くとも昭和三七年ころまでには、乳幼児への筋肉注射による大腿四頭筋短縮症発症の具体的な危険の存在を予見することが可能であつたし、加えて、伊東市における三〇例にのぼる本症の集団発生の事実が昭和三八年に整形外科学会で報告されたのであるから、そのころ、医師に対し、公衆衛生上重大な危険を生ずるおそれがあるとして、乳幼児に対する筋肉注射の副作用を警告し、その使用方法につき適切な指示をなすべきであつた。

(三) しかるに、厚生大臣は、被告会社らに十分な調査・研究をなさしめず、自らも十分な調査・研究を行わないまま、被告会社らによる本件各筋肉注射剤の製造を無条件で許可しあるいはその製造・販売の継続を放置し、また、医師が右各注射剤を使用するにつき何らの指示も与えなかつたもので、前述の薬事法上の医薬品の安全確認ないし安全確保義務及び医師法二四条の二の指示義務を怠つたものである。厚生大臣の右義務懈怠行為は、国家賠償法上の過失による違法行為と評価できるから、被告国は、厚生大臣の製造許可に基づいて被告会社らが製造・販売した本件各筋肉注射剤を青木医師が使用することによつて原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

7  共同不法行為

(一) 仮に、別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載の本件各筋肉注射剤のうち、どの注射剤が原告患児らの患部に注射され、それがどの程度に原告患児らの大腿四頭筋短縮症罹患に影響したかを明らかにできないとしても、被告会社らは、遅くとも昭和四〇年以降、共同で薬剤の安全性に関する研究会を組織して筋肉注射の筋組織障害性について研究し、筋肉注射が筋短縮症を惹起することを知悉しながら意思相通じてこれを秘匿し続け、また、自社の製造・販売した本件各筋肉注射剤が、ある医師の下において同一の患者に対し他社製の注射剤と同時若しくは順次に投与されることを十分に認識し認容しながら、互いに競つて販売活動を行つていたもので、被告会社らの間には主観的又は客観的な関連共同性があり、しかも、右「注射歴」欄記載の注射剤のどれかが原告患児らの患部に注射されて本症を発症させているのであるから、被告会社らは、民法七一九条一項前段の共同不法行為者として、原告らの被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

(二) 更に、右関連共同性が認められないとしても、大腿四頭筋短縮症発症までに原告患児らに使用された注射剤は右「注射歴」欄に記載されたものに限られており、したがつてこれを製造・販売した者も被告会社らを含む数社に限定されているから、民法七一九条一項後段により、加害者不明の場合として、右各注射剤の製造・販売行為と原告患児らの本症発症との間の因果関係を推定すべきであり、被告会社らは、自社の右注射剤が原告患児らの患部に注射されていないことを立証しない限り、原告らの被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

(三)(1) 被告国がなした本件各筋肉注射剤の製造許可は、被告会社らが右注射剤を製造・販売できる根拠となり、被告国が医師法二四条の二に定める指示を行わなかつたことは、青木医師が右注射剤を漫然と継続して使用する原因となつた。

(2) 被告会社らが本件各筋肉注射剤の製造・販売を開始し、これを継続した結果、青木医師が右注射剤を購入し、継続して使用することとなつた。

(3) 青木医師が本件各筋肉注射剤を購入し使用した結果、原告患児らは大腿四頭筋短縮症に罹患した。

(4) 被告国及び被告会社らが本件各筋肉注射剤の製造許可(被告国)と製造・販売(被告会社ら)の各行為をなすにあたり、適応症を厳格に制限せず、副作用や使用方法につき適切かつ具体的な指示・警告をさせず(被告国)又はこれをなさず(被告会社ら)に、医師が右各注射剤を使用できる機会を徒に拡大したことが、青木医師の安易な筋肉注射の多用を招来しかつ助長した。

(5) このように被告ら及び青木医師の各行為は、前者の行為が後者の行為の必然的前提となつており、これらの行為の一つでも欠ければ原告患児らが本症に罹患することがなかつたという意味で互いに密接な関係にあり、原告患児らの本症罹患に関し、社会通念上全体として一体・一個の行為と評価できるものである。したがつて、被告国及び被告会社らは、民法七一九条により、共同不法行為者として、原告らの被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

8  損害

(一)(1) 原告患児らの現在の症状は、別紙当事者個人別表「現在症状」欄記載のとおりであるが、大腿四頭筋短縮症により膝関節の運動が著しく制限され、歩行・走行の異常、正座困難など日常生活の動作に不便を来し、かつ疲労しやすい。そのため、原告患児らが学校生活に積極的に参加することが妨げられがちとなり、また、美容上の問題も無視できないものとなつている。手術による完全な回復への見通しは確実なものではなく、しかも手術適応年齢に達するまで長い間機能障害を放置したまま苦しまなくてはならない。家族の心痛も一通りのものではない。

(2) 原告安藤光久及び同安藤正代、原告佐藤雄司及び同佐藤京子並びに原告曽根原輝雄及び同曽根原慶伊子は、何らの障害もなく誕生したわが子の健全な成長を願つていたところ、被告らにより本症に罹患させられ、その治療・看護に奔走するなど精神的に重大な苦痛を受けた。

(3) 被告会社らは利益追求のみを目的としてあえて児童の健康を破壊する筋肉注射の製造・販売をなし、医師も大量にこれを使用して濫注射をなしていたのであり、被告国もこのような医療が国民の健康保持の目的に反し、むしろ障害を与えるものであることを知悉しながら、これを放置してきた。しかも、被告らは、今日においてすら親子の苦しみを救う手だてを講じようとしない。被告らの行為は犯罪的なものといわねばならない。

(4) 原告らの被つた肉体的、精神的な損害を、被告らの背信性をも考慮に入れながら、金銭で慰藉するとすれば、本症に罹患した原告患児らに対しては各金三〇〇〇万円が、原告患児らの両親であるその余の原告らに対しては各金一五〇万円が相当である。

(二) 原告らは、原告ら訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し、その際、原告勝訴の判決が言渡されたときは認容額の一五パーセントを支払うことを約した。右委任に伴つて出損する右弁護士費用(原告患児らにつき各四五〇万円、その余の原告らにつき各二二万五〇〇〇円)は本件不法行為と相当因果関係のある損害というべきであり、被告らにおいてこれを賠償すべき義務がある。

9  結論

よつて、原告らは、前記第一の一「請求の趣旨」欄記載のとおり、対応する各被告らに対し、右8(一)及び(二)の損害金合計額原告患児ら各三四五〇万円、その余の原告ら各一七二万五〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告国及び同萬有については昭和五〇年八月一五日から、その余の被告会社らについては同月一六日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(被告会社ら)

1(一) 請求原因1(一)は知らない。

(二) 同1(二)は認める。

(三) 同1(三)は認める。

2(一) 同2(一)は認める。

ただし、大腿四頭筋短縮症は、関節の屈曲障害という機能障害を伴うが、その原因は、単に筋肉組織が線維性の瘢痕組織に変性したというだけでなく、筋肉組織に広範かつ非可逆的な瘢痕形成があつて初めてそのような機能障害が伴うことを銘記すべきである。

(二) 同2(二)は主張の本症と筋肉注射剤との因果関係を否認する。

(1) 原告らの主張する疫学的調査の結果は、他の調査結果と一致しない部分があり、また、その手法及び理論は万全なものではなく直ちに採用し難い。大腿四頭筋短縮症の原因として注射に言及する症例報告は、いずれも、注射剤自体ではなく、注射手技を問題視している。これまでに行われた動物実験では、筋肉注射剤による局所的かつ一過性の筋組織障害作用こそ確認され得たものの、非可逆的な機能障害を発生させることに成功した例はない。

本症の原因としては、後天的なものの他に先天的なものがある。また、後天的な原因も多様であつて、筋肉注射に限られない。更に、筋肉注射が原因である場合でも、注射剤の種類、性状、投与量、投与回数(頻度)、投与間隔、投与期間、混合注射の有無、注射の手技及び注射部位の解剖学的特性、個体差等多くの要因が複雑に絡み合つて発症する。ところで、常用量でかつ単剤の筋肉注射をした場合は、薬液は速やかに吸収され、注射部位に局所組織反応が生じても一過性のものとして消退し、広範かつ非可逆的な瘢痕を形成することはない。本症の発生は、このように、筋肉注射剤を通常の用法に従つて使用する場合は起こり得ない現象であつて、注射の適応についての判断又は注射剤を筋肉に注入する過程に、常態から逸脱した結果をもたらした因子が含まれていたと考えるべきであり、注射の回数(頻度)が多いことと一回の投与量の多いことが本症の発症に寄与しているものと推定するのが合理的である。

筋肉注射剤は日本全国に販売されているのに、本症が特定地域の特定医療機関に集中して発生し、その医療機関での筋肉注射剤の使用が減少するとこれに伴つて本症の発生も減少すること(地域的限局性)、本症の多発が社会問題化し、医師が筋肉注射剤の使用をできる限り差し控えるようになつたところ、本症の発生が激減したこと(経時的消長)も、右推定を裏付けるものである。

したがつて、本症の病因(主因)は、筋肉注射剤そのものではなく、適応を無視した医師の頻回大量の注射行為(医療行為)にあると推定すべきである。被告会社らの製造・販売した筋肉注射剤と本症との間の相当因果関係(法的因果関係)は、何ら立証されていない。

(2) 一般にある結果について原因が複合する場合、いずれかの原因について結果との因果関係の中断を語ることは論外であるとされている。しかし、製薬会社と医師との間にはかかる一般論では律することのできない特殊な事情が認められる。即ち、薬は有益な薬効を有するとともに、本質的に毒作用も具有し、医師の用法いかんにその存在理由の多くを負うものだからである。筋肉注射剤は「筋組織障害性」ないし「局所組織反応」を具有する非生理的物質である。また、筋肉注射剤は、薬剤の経口投与が不可能若しくは著しく困難なとき、又は薬剤の速効性を期待する場合に、補充的に投与されるべきものである。製薬会社は、医師がこのような薬物投与方法の基本原則を遵守するものとして、適応症を限定し、かつ用法・用量につき必要な指示を行うものである。それにもかかわらず、医師がこのような基本原則や指示を守らず、適応を誤り、頻回大量の過剰投与をなし、その結果本症を発症せしめたとするならば、もはや製薬会社の与り知らないところであり、筋肉注射剤と本症との間の因果関係の中断が認定されるべきである。なぜなら、この場合、筋肉注射剤は「薬」として使用されるべきであるという医療の基本及び製薬会社の信頼を破つて、医師が筋肉注射剤の名の下に「毒物」を患者に投与したにも等しいケースとして評価されることになるからである。この場合には製薬会社は因果の系列をコントロールできないから、医師の注射行為が起点となつて、筋短縮症という結果を招いたものと評価すべきである。このように本症の罹患という損害の起点は医師の注射行為(医療行為)にあると認めるのが妥当であつて、筋肉注射剤が本症の起点となると解すべきではない。

(三)(被告明治)

同2(三)のうち、被告明治がそのころカナシリン明治を製造・販売していたことは認めるが、本件カナシリン明治が原告患児らに注射されたとの点は否認する。同注射剤が青木医院に販売ないし提供された事実はない。その余は知らない。

(被告萬有)

同2(三)のうち、被告萬有がそのころカナシリン萬有及び注射用ブロードシリンを製造・販売していたことは認めるが、本件カナシリン萬有が原告患児らに注射されたとの点は否認する。その余は知らない。

(その余の被告会社ら)

同2(三)のうち、そのころ被告山之内がパラキシンゾルM、被告富士がエフミンを製造・販売していたことは認めるが、その余は知らない。

(四) 同2(四)は否認する。

3同3は争う。

4同4は否認する。

5同5については、被告会社らが医薬品の製造・販売にあたつてその安全性を確認すべき高度の注意義務を負つているとの一般論は認めるが、本件各筋肉注射剤が原告患児らに使用された当時、被告会社らに大腿四頭筋短縮症を発症させる危険性の存在を予見し、結果回避措置を採るべき義務があつたとする点は争う。

筋肉注射一般に共通の現象としての「副次的局所障害」はすでに「知られた危険」であつて、この点については被告会社らに警告義務はない。筋組織の線維化・瘢痕化が広範囲に及び非可逆的な状態になると本症が発症するのであるが、当時の医学水準に照らすと、被告会社らは筋肉注射剤の使用が本症の発症をもたらす危険性を予見することができなかつた。そもそも、原告患児らの本症罹患は、青木医師が筋肉注射剤を数種類混合し多数回にわたり連続して同一部位に注射するという医療の常識を越えた行為に出たために招来されたもので、筋肉注射剤のこのような用い方は、被告会社らにとつては、全く予測し難いことであつた。

(被告明治―右に付加して)

仮に、原告美輝及び同真紀に使用された「カナシリン」が本件カナシリン明治であつたとしても、その投与時、原告美輝は生後一年三か月の幼児であり気管支炎に罹患し喘息性喘鳴や咳が多く体温が38.5度であつたもの、原告真紀は生後二か月の乳児であり肺炎で体温が三九度であつたもので、いずれも薬を飲まない状態であつたところ、このような場合には、呼吸困難や嘔吐を伴う場合が多く服薬の不確実なこともあつて、経口投与を無理強いすることはかえつて危険であり、かつカナシリン明治は右各病状に有効な薬剤であるから、青木医師が本件カナシリン明治を筋肉注射したことは、原告美輝及び同真紀の生命を維持するために正当な行為と評価すべきものである。そうすると被告明治が原告ら主張のとおりの結果回避義務を尽していたとしても、結局同患児らの本症罹患を防ぐことはできなかつたのであるから、被告明治に本件の責任はないことに帰する。

6同6は知らない。

7(一) 同7(一)は否認する。

民法七一九条一項前段の共同不法行為が成立するためには、各人の行為が各々独立して不法行為の要件を具備すること及び関連共同して損害の原因となることを要するものと解すべきであるが、被告会社らの行為はこの要件を満していない。

(二) 同7(二)は争う。

民法七一九条一項後段においても、直接の加害行為についてはともかくその前提となる集団行為については関連共同性が求められているものであり、違法行為を発生せしめる危険のある行為の共同をその適用の要件と解すべきである。したがつて、行為者間に場所的・時間的同一性が要求されるところ、被告会社らの本件各筋肉注射剤の製造・販売は、各々異時的でありかつ場所的にも異なるから、関連共同性を欠き、右条項の適用はない。

(三) 同7(三)は争う。

原告らは、関連共同性という用語を用いながら、条件的因果関係の主張をしているにすぎない。

8同8は争う。

原告患児らの現在の機能障害の程度は、一下肢の一関節に障害があるということであり、その労働能力喪失の度合は一四パーセントである。また、右機能障害は、近時の確立された手術方法によれば、数年の間に治癒させることができるので、損害の発生もその期間に限られる。更にまた、原告らの主張する包括一律請求方式は、個別立証の容易な本件においては妥当なものでなく、原告らは、算出可能な財産的損害について、その算出上の根拠を示して具体的な主張・立証をなすべきであるのに、これが尽されていない。

(被告国)

1(一) 請求原因1(一)は知らない。

(二) 同1(二)は認める。

(三) 同1(三)は認める。

2(一) 同2(一)は認める。

(二) 同2(二)は主張の本症と筋肉注射剤との因果関係を否認する。

動物実験の結果によつても大腿四頭筋短縮症発症の原因は解明されるには至つていないが、これまでに集積された症例報告の検討、注射に関する諸々の文献、更には発生の限局性及び経時的消長などの本症発生の特質等を総合勘案して推論するならば、本症の主因は筋肉注射剤そのものにあるのではなく、医師による適応を無視した頻回大量の注射行為(医療行為)が主因であるとみるのが相当である。被告国との関係で問題とされるのは、被告国が本件各筋肉注射剤の製造を許可したことと原告患児らの本症罹患との法的因果関係であるが、その存在の立証は尽されていないというべきである。

(三) 同2(三)のうち、被告国が本件各筋肉注射剤を製造許可したことは認めるが、その余は知らない。

(四) 同二(四)は否認する。

3同3は争う。

4同4は否認する。

5同5については知らない。

6同6(一)は争う。

(1) 医薬品の製造・販売は、薬事法の規制の下にあるとはいえ、本来は営業の自由の原則が支配する分野であつて、医薬品の開発、製造及び販売はすべて民間の手に委ねられており、被告国は単にその許認可にあたつて審査をする立場にあるにすぎない。薬事法は、衛生警察法規であり、取締法的性格を有するのであつて、医薬品の製造許可をなす際及びその後において、厚生大臣に対し、医薬品の安全を確認するために、自ら積極的に文献収集などの調査・研究をなすべき義務を課したものではないと解すべきである。

(2) 厚生大臣は、医薬品の安全確保に関する行政権限を有する。ところで、行政権限を行使するか否かは、原則的には当該権限を付与された公務員の裁量にかかつており、それを行使することが義務付けられるものではない。しかし、公務員が付与された行政権限を行使しないことが権限を付与された意義を無にするような事態においては、公務員には権限を行使すべき法的義務が生ずるという見解がある。この立場では公益侵害の状態が具体的に切迫し、かつそのことが一義的に明白であること及び行政権限の行使以外に当面有効な被害回避の手段がないことが、行政権限を行使すべき法的義務の発生要件とされる。しかし、本件においては、右の要件のいずれも満されていなかつた。

(二) 同6(二)は争う。

医師法二四条の二に基づいて指示を発する要件を認め得るかどうか及び要件を認め得た場合において指示を発するかどうかは、厚生大臣の広範な裁量に委ねられているものであり、厚生大臣が同条に基づく指示を発したこと又は発しないことについては、当不当の問題を生ずるにとどまり、法律上の義務違反を問責される性質のものではない。

7同7は争う。

8同8は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

以下の理由中において認定に供した書証のうち、事実第三に記載した記録の書証目録「認否」欄に「認」とあるものは、成立(写についてはこれに加えて原本の存在及び成立、また写真については撮影者等に関する主張事実)につき当該当事者間に争いがなく、その余のものはいずれも弁論の全趣旨により真正に成立したこと(写についてはこれに加えて原本の存在及びこれが真正に成立したこと、また写真については撮影者等に関する主張事実)を認める。以下書証の引用はその番号のみを表示する。

第一  当事者

一<証拠>によれば、請求原因1(一)の事実(原告患児らの大腿四頭筋短縮症罹患及び原告らの親子関係)を認定することができる。

二請求原因1(二)(被告会社らによる本件各筋肉注射剤の製造・販売)及び同1(三)(被告国による本件各筋肉注射の製造許可)の事実は、当事者間に争いがない。

第二  筋肉注射による大腿四頭筋短縮症罹患

一  大腿四頭筋短縮症

請求原因2(一)の事実は、当事者間に争いがない(ただし被告会社らに補足陳述あり)。この争いのない事実に、<証拠>によれば、次の1ないし3の事実を認定することができる。

1  大腿四頭筋の解剖学的所見及び機能

大腿四頭筋は、四頭からなり、共同の腱は膝蓋骨を種子骨として包み、さらに下方に進んで膝蓋靱帯となつて脛骨粗面に付着する。大腿伸筋のほとんど全部をなす強大な筋で、三個の単関節性広筋と一個の二関節性直筋からできている。全体として下腿を伸ばし、大腿直筋のみは大腿を上方に上げる働きがある。

(一) 大腿直筋は、二頭からでき、下前腸骨棘及び寛骨臼上縁から起こり、合して紡錘状の筋腹をなし、膝蓋骨の上方で共同の腱に移る。

(二) 内側広筋は、大腿骨の転子間線の下部及び大腿骨粗線の内側唇から起こり、斜めに下外側方に向かい共同腱に合する。

(三) 中間広筋は、大腿直筋に被われて大腿骨体の前面から起こり、下方に走つて共同腱の中軸をなす。

(四) 外側広筋は、大転子の外側面、大腿骨粗線の外側唇から起こり、下内側方に向かい共同腱に合する。

2  大腿四頭筋短縮症の症状

(一) (歩行の異常)

歩行時及び疾走時に本症では特有な肢位を呈する。即ち、歩行に際し、下肢を前に振り出すいわゆる遊脚時に、下肢を外側に振り廻して歩行する、いわゆる外振り歩行がみられる。遊脚時に膝が十分屈曲できないために、代償的に下肢を外旋外転位にして外側から前方に振り込むために起こるものである。その他にも、跛行、尻振り歩行、出尻り歩行、ひきずり歩行がしばしば認められる。

(二) (膝関節の屈曲障害)

本症の障害は膝関節の屈曲障害が中心である。主として大腿直筋が障害されているものは、股関節伸展位においてのみ膝の屈曲が障害され、股関節屈曲位においては膝の運動は正常である(直筋型)。主として中間広筋あるいは外側広筋が障害されているものは、股関筋の肢位に関係なく、常に膝の屈曲が一定の角度に障害されている(広筋型)。主として大腿直筋が障害され、同時に中間広筋あるいは外側広筋も障害されているものは、直筋型と広筋型の症状が混在するので、膝の屈曲は常に障害されており、その角度は股関節の肢位によつて変化する(混合型)。

(三) (尻上がり現象)

腹臥位股関節伸展位で膝関節を屈曲する場合、正常なものでは尻が浮き上がらずに踵がほぼ尻につくのが普通であるが、直筋型の本症が存在する場合、膝関節を屈曲しようとすると尻が同時に浮き上がつてしまう症状がみられる。大腿直筋は下前腸骨棘と寛骨臼上縁から始まる二関節筋であり、この部分が短縮を起こして伸展性が減少していれば股関節伸展位で膝の屈曲を行う際には股関節は当然代償的に屈曲位をとり、その結果尻が上がつてしまうのである。仰臥位股関節完全伸展位での膝関節屈曲障害も、これと全く同じメカニズムである。したがつて、股関節を十分に屈曲して大腿直筋の緊張を緩めてやれば直筋型の場合には膝の屈曲はほとんど正常にできる。

広筋型の場合には、広筋は単関節筋であるため、この部分に短縮が起こつても、股関節とは何ら関連性がなく、膝関節の屈曲だけが障害され、したがつて腹臥位での尻上がり現象もみられなければ、仰臥位での股関節の肢位にも関係なく、常に膝関節自体の屈曲障害がみられる。

混合型の場合には、当然尻上がり現象もみられるが、同時に膝関節自体の屈曲障害もみられる。

(四) (正座障害)

正座が全くできないもの、正座はできるが左右の膝頭が揃わないもの、正座をすると腰をそらせ尻を突き出し又は尻が浮いてしまうものなどいろいろな障害の程度がある。

(五) (その他)

皮膚陥凹、皮下硬結、索状物、膝蓋骨高位、膝蓋骨(亜)脱臼、腰椎前彎増強(でつ尻)、下肢の萎縮がみられることがある。幼児期では、転びやすいという訴えが少なからずあるが、年長児になると、歩行に際して疲れやすいとか痛みなどの愁訴がでてくることがある。

3  大腿四頭筋短縮症の本態

大腿四頭筋の筋肉組織が線維性の瘢痕組織に変性し、腱様外観を呈する固い索状物となり、これが筋の伸展性、弾力性を阻害し、大腿骨の成長に比して相対的に筋が短縮した状態となつたものである。そのために、膝関節の伸展は可能であつても、屈曲時には筋の運動に対する相対的な短縮のために屈曲が制限され、更に大腿直筋は二関節筋であるところから、これが短縮した場合には、膝関節の屈曲障害とともに股関節の伸展も障害されることになる。

二  筋肉注射と大腿四頭筋短縮症発症との間の一般的な因果関係

1  文献

別紙文献等一覧表「書名(書証番号)」欄記載の各書証によれば、次の(一)、(二)の事実を認定することができる(以下、同表記載の各文献は、例えば「文献1」というように、同表中の番号を付して引用する。)。

(一) 大腿四頭筋短縮症は、昭和四八年一〇月、山梨県における集団発生が報道されて世間の耳目を集め、その後全国各地に多数の本症患者が存在することが明らかになつて社会問題化するに至つたが、本症に関しては、昭和二五年から昭和四八年末までの間に文献1ないし20、20の1、2、22ないし35、35の1、2、36ないし39、41ないし80、82ないし99が公表されていた。そのうち本症の原因を論じている主なものの内容(ただし摘記)は、別紙「文献の内容」の一記載のとおりである。この期間は、整形外科学会における発表の抄録など簡単な症例報告が大部分を占める。成因につき記載のないものがあり、また先天性ないしは外傷が原因とするものがあるが、注射が原因であると推定若しくは明言し、又は直接原因について触れないものの注射の既往歴を述べて注射が原因であることを推測させるものが多い。このようななかで、文献30(笠井実人ら、昭和三九年七月一日)は、報告症例一九例の全部に注射の既往があつたと述べ、比較的早い時期に、明確なことは分からないとしながら、注射による本症の発生機転に関して検討を加えたものである。文献62(根岸照雄ら、昭和四五年)は、取り上げた四七例のうち四一例が注射によつて後天的に発症したものであると考えられるとし、注射がどのように作用して本症の発症を招くかについて、詳細に検討している。文献71(阪本桂造、昭和四六年)は、内外の文献を詳しく考察し、三三例の症例分析及び動物実験を行い、注射と本症との関連性の強いことを推察している。次に文献76(熊谷進ら、昭和四六年)を皮切りに、文献80(泉田重雄、昭和四七年)、文献83(桜井実、昭和四七年)、文献84(桜井実、昭和四七年)、文献85(赤石英ら、昭和四七年)、文献99(押田茂美、昭和四八年四月二八日)など、大腿部への筋肉注射による本症発症の可能性を一般臨床医又は看護婦に知らせ、筋肉注射の安易な使用を慎しむように注意を促そうとする啓蒙的な論稿が、整形外科医又は法医学者により発表されていることが目を引く。また、本症が社会の関心を集める以前である昭和四八年八月八日、東部日本整形外科学会の主催で本症に関するシンポジウムが開かれ、文献86ないし90にみる各報告がなされた。このように、文献上、少なくとも整形外科の分野においては、本症が社会問題化する以前に、筋肉注射が本症の主な原因であるとする見解がほぼ定説化していたことがうかがわれる。

(二) 本症が広く一般に知られるようになつた昭和四九年以降、症例報告、研究論文、動物実験の結果の記録、実態調査の報告、発症防止や手術方法に関する提案など、文献100ないし127、128の1ないし5、129ないし213が公表された。これらの文献では、本症の発生頻度、原因、病理解剖、症状、治療、予後、予防など様々な問題が扱われている。そのうち本症の原因に関する主なものは、別紙「文献の内容」の二記載のとおり(ただし摘記)である(なお、検診結果や動物実験等別項目で検討するものを除く。)。症例報告には、文献101(森田茂ら、昭和四九年)、文献102(坂上正樹ら、昭和四九年六月)、文献128の1(亀井正幸ら、昭和五〇年)など、かなり詳しく本症の成立について述べるものがみられる。従前の研究成果を逐次取り入れ、本症の原因を綿密に論じたものとして文献107(亀下喜久男、昭和四九年)、文献119(光安知夫ら、昭和五〇年三月)、文献125(村上宝久、昭和五〇年四月)、文献172(津山直一、昭和五一年一二月一〇日)が存在する。市販されている筋肉注射剤が非生理的なものであることを述べた文献116(赤石英ら、昭和四九年)は、しばしば、他の文献に引用されている。文献173(森崎直木、昭和五一年八月三〇日)は、外科学の大系書中の本症に関する記述で、本症の歴史に始まり、予後・予防に至る広範な問題を扱つており、各論点ごとの説明は比較的簡潔であるが、当時の水準を示すものと認められる。文献198(堀誠、昭和五三年四月二五日)、文献210(長畑一正ら、昭和五五年九月二五日)など、以前にはみられなかつた周到な注意を与える注射手技の指導書が発刊されているが、いずれも、筋肉注射の適応を厳格にすべきこと、及びやむを得ず筋肉注射をする場合は、常に本症発症の可能性を念頭において、発症が少なく機能障害が軽くてすむ部位を選択するなどの配慮をすべきことを述べている。現時点で、注射以外の成因を全面的に否定することはできないとしても、本症の大多数が筋肉注射を原因とするものであることにつき、異論はない。とりわけ、乳幼児期の注射は発症の危険が高いとされる。ただし、筋肉注射がどのように作用して本症を発症させるかについては、いまだ十分な解明がなされておらず、一、二本か数本の筋肉注射で本症が発症することがあるとされる反面、多数回にわたる注射行為によつても常に発症するとは限らず、注射剤の種類・性状・量、注射行為の回数、その間隔・期間、注射部位、注射手技、患者の年齢、個体差など様々な因子が複雑に絡み合つて本症の発症をみるとされる。しかしながら、近時の文献上、筋肉注射剤の有する筋組織障害性が本症発症の重要な要因をなしているとされていることは疑いない。仮に右筋組織障害性が弱く、筋肉注射剤の性状が生理的なものに極く近いものであれば、これまでに確認されたような多数の本症の発生はみなかつたと考えることは、最近の文献のうえで、一般に是認されるところである。

2  集団検診結果等

<証拠>によれば、次の(一)ないし(五)の事実を認定することができる。

(一) 昭和四八年一二月、山梨県の公的機関として、県当局、県医師会、整形外科医会、学識経験者等によつて構成される「山梨県大腿四頭筋短縮症委員会」が設立された。同委員会は、そのころ一回目の検診をし、ひとまず一六〇名の患者を認定し、昭和四九年春の検診ではさらに受診者二九九〇名中一九〇名の患者を認定して、同年六月、県下二市一三町にわたり計三五三名の患者を発見したとの中間報告を行つた。同委員会のメンバーによる一二〇名の患者に関するアンケート調査では、注射を受けた年齢は、一か月未満で経験した者七名、一か月以上一年未満五八名、一年以上二年未満二〇名、二年以上三年未満一五名、三年以上二名、不明一八名であつた。

(二) 山梨県の集団発生が報道されると、東京、大阪など各地で、小児科医、整形外科医などの有志が患児の親と協力して私的に本症の検診会を開き、やがて互いに連絡を取り合つて、自主検診団と称するようになつた。自主検診団は、検診基準を定め、ほぼ統一的な検診票を用いて、検診結果を集計し、その分析を行つた。

(1) 関寛之らは、第四八回整形外科学会において、次のような報告をした(文献126、157)。過去一年四か月間に全国三九都市で一万一〇五九名を検診した。そのうち、本症患者は二二五九名、筋短縮の症状はないが、大腿部に皮膚硬結、陥凹、皮下索状物を認めるなどの症状を示すものは二六八二名(本症患者と合わせると計四九四一名)であつた。本症の他に三角筋短縮症四七名、臀筋短縮症二六名、上腕三頭筋短縮症一二名が発見された。大腿部に注射を受けた回数が多ければ、本症の発症率も高くなるという、正の相関がある。正座、歩行・走行、関節可動域の三項目を障害の程度により三段階に区別してその総合点から評価すると、重症二三%、中症二五%、軽症五二%であつた。患者数の推移を出生年度別にみると、昭和三七年以降に急増しており、注射液の生産高と良く一致する。大腿部に注射を受けた際の原疾患をみると、風邪六八%を筆頭に、胃腸障害、扁桃炎、発熱など必ずしも注射による治療を必要としないものが多数みられた。また未熟児には本症患者が高頻度にみられた。注射を受けた年齢は一歳未満が七〇%を占め、一、二歳の歩行開始時期に発症に気付いた例が多い。

(2) 松本文六は、第七八回日本小児科学会(昭和五〇年五月)で自主検診の結果を分析すると、以下のことが明らかになつたと報告した(文献133)。すなわち、①注射時の原疾患の八〇%はいわゆる風邪症候群であつた。②注射本数が多くなればなるほど、発症頻度は高く、二〇〇本以上のケースでは、二人に一人の割合で発症している。③五本以下で発症している例は全体の8.7%を占める。④大腿部に注射の既往のない例では発症は全く見られない。

(3) 松山家芳は、右小児科学会で、自主検診の結果、昭和五〇年四月三〇日現在の中間集計で、受診者総数一万一九七五名、そのうち本症二四五九名、皮膚障害(硬結、陥凹、索状物など)二九六七名、臀筋短縮症二八名、三角筋短縮症五〇名、上腕三頭筋短縮症一二名、坐骨神経麻痺八名の被害者が発見され、次の点が明らかにされたと報告した。すなわち、①注射障害の被害者は単に特定の地域に限定せず、日本全国各地に広範囲にかつ世界に例を見ないほど多数発見された。②障害部位は大腿四頭筋、臀筋、三角筋、上腕三頭筋、坐骨神経と広汎にわたつている。③注射された原因疾患としていわゆる風邪症候群が約八〇%、その他にも不必要と思われるものを加えると約九〇%に注射の濫用が行われている。また注射本数と発症率をみると本数が多くなればなるほど発症頻度は高い。

(三) 自主検診団の検診結果については、各地区ごとの次のような分析がある。

(1) 廣澤元彦は、昭和四九年八月二五日、北九州市で実施された検診の結果を報告している(文献120)。受診者総数は五七四名で、新聞、テレビ、ビラや大腿四頭筋短縮症の子供を守る全国連絡協議会の呼びかけで検診のあることを知つた人達である。そのうち大腿四頭筋短縮症一二一名、三角筋拘縮症三名、要観察者一七七名であつた。右本症患者のうち七歳未満が六三名を占める。原因となつた注射時の病名としては、感冒七四名、消化不良一九名、麻疹一八名、肺炎・気管支炎一七名が主なものである。注射をもつとも多く受けた時期と本症の発症頻度との関係は、一歳以下、それも月齢の小さい時ほど多く発症する傾向がみられる。また多数回ないし長期間にわたつた場合に頻度は高くなつている。未熟児における本症の発症頻度は極めて高い。しかも生下時体重の小さいほど高率である。

(2) 松本文六は、福岡市(昭和四九年一〇月二〇日、同年一一月二八日)及び佐賀市(同月一七日)における自主検診の結果を次のように分析している(文献121)。①一五歳以下に集中している。②発症時期は六歳以下がほとんどである。③大腿部に注射をしていない場合には本症発症は認められない。④一本でも発症しているが、注射本数が多ければ多いほど発症頻度は高い。⑤大量皮下注射は本症発症の危険率が高い。⑥本症発症時期の症状ないし疾患は大部分が注射を必要としない。

(3) 宮田雄祐らは、第七八回日本小児科学会(昭和五〇年五月)で、大阪、兵庫、沖縄の検診結果を比較検討して報告した(文献134、154)。これらの検診では、まず受診者全員につき障害の有無を調べたのち、注射歴の有無を尋ねるという手順をとつた。大阪では、一小学校、四幼稚園、三保育所の計八施設で検診が行われ、二六六六名の受診者中、二八八名の患者が発見され、重症二名、中症四名、軽症二八二名という内訳であつたが、右施設の全てに患児が見出された。兵庫では、三小学校、二幼稚園で検診が行われ、三九二九名の受診者中、二六四名の患者が発見され、その内訳は重症七名、中症二六名、軽症二三一名であつたが、全ての施設に患児が見出された。沖縄では、一小学校、一幼稚園、二保育所で検診が行われたが、発見された患児は全て軽症で、受診者一一六二名中の二二名にとどまり、患児が見出されたのは二施設だけであつた。大阪、兵庫と沖縄との発症率の違いにつき、本症の多発には、国民皆保険制度の導入に伴い薬が多用されるようになつたという制度的要因が関係しているが、沖縄では本土復帰に至るまで、国民皆保険制度が実施されていなかつたために患者が少ないものと判断されるとしている。

(4) 小豆沢澄夫らは、右日本小児科学会で、京都、舞鶴、高松、徳島の四都市での、総数一四八六名の検診結果を報告している(文献136)。これによると、本症は本数が一本ないし一〇本では受診者の四%、一一本ないし二〇本では同じく六%、二一本ないし四〇本では同じく八%、四一本ないし八〇本では同じく一五%、八一本ないし二〇〇本では同じく一八%、二〇〇本以上では同じく三〇%と、頻度が増加し、大腿部への注射本数が多いほど、本症の発症頻度は高くなることを示したという。また大腿部に注射歴のない者総数四四一名の検診を行つたところ本症と診断されたものは発見されなかつた。これは、先天性短縮症があるとしても極めて稀であり、むしろほとんどないことを示しているとしている。次に注射開始時期と本症及び要観察者の発症頻度との関係をみると、初回注射時期が〇ないし一か月では本症一八%、要観察者四九%、一か月ないし六か月では本症八%、要観察者四五%、六か月ないし一二か月では本症一〇%、要観察者三六%、一二か月ないし二四か月では本症八%、要観察者二八%となり、大腿部に注射を打たれ始める時期が早いほど本症、要観察者になる可能性が高いこと、また各初回注射時期別に受診時年齢ごとの本症発症頻度をみると、年齢が大きい者ほど発症頻度が高く、初めて注射を打たれた時期から経過が長くなるほど、生長によつて短縮症が出現する率が高くなること、最後に未熟児と成熟児での本症の発症頻度を比較すると未熟児では二五%、成熟児では九%と明らかに未熟児の発症頻度が高いことを示しているという。

(5) 兼次邦男らは、第七九回日本小児科学会で、山梨県における自主検診により発見された二九〇名の患者についての検討結果を報告している(文献159)。患者の内訳は、①本症二八三名、②三角筋短縮症四一名、③臀筋短縮症七名(このうち、①②の合併三二名、①③の合併五名、①ないし③の合併二名、②と上腕三頭筋短縮の合併一名)であつた。結論として、①山梨県富士川流域に大量発生した筋短縮症患者で、少なくとも二七〇名は、同地に開業する一医師の筋注を受けており、それによつて発症したと考えられること、②頻回に注射された者は、重症になつており、少量投与であつても、乳児期であれば重症化しうること、③大腿部への筋注を変更しても三角筋短縮症、臀筋短縮症が発症していること、筋注時の診断の半数以上が、いわゆる「風邪症候群」であり、ほとんどが筋注を必要としない疾病であつたことを述べている。

(四) 愛知協力医師団が昭和四九年七月と昭和五〇年四月に行つた自主的な集団検診で、一七七名の患者が確認されているが、森谷光夫、久永直見らは、カルテが完全に保存されていた三九例について詳細な検討を加えた(文献124、163、169)。その要旨は次のとおりである。

(1) X医院二〇名、Y医院一三名、その他の医療機関六名であつた。検診時の年齢分布は、二歳四か月から九歳八か月までであつた。右大腿は、直筋型二三肢、混合型三肢、現在障害なし一三肢、左大腿は、直筋型三〇肢、混合型七肢、現在障害なし二肢であつた。混合型も直筋型優位であり、症度の判定に尻上がり角度を用いている。

(2) 注射総本数中に抗生物質の占める比率は50.9%、ピリン系解熱剤は41.2%、その他8.1%であつた。五〇本以上の症例が四九%に達し、最多本数は四〇一本で二年弱の間に打たれており、最低の発症本数は一六本で両側に発病している(混合注射については別々に打つたものとして数えている。)。

(3) X医院では支障のない限り、グレランとレスミンは左大腿に、懸濁水性ペニシリンとパラキシンは右大腿に決めて筋注し、Y医院では、多くの場合、抗生物質とオベロンを混合筋注し、連続する場合は、左右交互にしていた。

(4) 注射が使われた時の病名をみると、X医院では、鼻炎、咽喉炎等上気道の感染病に使われた注射が38.1%、次は喘息性気管支炎の29.4%であり、Y医院では、流行性感冒が50.3%、ついで呼吸器感染症と消化器障害の合併の14.4%であつた。

解熱剤使用時の体温は、X医院では三七度C未満が21.3%、三七度Cを含めると六五%に上つた。Y医院では三七度C未満が1.7%、三七度Cを含めると21.1%とX医院より少ないが、体温の記載のないものが33.6%を占めていた。

(5) X医院における左大腿発症例は、注射本数が少ない場合は、尻上がり角度は幅広く分布するが、本数が増加するに伴い、小さな角度(重症)に収束する傾向を示した。X医院では注射薬の種類、打ち方などの条件が比較的均一であるので、注射本数と尻上がり角度との関係を明確に示していると考えられる。右大腿群においては、左側では重症となる本数でも尻上がり角度現象が現われない例があり、発症したものも比較的尻上がり角度が大きい(軽症)傾向を示した。これは、左大腿筋注薬(グレラン、レスミン群)が右大腿筋注薬(懸濁水性ペニシリン、パラキシン群)より強い筋障害性を有していたことを示している。

(6) X医院群において、上腕に三種混合予防接種をしたのち、注射部位に炎症を起こし、全身的に発熱したために注射を受けた四名全員が左大腿を障害され、内三名は本数が比較的少ないにもかかわらず、尻上がり角度が小さく(重症)、かつ右側にも発症している点が注目される。予防接種により局所の炎症を起こす状態では、他の注射の筋障害性に対する感受性も高まつていることが疑われる。

(五) 若松英吉らは、宮城県における本症の調査結果を報告している(文献141、171)。その要旨は次のとおりである。

(1) 昭和四九年一二月一日当時宮城県において在学中の全学童・生徒(小学一年から中学三年)二六万三七二九名を対象としたが、受検者数は二五万三三四二名で受検率九六%であつた。第一次調査として、昭和四九年一二月から昭和五〇年二月にかけて、各学校において、学校医が保健主事、養護教諭らの協力の下に、統一した調査表を用い、運動機能障害を調査した。

(2) そのうち、①正座の障害、②膝屈曲障害(尻上がり現象)、③跛行の三項目のいずれか、又は一項目以上に障害の認められた一〇〇六名を対象に第二次調査を行つたが受検者は九〇二名であつた。昭和五〇年六月から同年七月まで、整形外科専門医が直接検診した結果、本症二四六名、先天性股関節脱臼後遺障害二一四名、脳性小児麻痺六八名などが発見された。本症のうち、特に処置を必要としない者七一名(28.9%)、経過観察を必要とする者一一二名(45.5%)、さらに精査を必要とする者六三名(25.6%)であつた。全受検学童生徒中ないしの発症率は0.0971%(前記文献では0.1083%となつているが、右の誤りと思われる)すなわち約一〇〇〇人に一人、なおについては約四〇〇〇人に一人となる。

(3) 県内一七保健所管内別に発症頻度をみると、短縮症の発症には地域的な片寄りがみられ、対一万人あたり二〇人以上の地域や五人以下の地域もある。

(4) 保護者のアンケートから、二四六名中記載の確かな二二四名(91.1%)について調べると、注射歴は二一六名にあつたが八名(3.6%)にはなかつた。主な注射部位を重複も含めて調べると大腿部が多い。主に注射を受けた年齢は〇歳から三歳の間に集中していた。このころかかりやすかつた疾患については、感冒をはじめとして、呼吸器疾患が多かつたという回答であつた。

(5) 短縮症二四六名中、出生時体重の明らかな二三三名についてみると、より低体重群に最高頻度がある。すなわち、本症は出生時体重からみて未熟児により多く出現する傾向がうかがわれる。

(6) 本症児の年齢別平均身長と、昭和四九年度一般学童生徒のそれを比較してみると、本症児の身長は一二歳までは一般平均に劣り、一三歳で追いつく。また年齢別平均体重について、同様に比較してみると、身長の場合と同じく一二歳から一三歳において変化する。このことは、患児の成長が一般とやや異なる傾向にあることを示すものであろう。

(7) 八歳から一三歳の間に比較的発症者数が多く、特に一一、一二歳にピークを示す。また、尻上がり現象の強い者の最頻値は一一歳にみられた。一三歳以降は尻上がり現象の強い者は減少し一定数となる傾向が認められる。

(8) 軽症を含めて0.0971%という本症の発症率は、下肢の代表的な先天奇形的疾患と考えられる先天性股関節脱臼の発症頻度0.2ないし0.8%より低く、先天性内反足の発症頻度0.1%と同率である。

年齢別の発症頻度について本疾患児が一一、一二歳を中心に多い現象は、①現在一一、一二歳の者が〇ないし三歳、すなわち昭和三八年から昭和四二年ころ、特に筋障害の強い薬物が大量に注射されたか、②本疾患における筋障害が一一歳前後に最も強くなるのか、あるいは骨成長とのバランス上相対的短縮状態が強まるのか、③一三歳以隣は他部分の代償的発達により、disabilityとしては一定の者を残して減少するためか、などの問題を提示する。

(六) 山梨県大腿四頭筋短縮症委員会の実施した検診及びそのメンバーによるアンケート調査については、証拠上、調査方法及び調査対象選択の方法が明らかでない。自主検診においては、本症罹患を懸念される者が自主検診団や親の会の呼び掛けに応じて受診しているもので、調査対象の選択は恣意的であり、その集団的特定性に欠けるし、対照群を設定するなどの配慮もなされていない。その全体的な集計結果は報告例ごとに若干の相違がみられ、その全体的な分析も報告者によつて力点の置き方などに違いが認められ、結果の解釈・評価においてもある程度主観の介在が感じられる。地区ごとの分折結果には、右のほか母集団が小さい難点がある。愛知協力医師団によるカルテの分析は、特定医院における特殊な事例として一般化が難しい。したがつて、以上の統計的調査結果は、疫学的因果関係を立証する資料としては、不十分なものといわなければならない。しかしながら、本症患者は全国各地に万遍なく存在すること、その大多数に大腿部への注射の既往歴が認められること、いくつかの地域で特定医療機関の医療行為に起因すると思われる集団発生がみられること、一〇代前半以下(昭和三五、六年ないし昭和四〇年ころ以降出生)の子供に本症患者が多いこと、注射を受けた年齢が低い者により多く本症患児が発生すること、未熟児であつた者に特に発症頻度が高いこと、注射を受けた回数の少ない場合でも本症の発症は稀ではないが、回数が多いと発症率が高まり、症度も重い例が多いことなど大づかみな傾向は、読み取ることができる。宮城県における調査の分析は、発症頻度の理解の仕方(全学童・生徒中の発症率をみているもので、大腿部へ注射を打たれた経験者中の本症発症の割合を出しているものではない。)など、自主検診団の見解と大きく異なる点もあるが、その分析の前提となつた調査結果は前記概略の傾向と矛盾するものではない。

3  厚生省の対応

<証拠>によれば、次の(一)ないし(六)の事実を認定することができる。

(一) 厚生省は、昭和四九年五月、診断基準と治療方法の研究を目的として大腿四頭筋拘縮症に関する研究班(佐藤班)を設置し、ついで同年九月本症の発生予防と治療に関する研究班(堀班)を設置した。昭和五〇年五月、右両班が統合されて筋拘縮症研究班となり、診断治療部会、リハビリ部会、発生予防部会が設けられた。

(二) 佐藤班は、昭和四九年九月、アンケート調査を行つたが、佐藤孝三らは、第四八回日本整形外科学会において、その結果を発表した(文献128の5)。調査対象は指定育成医療機関のうち整形外科に関する医療担当機関九四八、指定されていないが整形外科を標榜する二五〇床以上の病院六八、及びその他の病医院二一、計一〇三七個所である。昭和四九年一二月三一日までに二五五個所(24.5%)から返信があつた。本症患者総数は二四〇四名である。年度別発生では昭和三六年から二桁となり、昭和四三年からは三桁の数字となり、年々増加している。大腿部注射の有無では、有一八三二名(七六%)、無七〇名(三%)、不明五〇二名(二一%)であつた。注射時の病名は不明七三八名(約三〇%)、風邪四七二名(二〇%)、肺炎、未熟児などが多い。

(三) 昭和四九年一〇月、大腿四頭筋拘縮症研究報告書が作成された。

報告書は、まず、本症の概念、治療、本態などについて述べ、その原因につき、先天性と後天性が考えられているとする。そして、後天性原因につき、次のように述べている。筋の変性はいろいろの原因で起こるが、はつきりした外傷や化膿性筋炎を別にすれば、注射による筋傷害が大きく浮かび上がつてくる。これまでの報告例でも、大腿部注射の既往歴を有するものが多い。もちろん大腿部注射は、日本といわず世界中で広く無数に行われており、その数に比べては本症発症数は極めて少なく、また前述の先天性原因によるものに注射が加わつている場合も考えられるので、注射の既往歴があれば全て注射が原因であると断定することは難しい。注射による本症の成立には、薬剤の種類、量、頻度、部位、先天性素因などが複雑に関与しているようである。同じ注射をしても同じ結果を生ずるものではないと述べている。さらに同報告書は、三段階の判定基準を設けたうえ、これに対応する指導区分を、〔A〕専門医療機関に受診するよう指導する、〔B〕定期的専門医師による経過観察を受けるよう指導する、〔C〕現段階では指導の必要はない(大腿部にへこみ、ひきつれ、しこり又は索状物があるが、歩き方、すわり方に障害が認められない者に対するもの)、と定めた。

昭和五一年四月、診断治療部会作成の昭和五〇年度研究報告書が厚生省に提出された。本症の診断基準が改訂され、三角筋拘縮症、臀筋拘縮症の診断基準に関する研究が追加され、本症の治療上の留意点が再検討された。本症の判定基準は、〔A〕歩行時、走行時並びに正座時などに何らかの障害があり、膝関節の屈曲障害あるいは尻上がり現象などが認められるもの、〔B〕大腿部に頻回の注射既往歴があつたり、へこみ、ひきつれ、しこりなどがあるが、膝関節の屈曲障害あるいは尻上がり現象などが全く認められないものとされ、指導区分は右に対応して、〔A〕専門医療機関に受診するよう指導する、〔B〕現段階では本症とは認められないが、経過によつては症状の発現もあるので、定期的(一年に一回程度)に保健所などの療育相談等を活用すると改められた。

昭和五五年六月七日、再度改定された診断基準が発表された。

(四) 右の診断基準に基づいて、各都道府県の保健所などで検診が行われたが、昭和五〇年一二月末日現在(旧基準)の実施状況は、A一五五二名、B二一一七名(A、B合計三六六九名)、C九六九六名であつた。A、Bと判定された者の年齢区分は、二歳未満一一四名、三歳未満(二歳以上、以下同じ)二四〇名、四歳未満三八九名、五歳未満三四六名、六歳未満三九六名、六歳以上一二歳未満一六七九名、一二歳以上一八歳未満四九二名、一八歳以上一三名であつた。

さらに、昭和五二年末日現在(第一回目の改訂基準)の実施状況は、A四六三一名(本症四一一九名、三角筋拘縮症四七八名、臀筋拘縮症三四名)、B五〇二六名であつた。

(五) 昭和五二年五月付の筋拘縮症研究班発生予防部会研究報告(中間報告)(文献189)が作成されている。なお、堀誠は、日本小児科学会雑誌(文献170、昭和五一年一一月)にその内容を発表している。その要旨は、次のとおりである。

(1) (三角筋拘縮症の疫学的調査部分)

三角筋拘縮症を取り上げたのは、他に適切な調査対象を得られなかつたことによる。

岩見沢市医師会は、三角筋拘縮症の存在に気付いたのち、市と協力して、幼児、学童の全員を対象とした検診を実施した。検診対象は、三ないし六歳児四五〇〇名、学童六一〇〇名、中学生三一〇〇名の計一万三七〇〇名であり、各学校における一次スクリーニングにおいて全く健康正常と判断された者を除き五七七名に精密検診が実施された。その結果は、三角筋拘縮症患児が、Aランク(明らかに手術を必要とするもの。大腿四頭筋短縮症との合併症八例を含む。)七〇名、Bランク(手術を必要とするかもしれないが、さらに精密検査を必要とするもの)二〇名、Cランク(要経過観察)一〇二名であり、Nランク(正常なもの)が三七〇名であつた。他に大腿四頭筋短縮症の単症例、Aランク六名、Bランク六名、Cランク三名、計一五名があり、結局筋拘縮症患児は総計二〇七名であつた。年齢別分布は、昭和三八年生れ一六名、昭和三九年生れ二九名、昭和四〇年生れ三九名、昭和四一年生れ二二名、昭和四二年生れ三七名、昭和四三年生れ一九名、昭和四四年生れ二二名であり、昭和三四及び四八年生れが○のほかは、昭和三三年、三五ないし三七及び四五ないし四七年生れはいずれも一桁台であつた。前記五七七名のうち、調査時六ないし一〇歳の小児であつて、二ないし五歳時の診療記録の整つている六〇例につき、分析をした。その内訳はAランク二八名、Bランク八名、Nランク(筋注を経験しているが、正常なもの)二四名であつた。その結果は次のとおりである。

① 患者群と正常群の間に受療回数、受療日数の差を認めなかつた。また、両群における注射の本数にも差を認めなかつた(これについて、同報告書は、幼児期に罹患することが少なく、医療を受けることが少なかつた小児については、医療機関に診療録の保存が少ない等の事情で、調査の対象から除外されてしまつたので、そのため各群間に差が見出されなかつたのであろうと述べている。すなわち、注射本数が少ない場合の発症頻度は考察されていないのである。したがつて、この結果は、前記2(一)において指摘した注射回数が多いと発症率が高まり重症化する傾向にある事実を左右するに足るものではない。)。

② 注射に使用された薬剤との関係を前記症状群別にみると、スルピリン系単剤の筋注は各群とも全員経験していたが、スルピリン系と抗生剤の混合液、または抗生物質単剤の各筋注をそれぞれ受けたものの率は、Aランク群とNランク群の比較ではいずれもAランク群の方が有意に高率であつた。

しかし、今回の調査では注射薬剤の正確な注射部位、年齢別及び罹患期間中の注射の集中度等の要因は検討していないので、各種抗生剤単独又はスルピリン系薬剤と抗生剤との混注が、特別な影響を及ぼしているかどうかの確認はできないとする。

③ 今回の調査結果からみても、筋拘縮症が筋肉注射と何らかの関係があるのではないかと考えられたとする(なお前記文献170で、堀は、筋拘縮症と筋肉注射とが密接な関係があることが窺われると表現している。)。患児は六ないし一〇歳に多発し、中学生以上はほとんどみられなかつたが、これがある年齢層に注射の行われた機会が多かつたのか、一〇歳を越えると代償的に機能が回復する可能性があるのかは明らかでないとする。

④ 同程度の注射回数をうけたものの中で、筋拘縮症状の著明なものと、しからざるものとが見出されることは、本症の発症機序に体質的素因の関係する可能性も示唆されるとする(ここに体質とは、年齢や栄養状態など患者の置かれている状態をいうのであつて、個体差と言い替えることもできよう。)。

(2) (その余の点に関する考察部分)

①新生児、未熟児の筋注に関し、昭和四九年一〇月ないし昭和五〇年三月までの間に、東海地方の公的病院小児科、公的病院産婦人科、個人病医院産婦人科の各施設を対象に行つたアンケート調査により、個人病医院産婦人科における筋注頻度の減少が目立ち、また右いずれの医療機関においても大腿部筋注は減少したが、代つて臀筋部への筋注が増加したと述べ、②使用頻度の高い筋注射をアンケート調査し、本症発症の予防法の一つとして、稀釈して数か所に分散して注射することを提案し、③動物実験の結果によれば、筋注剤の溶血性の強いものに、組織障害性が強いものが多いことが観察されたが、薬剤のなかには溶血性が認められても、組織障害性が低いものもあり、一方、その反対の成績を示すこともあると報告し、④さらに筋注代替薬について検討をしている。

(六) 厚生省薬務局安全課長は、昭和五四年一月一二日、日本製薬団体連合会会長に対し、注射剤の局所刺激性に関する研究班がまとめた「注射剤の局所障害性に関する試験法(案)」を示し、意見等を求めた。右研究は、注射剤の性状としての局所障害性と筋拘縮症との因果関係を含め、筋拘縮症の発症原因一般に関しての研究自体を目的とするものではないというが、昭和五三年一二月付の同研究班の中間報告書では、次のような内容の動物実験の結果が明らかにされている。(1)一回注射より連続して同一個所へ注射する方が局所障害性が強く現われる。しかし、いずれの場合も、日時の経過とともに局所反応は減少する傾向がみられる。(2)単一の薬物より複数薬物の併用時に強い反応が出る場合がある。(3)注射容量が大きくなれば局所障害性は強くなる。(4)ラットでは持続性の変化が起こり難く、肉眼的に反応が消失することが多い。(5)ウサギでは局所障害性の観察が容易である。(6)提案の判定基準については、グレーディングや評価方法に解決すべき点が種々あり、今後さらに研究する必要がある。

(七) 以上のほか動物実験が継続して行われているようであるがその詳細は明らかではなく、証拠上認められる主な厚生省の対応は以上に尽きる。このうち、アンケート調査や実態調査には、先に述べたのと同様な統計上の限界が認められ、これを直ちに全面的に採用することはできないが、その調査結果は、概ね、前記2(六)に指摘した注射と本症の発症に関する一般的な傾向を支持する内容になつている。

4  日本小児科学会の対応

<証拠>によれば、次の(一)ないし(三)の事実を認定することができる。

(一) 日本小児科学会は、第七八回総会(昭和五〇年五月)で、本症の問題に取り組むことを決議し、昭和五〇年一二月、日本小児科学会筋拘縮症委員会を設置した。同委員会は、昭和五一年二月一九日、「注射に関する提言(Ⅰ)」(文献176)を発表した。その要旨は次のとおりである。

近年我が国で社会問題化している筋拘縮症(大腿四頭筋・三角筋・臀筋など)の成因について、その大部分は筋肉注射が原因であることが明らかになつた。しかしいまだに注射が安易に行われている場合がある。そこで本委員会は、筋拘縮症の今後の対策として、各方面における実態調査をもとにして下記事項を小児の医療に携わる各位に提言するものである。

(1) 注射は親の要求によつて行うものでないこと。

(2) 経口投与で十分ならば注射すべきでないこと。

(3) いわゆる「風邪症候群」に対して注射は極力さけること。

(4) 抗生剤と他剤の混注は行わないこと。

(5) 大量皮下注射は避けること。

(二) 右委員会は、更に、昭和五一年七月一日「注射に対する提言(Ⅱ)」(文献177)を発表した。その要旨は次のとおりである。

「昭和四八年、本症が社会問題化されて以来、大腿部筋注の危険性についての認識は高まつたが、その半面、肩・上腕部、臀部などの筋肉注射は安全であると安易に受けとられている傾向がある。更に最近では三角筋拘縮症、臀筋拘縮症などの発生も相ついでいる。本委員会は、筋拘縮症の発生防止のため、筋肉注射に関し、更に以下の提言を行うものである。

(1) 筋肉注射に安全な部位はない。

(2) 筋肉注射に安全な年齢はない。

(3) 筋肉注射の適応は通常の場合においては極めて少ない。

(4) 筋肉注射を必要とするときは原則として保護者又は本人の納得を得てから行う。」

(三) 右提言(Ⅰ)(Ⅱ)は、ほとんどすべての医学会、医師会に通知され、各学会雑誌に掲載され、また、全国的に報道されて、医師及び国民への周知徹底が図られた。更に、右筋拘縮症委員会は、右提言(Ⅰ)(Ⅱ)の解説を発表し、これが昭和五三年六月一日発行の日本小児科学会雑誌に掲載された(文献192)。その要旨は次のとおりである。

(1) (提言(Ⅰ)の(2)について)

日常診療において、みだりに注射することは、小児に恐怖心を与えるので、診療にあたつて支障となることが多い。更に注射による筋障害の危険もある。しかるに、経口投与で薬効が十分に期待されるのに、注射が行われたり、あるいは経口投与に注射が併用されることがあるのは、遺憾である。

(2) (提言(Ⅰ)の(3)について)

風邪症候群のほとんどは、ウイルスによる感染症であるから、現段階では本質的な治療法はなく、しかも一般的に自然治癒の傾向が強い。ウイルスに対して、抗生剤の効果は期待できない。

発熱は、一般に生体の防衛反応の一種と考えられているので、発熱によつてけいれんその他の身体的危険を伴う場合など少数の例外を除けば、解熱剤の使用は慎重でなければならない。もし解熱剤を使用する場合でも、経口投与を原則とし、緊急時以外は筋肉注射を避けるべきである。抗生剤の筋肉注射剤には、組織障害性の強い薬剤が少なくない。

(3) (提言(Ⅰ)の(4)について)

筋拘縮症の99.9%が、抗生剤や解熱剤などの筋肉注射によるものであり、注射本数の増加が本症の発症並びに重症化の頻度を高めている。山梨県地方の調査では、抗生剤と解熱剤の混合注射が多く、本症が社会問題となつた当初から問題視されていた。

注射本数の増加が本症の発症率を高めるのは、注射量が増加して組織障害の範囲を広げるからであり、混合注射を行えば、一回の薬量が増加するために、注射部位の障害範囲が拡大するものと推定される。

混合注射そのものの安全性や組織障害性は未確認であり、薬物の混合で、化学組成の変化や物理化学的な変化も起こり、副作用の増加のほか、有効性も変化する可能性がある。

今日行われている混合注射の目的は、省力化や単純な疼痛回数の減少などの視点に基づいているものであり、安全性や有効性が確認されたものではない。

(4) (提言(Ⅱ)の(1)について)

大腿四頭筋短縮症については認識が高まつているが、これに続き三角筋や臀筋の拘縮症の発生例の報告が相ついでいる。したがつて筋肉注射にあたつては、部位の選択よりも、まず注射が適応であるか否かについて留意すべきである。

(5) (提言(Ⅱ)の(2)について)

骨長径成長の著しい新生児・乳幼児では、筋肉注射を避けるという原則を貫くべきであり、年齢のいかんを問わず、みだりに注射をすべきものではない。

(6) (提言(Ⅱ)の(3)について)

一般臨床で、経口投与では薬剤の効果が間に合わないという場合は比較的少ない。筋肉注射は、現在の治療技術ではこれを避けられない場合に限るべきである。例をあげれば、①急性心不全、②けいれん重積状態・意識障害・激しい嘔吐など、③筋肉注射しか使用できない薬剤を必要とするとき、などである。

現在では、筋肉内に注射されても、筋拘縮症を起こさないという薬剤の安全基準は明らかにされていないし、組織障害を起こさない薬剤はないからである。

5  その他の諸団体の対応

<証拠>によれば、次の(一)ないし(三)の事実を認定することができる。

(一) 日本医師会の大腿四頭筋問題検討委員会は、昭和四九年九月三日、本症に関し答申をした(文献100)。この答申は、本症と筋肉注射との因果関係が注目をあびているが、従来筋肉注射の局所反応について、これを薬理学的にあるいは組織学的に系統だてて研究した報告はないと述べ、筋肉の瘢痕、線維化の原因としては、化学物質による筋の炎症があげられるが、その他の原因として注射剤の浸透圧、濃度、PH等も問題であり、また添加物や安定剤などによる影響も考慮されるし、一方、大量の液を頻回に筋の小範囲に注入するために、圧迫による阻血性壊死が起こることも考えられるとする。そして、当面の発生防止の方途として、筋注による治療は、その方法の実施がやむを得ないと判断された場合にのみ行うことを原則とし、その注射回数について十分に注意し、筋注を行う場合には、その薬剤による多少の組織障害は避けられないとしても、機能障害発生の可能性が少ない部位を選んで注射するという配慮が必要であり、上臀半月部が望ましいとし、同一部位に対する注射回数が多ければ、瘢痕化が起こりやすく、また、未熟児に対する注射に際しては特に慎重な配慮が必要であるとする。

(二) 昭和五〇年三月一一日、第七五回国会参議院社会労働委員会において、本症に関する調査がなされた。

(1) 津山直一参考人は、本症の概念、診断、治療などにつき説明をし、注射をすれば筋肉の瘢痕化が起こり得ることを医師として考えておかねばならず、一つの筋肉に集中して注射を行わないこと、注射回数をできる限り減らし、なお頻回注射をしなければならない場合には、注射をしてよい筋肉を選び、そのたびごとに場所を変えるなどの配慮が必要である旨を述べた。

(2) 坂上正道参考人は、前記(一)記載の日本医師会における答申を資料とし、概ねこれに沿つた意見を述べた。

(3) 保坂武雄参考人は、大腿四頭筋の構造を述べ、少ない注射でも本症発症の危険性があるとし、なお、手術法につき意見を述べた。

(4) 今井重信参考人は、自主検診を行つた一員としての立場から、厚生省において薬の副作用ないし医療技術の副作用についての情報収集機構がほとんど欠如していること、製薬会社等において右のような副作用の点検が欠如していること、一つの医学会内部でほとんど常識化していた知識が、社会的にアピールされず、また他の学会に働きかけられなかつたことなどの問題点を指摘し、本症が昭和三五年以降に急激に増えてきている点を注目すべき現象として特に報告し、また大腿部から臀部へという注射部位だけの問題ではないと述べている。

(5) 宮田雄祐参考人は、医師における利潤追求の姿、薬剤関係における利潤追求の姿、厚生省における責任に直接関係ない問題は積極的に取り上げないという姿、国民の側の健康保険制度に寄り掛つて容易に医療を求め、薬物を求める姿を指摘し、注射の本数が少なければ良い、飲む薬にすれば良いというのではなく、本当に必要な医療かどうかを考えるべきであると述べている。

(6) 西中山秀雄参考人は、子供を持つ親の立場で、国や医療関係者に対し、被害児の救済と原因究明及び予防に力を尽すべきことを求めた。

(三) 日本整形外科学会は、第四八回総会(昭和五〇年四月)で、本症が数多く発生し、社会問題化している現状に鑑み、学会として遺憾の意を表するとし、なお、本症の発症が注射によることが多いと考えられるので、注射を必要とする場合は十分な配慮を行うこと、及び、本症の現状を直視し、問題解明の為に大腿四頭筋拘縮症に関する委員会を設置することを決議した。

同委員会は、昭和五〇年度報告書を初めとして、大腿四頭筋、三角筋及び臀筋拘縮症の診断と治療法についての検討結果を発表しているが、日本整形外科学会雑誌昭和五五年九月号(文献207)に五年間にわたる同委員会の活動の総括を報告し、「筋拘縮症が社会問題化したのちにも新たな症例の発生を聞いている。日本小児科学会の注射に関する提言の指摘のごとく、筋拘縮症の発症原因となる筋注は極力避けるべきであり、新たな症例の発生がないことを祈る。」と結んでいる。

6  動物実験

<証拠>によれば、次の(一)ないし(七)の事実を認定することができる。

(一) 阪本桂造の動物実験報告(文献71、昭和四六年)の要旨は次のとおりである。

注射により筋拘縮に至る筋変性、特に線維化が、どのような因子により、より多く形成されるかを追求する目的で実験を行つた。被験動物として、三〇〇gから五〇〇gの日本白色家兎を用い、右大腿前面中央に注射処置し、右側を処置側とし、左側を対照側とした。使用薬剤は、リンゲル液と筋注用懸濁クロラムフェニコール(CP)であり、リンゲル液は三〇cc、CPは一〇〇mg、二〇〇mg、五〇〇mgに分け、各群については一回注射と三回連続注射(一日一回として三日間連続注射)とに分け、経時的に一週から二五週(場合によつては三五週)にわたり観察し、光学顕微鏡下にて病理組織学的に検索を行つた。

リンゲル液筋注群では当初あつた筋線維萎縮、筋束間質の線維化も時間を経るに従い軽微となるのに反し、リンゲル液皮下注射群では当初皮下腔に限局した線維増生が直下の筋さらには瀰漫性に全体の筋層に線維化が拡がる傾向が認められた。

CP筋注群では、比較的限局性に線維化を認め、これは筋注したCPの量と回数にほぼ比例している。CP皮下注射群では、注射された局所のみならず、場合によつては全体の筋にまで、線維化と筋線維の萎縮をきたしている。

そして、右の実験結果に基づき、筋注、皮下注射ともに、障害の程度は、その薬剤の量及び回数に比例し、特にその回数に比例して障害が強いと分析し、この実験では線維化を招来したのは、薬剤そのものの筋毒性が考えられるが、それに加うるに回数が大きな比重を占めていると考えられると述べ、実験例では筋腹部での線維化と組織関隙の粗な血管、神経存在部、共同腱、特に共同腱に強い線維増殖をみるところから、その筋に過量の薬剤が注入された場合には、組織間隙の粗な部に薬剤が滞留し、そのために同部での線維増生が強いのではないかと考えるとする。

結論として、実験例で認めた線維化、筋線維の萎縮及び退行変性が本症に直接結びつくとは考えられないが、実験結果としての筋の変化を考えると、臨床的に重要な因子としての関連性を認め、また注射が局所に及ぼす影響の大であることを推察し得ると述べる。

(二) 三上洋三の動物実験報告(文献114、昭和四九年)の要旨は次のとおりである。

筋注により本症に問題となる筋の線維化が認められるか否か、そしてその組織像が臨床的にいかなる意味があるのか、またギプス固定後等におこる関節拘縮の筋に対する問題に関して目的をしぼり施行した。被験動物として、五〇〇gから六〇〇gの幼若な日本白色家兎を用い、注射群として、右大腿前面中央に注射処置し、左側を対照側とし、ギプス処置群としては右下肢をギプス固定し、左側を対照群とした。筋注用懸濁クロラムフェニコール(CP)を使用し、四ml一gを一日一回とし、三日間総計三gを右大腿前面中央に注射処置した。処置した家兎を経時的に処置後二週、四週、八週、一二週、一六週、二〇週の各群に分けて検索を行つた。

そして、「CP筋注群では筋注後二、三週経過ころまではCPと思われる結晶及び異物巨細胞を含む肉芽組織を認めるが、その後線維増生が著しくなり、四週経過群で比較的限局性に線維化と筋線維の萎縮及び退行変性を認め、八週経過すると脂肪細胞の増生を起こしてくる。一二週以後では筋の膨化変性が著明となる。」などの実験結果に基づいて、CP筋注例全例に線維化を認めたが、家兎の体重と注射量との関連から、線維化を招来したのは薬剤そのものの筋毒性も考えられるが、それに加えるに頻回の注射が大きな比重を占めると考えるとし、更に筋の線維化、萎縮及び脂肪細胞増生が筋拘縮に関連性を有することを認めるので、拘縮発生の予防には筋の線維化を極力避けるような治療が望ましいと述べる。すなわち、本症を予防するためには、補液、抗生物質等の注射に際してはまず第一に経静脈的投与法を優先し、筋肉内注射施行時にはその量及び回数を考慮し、筋肉内に線維化及び脂肪細胞増生の起こるのを極力避けるように行うべきものと考えるというのである。

(三) 宮田雄祐、林敬次らの動物実験報告

(1) 宮田らは、第七八回日本小児科学会(昭和五〇年五月)において発表(文献137)し、その要旨は次のとおりである。

壊死に陥つた筋組織は再生することなく、また壊死部の大腿四頭筋の断面に占める割合が大きくなり、この部が瘢痕化することが明確になれば、本症との因果関係は明らかとなるとし、被験薬剤として、クロラムフェニコール、二五%スルピリン、アミノベンジル・ペニシリン(AB―PC)、硫酸カナマイシン、塩酸リンコマイシン、硫酸アミノデオキシカナマイシンの六種と、クロラムフェニコールゾルと二五%スルピリンの混合物を用い、これを、それぞれ、一、二、五、一〇及び二〇本の各群に分けて、生後五〇日目(平均体重五〇〇g)の家兎二四二羽の後肢に筋肉注射したのち、組織検索を行つて、大腿四頭筋の断面に占める壊死部の断面積比を概算し、注射本数と比較している。

結果として、全ての薬剤に筋組織壊死を起こす作用があり、全てに線維化する傾向がある。この間の病理変化の過程には炎症反応が極めて乏しく、注射による菌感染説は否定的である。注射本数と薬剤による障害断面積の関係では、全ての薬剤本数の増加は明らかな障害断面積の増加を示し、特にPH、浸透圧等の点で比較的安全で、一回注射では筋の変性がないと思われたAB―PC、カネンドマイシンのごときものでも、本数とともに障害面積が増加してくる。クロマイ、スルピリン、リンコマイシン等は、AB―PC、カネンド等に比較してやや組織障害性が強いと述べている。

(2) 宮田は、「大腿四頭筋短縮症の多発が警告する公害化する日本の医療」(文献154、昭和五一年)及び「小児医療と注射」(文献162、同年)の中で、動物実験結果に関して、次のように述べている。

① 人体標本でみる病理所見と、動物実験のそれとは全く同一である。

② 反復注射時の組織変化では、炎症細胞の浸潤、筋の再生像が極めて乏しく、主病変は筋の伸縮を阻害する膠原線維よりなる瘢痕組織である。

③ 注射本数の増加は各筋群における障害断面積の占める割合を増し、同時に障害部位の長径を増す傾向がある。このことは注射本数の増加は明らかに各筋群の機能障害の程度を増加させ、瘢痕の距離を増し、物理的にも筋の再生修復が不能となることを示している。

④ 日常使用されている注射薬のほとんどが非生理的なものであるが、PH、浸透圧が生理的な状態にほぼ一致するAB―PC系のごときものでも、本数の増加は広範囲な組織障害性を起こすことも明らかとなつた。

(3) 林らは、第八一回日本小児科学会(昭和五三年五月一一日)において発表(文献193)し、その要旨は次のとおりである。

本症の発症要因として指摘されている、注射薬の種類、量、注射回数、注射部位、注射手技、年齢及び体質等の諸要因と発症との関係解明を目的とする。生後五〇日の幼若家兎の大腿四頭筋直筋部に一回注射を行う。被験薬にクロラムフェニコールゾル(CM)とスルピリン(SUL)、対照薬に生理食塩水を使用した。

そして、「CMとSULの混注群、CM、SUL各0.2ml/kgを各単剤で投与した群での屈曲角の減少(重症化)は、注射後四日目から明らかとなり始め、九日目以後は生食群に比べて有意となる。一八日目、CMとSUL混注群はそれぞれの薬剤単独群より有意に拘縮が強い。直筋内に確実に注射された一六肢では、右混注群及び右0.2ml/kg単剤投与群とも全例に屈曲角減少があり、一〇〇%に拘縮が認められ、混注の量の多いものが拘縮の程度が強い。注射が直筋をはずれたものには障害の程度にばらつきがある。」などの実験結果に基づいて、「本症の発症には、薬剤の種類、注射量、大腿四頭筋内の注射部位が、注射回数とともに発症の決定的な要因であり、これらの要因が一定であれば『体質』には関係なく、一回の注射で一〇〇%発症する。拘縮は注射による瘢痕形成に由来する。」旨の結論を述べている。

(四) 光安知夫らの動物実験報告

(1) 第四九回日本整形外科学会(昭和五一年)における発表(文献167)の要旨は次のとおりである。

生後四週目のWistar ratを用い、右大腿前面に筋肉注射、皮下注射施行。薬剤はクロラムフェニコールゾル(CP)、二五%メチロン、生理食塩水を使用、一回0.5mlを一、五、一〇日間連続注射し、各処置群を連続注射後一日より一二週まで経時的に二種の固定法(凍結固定、ブアン固定)を用いて観察した。

CP注射群では、注射後一ないし三日目までは、注射部位を中心に、薬液の作用したと考えられる範囲に一致して限局性に病変が存在する。経時的には、注射後一週目では、増殖筋線維が一部残存し、再生筋線維が多数認められる。間質のphagocytosisは減少して、collagen fiberの増加が認められる。注射後三、五週目では、筋線維はほとんど正常で、一部再生線維がみられ、間質では、collagen fiberの増加が認められる。八、一二週では、筋線維、間質ともに正常を示す。メチロン注射群もCP群と同様な病変を生じるが病変範囲はCP群と比較すると小範囲で、再生筋線維の出現も間質の細胞浸潤も少ない。生食水注射群でも、限局性の病変を生ずるが、CP、メチロン群に比べると、明らかに軽度であつた。また注射回数との関係では、回数が増加すれば病変も比例して拡がる。

そして、このような実験結果に基づきRatの筋障害に似た変化は人間でも認められると考えるとし、発症に関与する因子として、年齢、感受性、抵抗性、筋容積、薬液のPH等の物理化学的因子、筋肉毒作用、障害の繰り返し、軽度の感染などが考えられると述べる。

(2) 第五〇回日本整形外科学会(昭和五二年)における発表(文献183)の要旨は次のとおりである。

生後四週目のWistar ratを用い、右大腿前面に筋肉注射施行。薬剤はクロラムフェニコールゾル(CP)又は二五%メチロン各一mlを一回注射し、注射後一日目より八週目まで経時的に透過型電顕にて観察した。

その結果を「注射による早期の筋障害の微細構造の所見は、上方の非損傷部、次に下方部の筋原線維の壊死、ミトコンドリア、筋小胞体等の変性を示す壊死部、及び最も興味ある変化を示す中間部で、ここでは再生過程が活発に行われている。」「このように、注射による筋障害は、focal, toxicな損傷変化であり、損傷が生じると同時に再生過程が進行していることが明らかになつたことは強調しなければならない。」「人間において注射を受けてもratで観察されたような過程で筋の修復が行われている場合もあるのではないかと考えられる。」と考察し、なぜ人間では注射を施行された一部ではあるがfibrosisという非可逆性の変化を生じさせるのか、今後の研究課題であるとしている。

(五) 佐野精司らの動物実験報告

(1) 第五〇回日本整形外科学会(昭和五二年)における発表(文献184)の要旨は次のとおりである。

組織傷害性の強い薬剤の筋肉内注射によつて、再現性の多い筋拘縮症を実験的に作り、この実験モデルから、さらに整形外科的治療面の検討を行わんと意図した。体重二kg弱、年齢二歳前後の幼若カニクイザル六匹使用。クロラムフェニコールゾル及び二五%スルピリンの混合液を、三角筋、大腿直筋及び外側広筋に一〇回筋注した。筋注後は一週ごとに拘縮症発生の有無、更に一、二及び四か月目に、各部位より切除した筋肉片について、病理組織学的に検索した。

上記筋注した部位に一致し、ほぼ四週まで硬結を認めた。筋注六か月後の時点で、三角筋、外側広筋からは拘縮の発生をみなかつた。一方大腿直筋は筋注後五週ころより、股伸展位膝屈曲角度の減少を示し、六か月以上経過したものでも改善をみない。これらのうち、正座位をとらせると異常を示すものもみられたが、皮膚の上より線維束形成を示したものはない。手術時の肉眼的所見では、表層筋膜の肥厚が著明で、周囲組織とは強く癒着を示し、易剥離性を失つていた。これらの所見からは拘縮のあるものの再生・修復は考えられない。

(2) 第五一回日本整形外科学会(昭和五三年)における発表(文献194)の要旨は次のとおりである。

年齢二歳代のカニクイザル七匹使用。注射薬剤はクロラムフェニコールゾル一〇〇mg/kg、二五%スルピリン二〇mg/kgの混合液を、左三角筋及び中間広筋部に、二週間にわたつて筋注。筋注後二、四、六か月目に切除した筋肉片は病理組織学的に検索した。

一匹を除き、六匹のサルの筋注部位に一致し、八週前後にわたつて硬結を認めた。中間広筋部に筋注したものは、すべて直筋型拘縮となつて発現し、台と下腿軸とでなす尻上がり角は、注射後四〇週になるも改善をみない。また形態学的にmultipennateでない三角筋に筋注した一匹に拘縮症とみてよい所見を認めたが、これにはなお経過観察の必要がある。

(3) 日本整形外科学会雑誌昭和五五年一〇月号に掲載された報告(文献209)の要旨は、次のとおりである。

特に電顕レベルでの検索を行つたものである。体重二kgのカニクイザルを使用。筋注薬剤として、クロラムフェニコールゾル(CP―SOL)一〇〇mg/kgと二五%スルピリン二〇mg/kgの混合液、CP―SOLのみのもの、対照としてCP―SOLバイヤルビン上清液、以上の三実験群を作り、大腿部に一〇日間筋注した。筋注終了後二日目より一二週にわたつて経時的に観察した。光顕的に筋病変部を確認のうえ、透過型電顕で観察した。

この筋拘縮症サルの実験においても初期変化は変性像が主体で、ついで筋注後一週間目ころより筋の再生過程が認められることが分つた。このような傷害部に筋節単位の再生が起こるためには、筋線維構造の乱れが少なく、間質系反応が強くないことが前提条件であろう。しかし、組織損傷の程度が強い場合は不完全な再生であつて、myofilamentの配列に無秩序な錯綜が起こり、筋肉aponeurosisとともにirreversibleな筋拘縮症に移行するものと推論した。

既に光顕レベルの検索では不可逆的な変化を起こしていることを報告。電顕レベルのそれでも再生は不完全であり一二週のものではdisarrayを呈し、これが不可逆的拘縮に移行するものであろうとし、カニクイザルは、ラットや兎に比べ、本症の実験モデルとしては最適であるとする。

(六) 西島雄一郎の動物実験報告(文献190、昭和五二年)の要旨は、次のとおりである。

本症と関連した実験研究としては、阪本(前記(一))、赤石ら(文献116)、宮田ら(前記(三)(1))、光安ら(前記(四))の報告に接するが、いずれも薬剤注射による筋壊死及びそれに続く組織学的変化を示して拘縮との因果関係を示唆するにとどまつており、実際に拘縮をつくり得たかは明らかにされていないと述べ、筋肉内注射により大腿四頭筋の拘縮が生ずるか否か、薬剤の種類、注射回数、注射量が筋拘縮症発生に与える影響、筋肉内注射による筋の病理組織学的変化と拘縮との関係、筋肉内注射による筋肉内血管系の変化と拘縮との関係を明らかにする目的で動物実験を行うとする。

生後三週、体重八〇〇gから一二〇〇gの幼若白色の家兎を用い、実験数は二八五肢(うち二三四肢が検討の対象となつた。)、対照群として一〇肢を使用。筋注用薬剤として五種類の抗生物質、二種類の解熱感冒剤及び二種類のステロイド剤を用いた。一回の投与量は、抗生剤については日常小児に臨床的に用いられる体重一kgあたりの投与量より算出した量を、また解熱感冒剤、ステロイド剤については日常臨床的に幼小児に使用する量の半量をそれぞれ標準投与量とし、また大量投与量として標準投与量の五倍量を用いた。各薬剤につき右投与量を三回、五回、一〇回、隔日に筋注し、注射終了後三か月までは一週間ごとに、三か月以後は一か月ごとに拘縮の有無を観察し、また、注射終了後経時的に三日から四八週まで、大腿四頭筋を摘出して作成した標本によつて病理学的検索を行つた。

結果として、拘縮発生とPH及び浸透圧比との相関関係はみられないが、溶血性の強い薬剤ほど拘縮発生率が高い。五回注射群一か月の時点で、拘縮発生率は大量投与群と標準投与群とでは有意の差はないが、拘縮の程度は大量投与群の方が強かつた。注射回数別にみると、注射終了後一か月の時点では、拘縮発生率及び拘縮の程度とも、有意の差はなかつた。注射終了後一か月では拘縮肢数は多く、全実験肢の五〇%余であつたが、その後徐々に改善を示し、三か月以降、一年経過して拘縮を示した例は四肢1.7%であつた。

拘縮角度の遷移に基づき、全経過中拘縮を示さない正常型、注射終了後一週間ほど拘縮を示すものの一か月までには正常に復する早期改善型、注射終了後一か月ころには拘縮を示すがその後徐々に改善を示し三か月ころまでには正常に復する改善型、注射終了後全経過を通じて拘縮を示す拘縮型に分類すると、正常型は全実験肢の一四%台、早期改善型は三〇%台、改善型は四〇%台で、拘縮型は1.7%であり、溶血性の強い薬剤のみについてみれば、正常型〇%、早期改善型二〇%台、改善型七〇%台、拘縮型は2.8%であつた。

さらに病理学的所見を述べ、これらの実験結果に基づき、次のように考察する。ヒトの本症の組織像は、文献的には瘢痕線維化像と筋線維の喪失部が一部線維化し一部脂肪組織に置き替わる像とに大別されるが、前者は家兎の拘縮型の、後者は改善型の各組織像に類似する。後者は、家兎の実験例では、線維化部分が減少して最終的には脂肪組織へ移行して拘縮を示さなくなる。ヒトの場合も拘縮例中脂肪組織の存在する例は将来経過中拘縮が改善されてくるという推論が可能であろう。

薬剤注射条件が同一であるのに、改善型と拘縮型とを生ずる原因は何か。薬剤を筋注して拘縮を生ぜしめるためにはまず薬剤が強い溶血性を示すこと、すなわち強い筋毒性を有することが必要であるが、更に加えて直筋全体に変化を及ぼすような要因が生じなければならない。溶血性につき陽性の薬剤が直筋全体に浸潤すること、直筋栄養動脈が損傷されて直筋全体に阻血性変化が生ずること、直筋主幹静脈の損傷により筋全体に血流停滞が生じ、その結果壊死と線維化が生ずること、直筋支配神経の損傷により脱神経変性が生ずることなどが考えられる。

溶血性陽性薬剤筋注後の血管系の変化を特に検索した結果、薬剤注入部位は完全な阻血状態になることが示され、また筋肉内動脈も損傷され、血流途絶が生ずることが示された。このことから溶血性陽性薬剤筋注によつて発生する壊死には、筋毒性のみならず阻血性変化も加わつていることが明らかとなつたが、その部位は今回の実験では薬剤の注入部位に一致して帯状に広がつた範囲に限られており、直筋全体にわたる阻血状態は示されなかつた。しかし、動脈損傷と血流途絶の事実から、薬剤の注入により直筋栄養動脈の主幹が閉塞されて、直筋全体に阻血性変化が生ずることは容易に想像でき、永続的拘縮が発生する要因として、直筋栄養動脈の損傷は重要な意味を持つと考えられる。直筋栄養動脈が損傷されるためには、薬剤が強い溶血性を示すことはもちろんであるが、注射回数が多ければ多いほど主幹動脈にあたる確率は増すわけで、拘縮型が三回注射群に一例もみられず、五回及び一〇回注射群にみられた事実はこの傾向を示すものであろうとする。

(七) 山村定光の動物実験報告(文献191、昭和五二年)の要旨は、次のとおりである。

抗生物質の筋注による骨格筋の線維化の成立機序を解明するため、アミノベンジル・ペニシリン、セファロチン、ストレプトマイシン、クロラムフェニコール(CP)、オキシテトラサイクリンの五種の抗生物質の中で筋毒性の最も強かつたCPをマウスの右腓腹筋に筋注した。それらは一回筋注群、三回筋注群及び一〇回筋注群に分け、注射局所の筋線維、末梢神経の変化を経時的に電顕で観察した。

(1) すべての群で注射直後より筋線維、末梢神経、神経・筋接合部には高度の変性像がみられた。しかし、一回筋注群では、四週間後には三者いずれも良く再生されていた。

(2) 頻回注射群では、CP筋注の回数が多くなるほど筋線維の障害が強く、再生も不良であつた。四週間後にも間質の線維化が認められ、該部には、再生の途中で再び変性に陥つたmyotubeも観察され、末梢神経、神経・筋接合部にも変性が持続していた。

(3) 以上によりCPの有する強い末梢神経障害が筋の再生を阻害し、線維化を惹起させるものと考えた。

(八) 以上本症発症を念頭に置いた注射剤の障害性に関する動物実験は、いずれも研究者の創意工夫に基づく独自の方法によるものであり、その試験データは、注射量、注射回数、観察期間、筋肉変化の評価方法等がまちまちで、その結果の当否、優劣を評価することは極めて難かしい。佐野ら(前記(五))は、カニクイザルに注射による本症を発症させることができたが、被験動物数が少なく、薬量及び注射回数が他の実験例と比べて多いことが目に付く。西島は、二三四肢中四肢(1.7%)に本症を発症させたが、この結果につき、東京地方裁判所において、「筋肉注射をすれば筋拘縮症になるということは実験的には証明されずに、その因果関係ははつきりしない。右の四肢については、筋肉注射だけでは説明できない面がある。それが引き金になつていることは否定できないが、それだけではない。」旨証言している。その他の実験例では、薬剤注射による筋壊死及びそれに続く組織学的変化を示して拘縮との因果関係を示唆するにとどまつている。筋の線維化、萎縮及び脂肪細胞増生に筋拘縮との関連を認め(前記(二))、壊死に陥つた筋組織は再生しないとする見解(前記(三)(1))があるが、他方、筋の修復、再生を認める報告もある(前記(四)、(五)(3)、(六)、(七))。動物実験により注射を原因とする本症を発症させる試みは、いまだ十全には成功していないといわねばならない。

しかしながら、被験薬として使用された筋肉注射剤が筋組織障害性を有することは、どの実験においても確認されている。消毒ミスにより注射部位を化膿させるなどの特別な場合や先天的な要因によるものを除き、通常は、筋肉注射剤の有する筋組織障害性が、本症発症の不可欠の要因になつていて、これが注射量、注射回数、注射間隔、注射期間、注入箇所、患者の個体差などと複雑に関連して本症を発症させるとの認識は、前記各動物実験に共通なものであると認められる。

7  大腿四頭筋短縮症発生の減少

(一) <証拠>によれば、昭和四九年に検診が行われた大阪府下の同じ幼稚園、保育所において、昭和五五年、問診アンケート調査と診断を行つたところ、対象となつた九〇六名の年齢構成は全く相似していたが、本症と診断されたものはなく、要観察二名、注射性皮膚障害三名が確認されたにとどまつた(前回は本症一一〇名、要観察四八名、皮膚障害六名)との事実を認定することができる。

(二) 前記1ないし6及び右(一)に認定した事実及び<証拠>によれば、本症が社会問題化したのち、新たな本症発症が全くないわけではないが、筋肉注射の危険が広く知られるようになり、日本小児科学会筋拘縮症委員会が注射に関する提言をしたのを代表的な一例として(前記4)、厚生省その他の諸団体の活発な啓蒙活動があり、一般臨床医が筋肉注射の適応を厳格にし、やむを得ず注射をする場合にもできるだけ安全な注射部位を選択し、注射回数を減らし、同一部位に連続して注射をしないようにするなど右提言の趣旨にそつた医療を心掛けるようになつた結果、近時、本症及び他の筋拘縮症の発生が急速に減少した事実を認定することができる。

8  まとめ

前記1ないし7の認定事実によれば、大腿四頭筋短縮症の原因には先天性の素因によるものも全く否定されたわけではなく、また後天性のものでも外傷など注射以外の原因によるものや化膿性筋炎のように注射と関係ないか又は消毒ミスのような注射手技の過誤に基づくものもあるとしなければならないが、これらはごく稀であり、本症の大多数は筋肉注射を原因とするものであること、市販の筋肉注射剤は、強弱の差はあるものの、例外なく筋組織障害性を有すること、そのため、比較的少ない注射回数でも本症が発症することがあり、特に乳幼児の大腿前面に対する筋肉注射は、本症発症の危険が高いこと、栄養状態、筋肉の発達の程度及び注射を必要とする原疾患の病状など患者の置かれた状態(以下「個体差」という。)も発症の有無に関係すること、注射回数が多くなると発症の可能性は高くなること、とりわけ短い期間に同一部位への注射を繰り返すと局所障害が蓄積されて危険であること、注射回数が少なくても、一回の薬液の量が多いときは、やはり発症の可能性が高いこと、混合注射は一回の薬量を増加させるために危険であることを認定することができる。

以上検討の結果によれば、筋肉注射剤の有する筋組織障害性は、通常、注射による本症の発症に不可欠な要因であるということができ、乳幼児期に大腿部へ筋肉注射をされた者が本症に罹患した場合には、先天的な原因によること、外傷によること又は消毒ミス等注射手技の過誤によることなど他の原因の存在が明らかにされない限り、筋肉注射剤の筋組織障害性が注射量、注射回数、注射間隔、注射期間、注入箇所、患児の個体差などと複雑に関連して、本症を発症させた(ただし筋組織障害性以外のものは個々的には常に要因となるとは限らず、筋組織障害性がその余のいくつかの与件と複雑に関連作用して本症を発症させる趣旨である。以下においても同様の意味である。)ものと推認するのが相当である)。

しかして、被告会社らの製造・販売にかかる本件各筋肉注射剤を念む市販の筋肉注射剤は、いずれも右筋組織障害性を帯有するものと認定すべく、右認定を左右するに足りる証拠はない。

9  被告らの主張に対する判断

被告らは、大腿四頭筋短縮症の主因は筋肉注射剤そのものではなく、適応を無視した医師の頻回大量の注射行為(医療行為)であつて、筋肉注射剤の製造許可ないし製造・販売と本症との法的因果関係(相当因果関係)の立証は尽されていないと主張し、また、被告会社らは、右主張とともに、医療行為が介在するので注射剤と本症との間の因果関係は中断するとすべきであると主張する。

なるほど、被告国が製造を許可し、被告会社らが製造・販売した本件各筋肉注射剤につき、先に述べたように筋組織障害性が認められるものの、なおその有用性に疑問を抱かせるような事情は、証拠上存在しない。医薬品は多少とも有害作用を伴うものであるが、有益な薬理作用を合せ持つので、適正に使用されることを前提に、有用なものとして製造し販売される。殊に本件各筋肉注射剤はいずれも医療用医薬品であつて、その使用の適否は医師の判断に委ねられている。医師は、その専門的知識に基づき、病状、年齢など患者の置かれた状態を総合的に判断し、注射剤投与の是非、注射剤の種類、投与量、投与回数、投与期間、注射方法及び注射部位などを決定する。このような医療行為の結果に対し、まずその当否を問われるべき者は医師である。医師が使用上の指示・警告に違反し、又は、医学の常識では予測し難い異常な方法で医薬品を用いた場合には、国及び製薬会社は、そのような医療行為を規制ないし支配できないから、その結果について責任を負うことはない。しかしながら、医師が治療の当時通常用いられていた方法で医薬品を使用したか、又はその医薬品の有害性が広く知られていなかつたために、その有害性を考慮することなくこれを使用したが、これを考慮するときには、当該医薬品を使用せず、又は使用方法に変更が期待される場合に、その医薬品の有害作用により患者の身体に障害が発生したときには、医師の責任の有無と並んで、国及び製薬会社の責任の有無が問題とされねばならない。なぜならば、医師が的確な判断をなし適正な医療行為を行うには、医薬品の安全性に関する正しい情報を十分に把握していなければならないが、医師が個別に医薬品の安全性を確認することは通常不可能若しくは非常に困難であるため、場合により、製薬会社において医薬品の有害作用を公表し、使用上の指示・警告をなすべきであると期待され、国においても右有害性を公表し、又は製薬会社の右指示・警告を促すように期待されることがあるからである。

ところで、被告らのいう「法的因果関係(相当因果関係)」は、連鎖する事実的因果関係のうちの不法行為として扱うにふさわしい範囲を画するものである。過失による不法行為を例にとれば、行為者が発生防止義務を負う損害が法的因果関係の範囲内に属すると解すべきである。そこで、筋肉注射剤の筋組織障害性を前記特別な場合を除き不可欠の要因とする本症の発症と国及び製薬会社の作為又は不作為との法的因果関係の存否を決定するためには、製薬会社が筋肉注射剤の筋組織障害性を公表し、使用上の指示・警告を与えるべき法的義務を負担していたか、国においてもこれを公表し、又は右指示・警告を促すべき義務を負つていたかを問題とすべきであり、これを判断するためには、筋肉注射剤の使用による本症の発症が予見できたか否か及び原告患児らの本症発症の回避が可能であつたか否かを検討する必要がある。

このように、本件においては、法的因果関係(相当因果関係)の存否は、違法性及び有責性の判断と同じような検討を必要とする。被告らの前記主張の当否は、後記第五及び第六の被告らの過失責任に関する判示によつて、おのずから明らかになるものである。なお、因果関係の中断論は、余りに拡がりすぎる事実的因果関係を法的に限定しようとする趣旨のものであり、法的因果関係存否の問題に帰する。

三  本件各筋肉注射剤と原告患児らの大腿四頭筋短縮症罹患との間の個別的な因果関係

1  原告患児らに対する本件各筋肉注射剤の投与

(一) <証拠>によれば、原告真紀、同和歌子及び同美輝は、それぞれ、別紙当事者個人別表「注射年月日」欄記載の日に、須賀川市所在の青木小児科医院において、青木医師の診察を受け、同表「病名」欄記載の病気に罹患していると診断され、同医師の指示に基づいて、看護婦であつた和解成立前の相被告青木敏子から、被告山之内製の本件パラキシンゾルM(同表では「クロマイ」と表示)、被告萬有製の本件注射用ブロードシリン及び被告富士製の本件エフミン並びに訴取下前の相被告台糖ファイザー株式会社製のテラマイシン注射液(同表では「テラマイシン」と表示)及び製造会社不詳のスルピリン注射液(同表では「エスピリン」と表示)を、同表「注射歴」欄記載のとおり(ただし、原告和歌子の昭和四五年七月二一日分及び昭和四六年二月四日分を除く。)筋肉注射されたことを認定することができ、この認定事実を左右するに足りる証拠はない。

原告和歌子が昭和四五年七月二一日及び昭和四六年二月四日にそれぞれ本件パラキシンゾルM、スルピリン注射液及び本件エフミンの混合液の注射を受けたとの事実は、これを認定するに足りる的確な証拠がない。

(二) 次に、別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のカナシリン筋肉注射剤の使用について検討する。

(1) <証拠>によれば、次の①ないし⑤の事実を認定することができる。

① 原告美輝は、昭和四五年五月二日から同月五日まで気管支炎で、原告真紀は、昭和四六年六月三日から同月五日まで肺炎、同月二八日、同月三〇日及び同年七月二日に気管支炎で、青木小児科医院において、青木医師の指示に基づき、一日一回ずつ、カナシリンにスルピリン注射液及び本件エフミンを混合した筋肉注射を受けた。

② 当時、カナシリンの筋肉注射剤としては、被告明治のカナシリン明治及び被告萬有のカナシリン萬有の二種の商品だけが製造・販売されていた。

③ 右原告患児らに使用されたカナシリンが被告明治製か被告萬有製かについては、本件審理の当初から争点となつていたが、青木医師の妻で同医師のもとで看護婦をしていた前記青木敏子は、本件第七回口頭弁論期日(昭和五一年一〇月二〇日)における本人尋問ののち、続行した次回の尋問期日(昭和五一年一二月八日)までの間に、自宅の薬品棚から、開封されていない供試用のカナシリン明治バイヤルびん(検甲第一号証)を発見した。

④ 青木小児科医院では、カナシリン筋肉注射剤を購入したことはなかつたが、少なくとも二回以上供試品として提供を受けていた。青木小児科医院は、右供試品はともかく、被告明治の医薬品を使用していなかつたもので、右青木敏子は、供試用カナシリン明治を薬品棚に発見する以前に、はつきり断定はできないものの、取引のなかつた被告明治から貰つたとの記憶があり、菓子屋なのに薬を作つているのかと思い、チョコレート等の菓子を貰つたことを記憶に残しており、他方被害萬有とは取引があつたのに、同被告からカナシリン筋注剤を入手した記憶を有していなかつた(右青木敏子は、第七回口頭弁論期日における本人尋問の際に、右のように供述している。)。

⑤ 被告萬有は、カナシリン萬有につき、特別の供試品は製造しておらず、一般商品にサンプルであることを示すゴム印を押して試用に供することもあつたが、被告萬有の社員が直接青木小児科医院にカナシリン萬有を納入したことはなかつた。また、カナシリン萬有を扱つていて青木小児科医院との取引の可能性を有していた各問屋は、いずれもカナシリン萬有を青木小児科医院に納入していなかつたことを証明している。

(2) 以上の認定事実によれば、原告美輝は、昭和四五年五月二日から同月五日まで、また原告真紀は、昭和四六年六月三日から同月五日までと、同月二八日、同月三〇日及び同年七月二日に、青木小児科医院において、別紙当事者個人別表「注射歴」欄中の右該当日に記載されているとおり、被告明治製の本件カナシリン明治を筋肉注射されたと認定するのが相当である。他に、被告萬有の本件カナシリン萬有が右原告患児らに使用された事実を認定するに足りる証拠はない。

(3) もつとも、検甲第一号証の検証の結果によれば、右青木敏子が発見した前記供試用カナシリン明治(検甲第一号証)の製造番号はKAPX10であることを認定できる。更に<証拠>によれば、KAPX10は、カナシリン明治の一〇番目の供試品で、昭和四五年一月三〇日、一万本が川崎工場で製造され、そのうち五〇〇本が昭和四六年四月一九日、被告明治の郡山出張所に出荷されたことを認定できる。そうすると、須賀川市所在の青木小児科医院において、昭和四五年五月二日から同月四日までの間に、原告美輝に対しカナシリン明治KAPX10を使用することは不可能である。また、証人酒見辰三郎は、昭和四六年四月一九日被告明治の川崎工場から出荷されたKAPX10が同被告の郡山出張所に入荷するのは同月下旬ころになるところ、在庫品を先に処分するので、右入荷のほぼ二か月後に同出張所が管轄する地域にこれの出荷を始めることになる旨供述する。右供述のとおりとすれば、原告真紀に対し、KAPX10を同年六月三日ないし同月五日の間に使用することも著しく困難であり、同年六月二八日、同月三〇日及び同年七月二日の使用もかろうじて間に合うが確実ではないことになる。しかしながら、先に認定したとおり、青木小児科医院においては、少なくとも二回以上カナシリン筋注射の供試品の提供を受けているところ、<証拠>によれば、カナシリン明治KAPX8が昭和四三年七月一一日に一万五〇〇〇本、同KAPX9が昭和四四年一月一四日に二万本製造されている事実を認定できるので、右KAPX8及び同9を右原告患児らに使用することは十分可能である。<証拠>によれば、昭和四四年八月一〇日から昭和四五年五月四日までの間及び昭和四六年一月一日から同年七月二日までの間に、問屋から青木小児科医院に対し供試品であると否とを問わずカナシリン明治が納入されたことのない事実を認定することができるけれども、昭和四四年八月九日以前及び昭和四五年五月五日から同年一二月三一日までの間については、すでに伝票等が破棄されたことにより、問屋からの納入の有無を確定できない事態になつている。しかも、弁論の全趣旨によれば、右伝票の破棄が本件訴訟の進行中になされた事実を認めることができるが、この点はいささか不自然な感を免れ得ない。また被告明治及び同被告の製品を扱う明治商事株式会社の各社員がカナシリン明治を直接青木小児科医院へ納入した事実がないことは社内における調査によつて明らかになつた旨の証人酒見辰三郎の証言があるけれども、その調査方法は社員の記憶をその上司などを介して確かめたというものであつて、あいまいさをぬぐい難い。さらにまた、前記青木敏子本人尋問の結果(第二回)中に、青木小児科医院がカナシリンの供試品の提供を受けたのは昭和四五年以降である旨の供述部分があるけれども、相当な時間を経過したのちの供述であり、また、一般に時間に関する供述は不確実なことが多いから、右「昭和四五年以降」の部分を直ちに正確で動かし難いものとみなければならないものではない。結局、供試品の製造年月日を根拠とする被告明治の右一連の反証はいまだ成功していないというべきである。なお、検甲第一号証は右青木敏子の本人尋問途中に発見されたものであるが、右青木敏子が被告萬有に味方して被告明治を特に陥し入れなければならない理由を証拠上見出し難く、右発見及び証拠として提出する経緯に作意は認め難い。また、取引実績のない青木小児科医院に被告明治の供試品が提供されている事実にも、前記認定を左右するほどの不自然さはない。他に前記原告患児らに使用されたカナシリン筋注剤が本件カナシリン明治であるとする前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  原告患児らへの使用を認定した筋肉注射剤の注射部位等

(一) テラマイシン注射剤の注射部位

<証拠>によれば、原告和歌子及び同美輝に使用された取下前の相被告台糖ファイザー株式会社製のテラマイシン注射液(他の薬剤と混合して使用された場合も同じ)はいずれも右患児らの臀部に注射されたことが認められ、したがつて、別紙当事者個人別表「注射歴」欄中、原告和歌子に対する昭和四五年九月一八日、原告美輝に対する昭和四四年一二月七日、昭和四七年三月二八日の各注射が、右原告患児らの本症罹患に関係ないことは明らかである。

(二) その余の注射剤の注射部位、注射方法等

(1) <証拠>によれば、次の①ないし⑥の事実を認定することができる。

① 注射を受けた年齢は、原告真紀が二月ないし三月、原告和歌子が一月ないし三歳五月及び原告美輝が六月ないし三歳三月であつて、いずれもいわゆる乳幼児期であつた。

② 青木小児科医院においては、原告患児らに使用された前認定の各注射剤(ただしテラマイシンを除く。以下同じ。)を、別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり、「本件カナシリン明治、スルピリン注射液、本件エフミン」「本件注射用プロードシリン、スルピリン注射液、本件エフミン」「本件パラキシンゾルM、スルピリン注射液、本件エフミン」「本件パラキシンゾルM、本件エフミン」「本件パラキシンゾルM、スルピリン注射液」の各組合せで混合し、これを一本五cc用注射器を用いて各患児の状態に応じて適宜分量を調節しながら注射していた(原告各患児に対し実際に使用された注射量は、右混合液の総量が五cc用注射器を用いて無理なく操作できる程度のものであつたという以上には特定できない。)。

③ 青木小児科医院においては、筋肉注射の注射部位は、臀部及び大腿部を基本としていたが、特に乳幼児の場合には、左右の大腿部が主に選ばれており、原告患児らに対し使用された右②記載の各混合液は、そのほとんどがその左右の大腿部に注射され、そのうちかなりのものが、別紙当事者個人別表中の前記認定にかかる注射年月日のいずれかの日に、原告患児らの本症の各患部すなわち原告真紀の右大腿部、原告和歌子の左大腿部及び原告美輝の右大腿部に注射されたものである(ただし、原告患児らの患部にどの混合液がいつ注射されたかは証拠上明確に特定することはできない。)。

右以外の薬剤が原告患児らの各患部に注射された事実はない。

④ 別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり、原告真紀においては「昭和四六年六月三日から同月五日まで」「同年六月二八日、同月三〇日、同年七月二日、同月四日、同月六日」、原告和歌子においては「昭和四五年五月一八日、同月二三日、同月三〇日、同年六月五日」「同年一二月一四日、同月一八日、同月一九日」「昭和四六年一月九日、同月一二日」「同年二月三日、同月四日」「同年七月一七日、同月一九日、同月二二日」「昭和四七年三月九日、同月一〇日」、原告美輝においては「昭和四四年八月一〇日、同月一二日、同月一三日」「同年一二月七日、同月九日」「昭和四五年一月二三日、同月二五日」「同年四月三〇日、同年五月二日から同月五日(ただし、同月四日は二回)まで」「同年八月二四日、同月二六日」「同年一〇月六日から同月八日まで」「昭和四六年二月一二日から同月一四日まで」「同年七月一一日から同月一六日まで」「同年八月四日から同月六日までと同月八日」「同年一二月一四日、同月一九日、同月二〇日」「昭和四七年一月一〇日、同月一一日」というように、比較的短い期間に、繰り返し筋肉注射が打たれた。

⑤ 原告患児らはすでに本症の切腱手術を受けているが、手術の際、いずれも大腿直筋に緊張されている瘢痕様部分があつたことが確認されている。

⑥ 原告真紀は、生後一年三か月ほど経た昭和四七年六月ころ歩き始めたが、そのころ家族が歩容の異常に気付き、高橋整骨医院、力神堂整形外科医院、国立福島療養所で注射によるものと思われる旨指摘されたが、同年一〇月二三日に福島県立医科大学附属病院において右大腿四頭筋短縮症と診断された。

原告和歌子は、生後約一年六か月目の昭和四五年暮ころ歩き始めたが、昭和四六年夏ころ親戚の者が初めて歩容の異常に気付き、同年八月一一日太田綜合病院で受診したところ癖である旨言われたが、次第に左足を廻して歩くようになつたので昭和四七年一一月一日再び同病院で診察を受けたところ、左四頭股筋短縮症と診断された。

原告美輝は生後約一年を経た昭和四五年二月ころ歩き始めたが、同年秋ころ、家族が大腿部の注射のあとが固くなつていることに気付き、さらに昭和四六年夏ころには跛行及び右足を振り廻して歩くことに気付いて、同年一〇月四日太田綜合病院で診察を受けたところ先天性股関節脱臼の疑があるとされたが、さらに程度が進んできたので、昭和四七年六月日本医科大学附属病院で受診し、右大腿四頭筋短縮症と診断された。

(2) <反証排斥略>。また、<証拠>によれば、原告美輝は昭和四四年三月一五日から同月二四日までの間、気管支肺炎のために公立岩瀬病院に入院し、その際筋肉注射剤を注射された事実が認められるが、原告曽根原慶伊子本人尋問の結果(第三回)中に右の注射部位はいずれも臀部であつた旨の供述部分があることに照らすと、右事実をもつてしてはなお前記(1)③の認定を左右するに足りない。他に前記(1)の認定を左右するに足りる証拠はない。

3  まとめ

以上第一、第二に認定したところによれば、他に特段の事情が認められないかぎり、原告真紀は「被告明治製の本件カナシリン明治、製造会社不詳のスルピリン注射液(エスピリン)、被告富士製の本件エフミン」「被告萬有製の本件注射用ブロードシリン、右スルピリン注射液、右エフミン」の、原告和歌子は「被告山之内製の本件パラキシンゾルM(クロマイ)、右スルピリン注射液、右エフミン」「右パラキシンゾルM、右エフミン」「右パラキシンゾルM、右スルピリン注射液」「右注射用ブロードシリン、右スルピリン注射液、右エフミン」の、原告美輝は「右パラキシンゾルM、右スルピリン注射液、右エフミン」「右カナシリン明治、右スルピリン注射液、右エフミン」「右パラキシンゾルM、右スルピリン注射液」「右注射用ブロードシリン、右スルピリン注射液、右エフミン」の各混合液の注射のいずれかを、青木医師の指示に基づき、前記認定にかかる注射年月日のいずれかの日に、原告真紀は右大腿部、原告和歌子は左大腿部、原告美輝は右大腿部に、それぞれ筋肉注射されたため、遅くとも、原告真紀は昭和四七年一〇月ころ、原告和歌子は同年一一月ころ、原告美輝は同年六月ころまでに、いずれも各患部の大腿四頭筋短縮症に罹患したと認定するのが相当である。

原告患児らの右罹患が、先天的な原因によること、外傷ないし化膿性筋炎によるものであること、消毒ミス等注射手技の過誤に基づくものであること、その他注射以外の原因に基づくものであることを認めるに足りる証拠は全くなく、前認定の事実によれば、かえつて、原告患児らの右罹患は、そのような原因によるものではないと認めるべきである。他に右認定を左右するような特段の事情は認められない。

第三  無過失責任

原告らは、本件は社会関係の変化に伴つて必然的に出現する不等質者間の不法行為であつて、損害負担の衡平、被害者の救済及び事故防止等の妥当な結果を導き出すために、被告らにおいて、故意・過失の有無にかかわらず原告らの損害を賠償すべき責任があると主張する。

しかしながら、民法七〇九条及び国家賠償法一条は、違法な加害行為が故意又は過失によつて行われることを要件とする過失責任義務を採用することを明確に規定しており、本件に関して被告らが無過失責任を負うべき実定法上の根拠は存在しないから、原告らの右主張は、立法論としてはともかく、現行法上の解釈論としてはこれを採用することができない。

第四  故意責任

原告らは、被告らが筋肉注射による大腿四頭筋短縮症の発症を認識し、これを認容しながら本件各筋肉注射剤の製造を許可しないしは製造・販売した旨主張するけれども、被告らが、原告患児らの本症罹患以前に、筋肉注射による本症発症の可能性を認識し認容していた事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告らは、民法七〇九条又は国家賠償法一条に基づく故意による賠償責任を負わない。

第五  被告会社らの過失責任

一  注意義務

1  注意義務の根拠と内容

(一) (注意義務の根拠)

(1) <証拠>によれば、次の事実を認定することができる。

医薬品は、疾病の予防・治療等を目的として用いられるものであるが、本来生体にとつては異物であり、有益な薬効作用を有する反面、人にとつて有害な作用を伴う危険性を合せ持つている。そこで、医薬品ごとに、適応症のほか、安全な使用の目安となる用量、投与期間、投与法などが定められている。また、所定の使用方法に従つても副作用の発現が免れ難い医薬品で医療の必要上用いざるを得ないものについては、その副作用の種類、程度、頻度及び重篤性等が明示されて、適応の判断を的確になし得るように配慮されている。しかしながら、なお知られていない又は疑いを持たれていない有害な作用が医薬品に存在する可能性を否定し難く、医薬品は、人の生命・健康を侵す危険性を常に帯有する。ところで、現代社会では医薬品は商品として流通過程に置かれ大量に消費されているが、最終的な消費者である国民(患者)は、医薬品の安全性を判定する能力を欠いており、医学、薬学等の専門的知識を有する医師においても、通常、自らの手で医薬品の安全性を個別に確かめることは不可能若しくは著しく困難である。そのため、医薬品が安全性を欠いていた場合、広範囲の消費者がその生命・健康に重大な被害を受けるおそれがある。そして、製薬会社は、右のような危険性を伴う医薬品を製造・販売(ただし厚生大臣の製造業の許可及び製造の承認を要する。)して利潤を追求しているものであり、医薬品の開発から販売までの全過程を支配している。

(2)  右の認定事実によれば、製薬会社は、医薬品の製造・販売を開始するときはもとより、製造・販売開始後も常時、その時点における最高の知識と技術をもつて、医薬品の安全性を確認すべき義務を課せられているものといわなければならない。

(二) (結果予見義務)

右医薬品の安全性確保のため、製薬会社は、まず、当該医薬品が人の生命・健康に及ぼす影響につき調査・研究し、その安全性を確保すべきものといわねばならない。当該医薬品の使用によつてもたらされるあらゆる有害な作用が可能な限り調査・研究の対象とされるべきであつて、当該医薬品の適応分野に属するものに限られない。医薬品特に化学合成医薬品の薬理作用には未知の部分が多く、かつ、生体の反応は複雑なので、有害作用の発現する領域を予め限定して予測しておくことは不可能だからである。

そこで、医薬品の製造・販売を開始するにあたつては、その時点における最高の知識と技術をもつて、医学、薬学その他関連諸科学の分野における文献・情報の収集及び調査を行い、また動物実験、臨床試験等を行うべきである。

また、製造・販売の開始後も、常時右同様の文献・情報の収集及び調査を行い、いまだ知られていない副作用等有害な作用の存在が少しでも疑われるような場合には、更に動物実験その他の試験及び各種の調査・研究を行い、医薬品の安全性を確認すべきである。

(三) (結果回避義務)

右調査及び研究の結果、当該医薬品について副作用等の有害な作用の存在あるいはその存在について合理的な疑いが生じた場合は、そのような有害な作用による被害の発生を防止するため適切な措置を採らなければならない。有害性が高く代替する医薬品が存在するときには、製造・販売の中止、製品の回収が求められる。医薬品の有効性と副作用等の有害性を比較衡量したうえ、なお有用なものと判断される場合には、当該有害性の公表、適応症、用法及び用量の制限、医師及び一般使用者への使用上の指示・警告など適宜な措置を講ずべきである。

2  知られた危険

弁論の全趣旨によれば、本件各筋肉注射剤はいずれもいわゆる医療用医薬品であること、医療用医薬品は、医師若しくは歯科医師によつて使用され又はこれらの者の処方せん若しくは指示によつて使用されることを目的として供給される医薬品であることを認定できる。

医師(本件では医師の使用にかかるから、以下医師に限定して述べる。)は、医学及び薬学上の専門的な高度の知識・能力に基づき、診断と治療を行うことが期待されている。製薬会社は、医師の間で一般に広く知られている危険について警告をする義務はない。警告がなくても、医師は医薬品の明白な危険を考慮に入れて、医療行為をなすことができるからである。

そこで、本件について検討するに、前記第二の二1ないし7の認定事実、<証拠>によれば、大腿四頭筋短縮症が社会問題化する昭和四八年以前に、整形外科の領域では、本症の主な原因は大腿部への筋肉注射であるとする見解がほぼ定説化していたけれども、内科、小児科、産婦人科など整形外科以外の分野においては、一般臨床医はもとより大学に籍を置く者でも、筋肉注射が局所的な硬結、腫脹、発赤等をもたらすことこそ知つていたものの、大腿部へ筋肉注射をすることによつて本症を発症させる危険性についてはほとんど知らなかつたし、また薬学者においても同様であつた事実を認定することができる。

したがつて、本件においては、被告会社らは、知られた危険であるとの理由をもつてしては、筋肉注射による本症発症の危険性を警告し、使用上の適切な指示をなすべき義務を免れるものではない。

3  予期し得ない使用

医薬品が製薬会社にとつて予期し得ないような異常な方法で使用された場合、製薬会社は、そのために生ずる結果を規制ないし支配できないから、免責される。

(一) そこで、青木小児科医院における筋肉注射剤の使用方法が、被告会社らにとつて予期し得ないような異常なものであつたか否かについて検討するに、前記第二の二1ないし7の認定事実、<証拠>によれば、次の(1)ないし(5)の事実を認定することができる。

(1) 原告患児らに対し本件各筋肉注射剤(ただし、本件カナシリン萬有を除く。以下同じ。)が注射された当時、大腿部は、筋肉注射の注射部位として、日常一般的に利用されていた。昭和四五年ころまでの注射法に関する教科書で、筋肉注射による大腿四頭筋短縮症発症の危険性について述べるものは全くなかつた。右の危険性は、文献76(昭和四六年)、文献80及び83ないし85(いずれも昭和四七年)などで啓蒙的に指摘されているが、一般臨床医の間では、ほとんど知られていなかつた。

(2) 医薬品の投与は経口投与を原則とし、注射は神経麻痺、偶発事故に加えて、子供に苦痛・恐怖心を与えるため、できる限り差し控えるべきことは、早くから繰り返し述べられてきたが、このような考え方は一般臨床医、特に開業医の間に必ずしも全般的には浸透せず、一時的か否かは別として病気の諸症状に即効的な効果を上げることができ、かつ、確実な投与方法ということもあつて、本症が社会問題化するまでは、注射が安易に多用される傾向にあつた。

(3) 各種の検診及び調査によつて、筋肉注射を原因とする本症患者が多数発生していることが確認されていることは、前記第二の二において認定した。右のなかには、特定の地域において特定の医師の医療行為に起因すると考えられる集団発生の例が散見されるが、患者の分布は、そのような集団発生のあつた地域に限られず、全国各地に及んでいることはすでにみたとおりである(したがつて、本症の発症には地域的限局性がみられるとの被告会社らの主張は採用し難い。)。これらの患者の多くは乳幼児期に大腿部へ繰り返し筋肉注射を受けている。注射を打たれる原因となつた原疾患はいわゆる風邪症候群や胃腸障害が多く、どうしても注射が必要な場合であつたかどうかにつき疑問が持たれている。

(4) 保険医療機関及び保険医療担当規則(昭和三二年厚生省令第一五号)は、混合注射は、合理的である場合に限つて行うと定めているが(二〇条四号ハ)、複雑な症状を呈する疾患、あるいは合併症の患者に対して薬剤を併合する場合が極めて多く、注射の場合も例外ではなく、患者へ与える苦痛の配慮から、また反覆投与の繁雑さから注射剤を混合して同時に投与する場合が多いとされる(台糖乙第二四号証)。そして前記発生が確認された本症患者の中に混合注射を打たれていたものは稀ではなかつた。

(5) 被告会社らは、それぞれ自社製の医薬品の生産高及び販売量を把握し、厳しい販売競争を展開していたものであり、また自社のプロパー(医療情報担当者)が営業活動を通じて日常的に一般臨床医と接触を保つていたもので、右(1)ないし(4)にみる注射剤の使用方法に関する情報を容易に入手できる立場にあつた。

(二)  右認定事実によれば、前記第二の三2(二)において認定した青木小児科医院の、(1)原告患児らに対しその乳幼児期に筋肉注射剤が使用されていること、(2)注射部位として大腿部が多く選ばれていること、(3)混合注射が打たれていること、(4)しばしば短い期間に繰り返し注射されていることなどの注射方法は、当時の開業医一般の水準に照らし特別異常なものということはできず、被告会社らにおいて十分に予期し得るものであつたことを認定できる。

その他、青木小児科医院において原告患児らに対し、常用量をはるかに越えるなど使用上の指示・警告に違反する方法で薬剤が使用された事実を認定するに足りる証拠はない。

したがつて、本件においては、被告会社らは、青木小児科医院における筋肉注射剤の使用が予期し得ない異常な方法によるものであるとの理由をもつてしては、原告患児らの本症罹患に関する民事上の責任を免責されるものではない。

二  責任判断の基準時

前記認定のとおり、原告患児らに対し本件各筋肉注射剤が使用された最も早い時期は、原告和歌子に対する昭和四四年七月一三日である。そこで右時点を基準時として、被告ら(被告会社ら及び被告国を含む。)の責任を判断する。なお、最終注射年月日は、被告山之内については原告和歌子に対する昭和四七年一〇月二四日及び原告美輝に対する同年五月一二日、被告明治については原告真紀に対する昭和四六年七月二日及び原告美輝に対する昭和四五年五月四日、被告萬有については原告真紀に対する昭和四六年七月六日、原告和歌子に対する昭和四七年四月二七日及び原告美輝に対する同年一月一一日、被告富士については原告真紀に対する昭和四六年七月六日、原告和歌子に対する昭和四七年一〇月二四日、原告美輝に対する同年五月一二日であるが、右各最終注射年月日における被告らの責任判断の資料となる事情も補充的に考察する。

三  結果の予見可能性

1  予見の対象

結果予見義務の懈怠を理由に行為者に対して過失の責任を問うには、その者が行為当時結果の発生を予見できたことが認定されなければならない。大腿四頭筋短縮症は、通常、筋肉注射の筋組織障害性が、注射量、注射回数、注射間隔、注射期間、注入箇所、患者の個体差などと複雑に関連して発症させるものであるが、右筋組織障害性が右の諸因子とどのように関連し、どのような機序を経て発症に至るのかまでを予見の対象の範囲に組み入れるのは相当でなく、本件においては、被告会社らは。

(一)  筋肉注射が患者の大腿部にされると大腿四頭筋短縮症(大腿四頭筋の短縮により、歩行異常、膝関節の屈曲障害、正座障害等の機能障害を生ずる疾患であることで足りる。)が発症する危険があること

(二)  筋肉注射を乳幼児期に大腿部に受けた者に本症が発症した場合、通常、筋肉注射の筋組織障害性がその発症の不可欠の要因になつていること

(三)  自己の製造・販売する本件筋肉注射剤は、右筋組織障害性を帯有し、これを患者の大腿部に注射することにより、単剤で、又は他者製造の筋肉注射剤の右筋組織障害性と共に作用して、本症を発症させる危険性を有すること

が予見できることを要し、かつこれをもつて足りると解すべきである。予見の対象の範囲は、具体的事案に照らして正義、衡平の見地から判断されるべきものであるが、右の程度の予見があれば、相応の結果防止策を被告会社らに求めても困難を強いるものではないと解されるからである。

2  大腿四頭筋短縮症の原因に関する文献

原告患児らに本件各筋肉注射剤が打たれた最後の年である昭和四七年までに本症に関して文献1ないし20、21の1、2、22ないし34、35の1、2、36ないし39、41ないし80、82ないし85が公表されている。

そのうち注射について触れる文献は、次のとおりである(以下の内容は、別紙文献等一覧表の該当文献の「書名(書証番号)」欄記載の各書証により認める。)。

(一) 基準時の前年である昭和四三年末まで

(1) 文献2(甲第二四号証、伊藤四郎、整肢療護園、昭和二五年)

第一六一回整形外科集談会東京地方会(昭和二二年六月二三日)における発表の演題「大腿部注射による膝関節攣縮に就いて」の記載があるが、内容は不明である。

(2) 文献3(甲第二五号証、青木虎吉ら、東大、昭和二七年四月二五日)

青木虎吉ほか一名が主報告として「本症の三例」を発表し、原因を考察し、手術方法を検討し、合せて診断上の主要点を述べるとあるが、原因の具体的な内容の記載はない。

水野四郎(横浜医大)は、追加報告で、二例の本症を経験しているが、二例とも注射を大腿部に受けたものであつて、後天的の因子が加わつているので後天性のものではないかと考えているとし、大腿部の注射には注意を要する旨述べている。

武田栄(東京逓信病院)は、三症例を追加報告し、トリアノン、ピラビタール、バグノン薬剤が筋硬結をつくりやすい、注射だけでなく炎症を起こしたものが悪い旨述べている。

山田義智(日医大)は、追加報告で、ポリオに罹患した患者について大腿骨中央前面に硬結を認め、既往症で当部にペニシリンの注射を有し、温湿布マッサージで硬結が消失し屈曲制限が軽快したので、注射による瘢痕様の変化ではないかと考える旨述べている。

伊藤四郎(国立横浜病院)は、昭和二二年、整肢療護園において経験した注射によると考えられる膝関節伸展拘縮の二例を追加報告した。

(3) 文献5(甲第二七号証、河井弘次ら、東大整形外科、昭和三二年四月二五日)

第二四三回整形外科集談会東京地方会(昭和三二年一月二六日)における症例報告の抄録である。東大整形外科で経験した本症の一九例につき、先天性二例、後天性一七例中大腿部注射の既往歴のあるものが一二例で過半数を占め、うち化膿したもの五例、しないもの七例、注射以外のものは五例で、大腿四頭筋部の外傷、手術、炎症であるとする。軽度、高度の二症例の発生原因については、組織学的所見を参考とし、注射液の筋膜及び筋膜内注入による筋線維の阻血性変化とか、複雑な因子によるのではないかと考え、その症状の程度の差は、変性を起こす筋肉の部位と範囲によるものと考える旨述べている。

(4) 文献6(甲第二三号証、森崎直木、昭和三三年)

日本外科全書中の本症に関する記述であるが、本症は我が国では昭和二一年著者の報告が最初であるが、その後東大では一九例もの本症の報告があり決して稀なものではないことがわかつたとし、その原因は著者の報告例の如く先天性―中間広筋のみがほとんど全長にわたつて、あたかも筋性斜頸における胸鎖乳突筋の様に線維性に変化していた―と考えられるものもあるが、大多数は後天性であつて、大腿四頭筋部への注射、本筋の炎症等の結果生じた瘢痕様変性である旨述べている。

(5) 文献10(甲第二九号証、木下博ら、中国労災病院整形外科、昭和三五年三月二五日)

本症二例と大腿後側筋の短縮と思われる一例の症例報告の抄録。うち一例は、乳児期にメレナを患い大腿部に注射を受けたほか既往に著患はないとし、他の二例は、既往に著患なし又は原因と思われるものはない旨述べている。

(6) 文献11(甲第三〇号証、笠井実人ら、神戸中央市民病院整形外科、昭和三五年四月ないし昭和三六年三月)

第一七回中部日本整形外科災害外科学会(昭和三五年一一月二日)における「注射による大腿直筋短縮の七例」と題する症例報告の抄録で、症例は一歳から七歳までで、いずれも大腿前面にリンゲル、ペニシリン等の注射を受けたことがある、発生機転に関しては癒着が考えられるが、詳細は不明である、幼小児の跛行を来す一因として、こういう疾患の存在することは注意しなければならない旨述べる。

(7) 文献12(甲第六四号証、平川寛ら、中国労災病院整形外科、昭和三五年)

文献10と同一症例の報告。本報告では、注射の既往歴のある一例についても、原因不明であると述べている。

(8) 文献13(甲第六六号証、佐藤光雄、国立療養所久留米病院、昭和三五年)

九歳の男子で乳児期に左大腿部に注射を受け、局所が炎症を起こし、その後左下肢の発育障害、左膝関節の伸展位拘縮を来した本症の一症例を報告した抄録。

(9) 文献14(甲第五三号証、笠井実人ら、神戸市立中央病院整形外科、昭和三六年三月一日)

文献11と同一症例の報告。発生機転につき、「(七例いずれも)大腿前面に注射を受けているから、注射による癒着ということは一応考えられる。癒着の原因としては異物による無菌性の炎症か、膿を作るところまでいかなかつた軽い細菌感染があつたかもしれない。たまたま注射針が血管を破つて血腫を作り、あるいは薬液の吸収がおそかつたために筋線維が瘢痕化することも考えられる。しかし薬液が吸収作用の強い筋線維の中に入らずに周囲の筋膜、あるいは筋束の中隔に近く入つてそこに癒着を起こすことも想像できる。」「いずれにしてもこうして癒着、瘢痕により大腿直筋の発育障害を起こせば、骨の生長につれてその筋はますます短縮して来るわけである。しかし発生機転に関する明確なことは分からない。注射に際しては厳重な無菌的操作を行うとともに、正確に筋肉内あるいは皮下に注射して、薬液を速やかに吸収させることも必要であろうと思う。」旨述べている。

(10) 文献15(甲第六七号証、保田岩夫ら、京都第二日赤整形外科など、昭和三六年)

「最近相ついで四例の本症患者をみた。」とし、原因は乳児期に大腿部前面に筋注を受けたもの三例で、他の一例は不明であるとする。

(11) 文献16(甲第三一号証、保田岩夫ら、京都第二日赤整形外科など、昭和三七年二月二五日)

文献15と同一症例についての報告の抄録。

(12) 文献17(甲第三二号証、松生宏文ら、三重大整形外科、昭和三七年四月二五日)

七歳の男子で、乳児期にリンゲル液を約一〇回両大腿前面及び臀部に注射され、六歳ころから跛行に気づいた一症例の報告で、この症例は明らかに注射に起因すると考えられ、笠井氏らの注射発生説を肯定する極端な例である旨述べている。

(13) 文献20(甲第五四号証、松生宏文ら、三重県立大整形外科、昭和三七年三月一日)

文献17と同一症例を扱う。生下時、生活力が微弱で母乳を充分に吸啜することができず、栄養障害を来たしたので、医師により前後約一〇回にわたり両大腿前面及び右臀部にリンゲル液(量不明)の注射を受け、注射部の化膿を生じて切開を受け、瘢痕を残して創治癒以後放置していたが六歳ころから跛行に気付いたとする。そして、この症例から推測すれば笠井氏らの云うように膿形成までには至らなくても軽い感染あるいは吸収不良による軟部瘢痕化などによる筋性拘縮の発生も十分予想し得る旨述べている。

三木威勇治(東大整形外科)は、注射のみで起こるのではなく、先天的素因が大きな因子をなしていると思う旨を追加報告している。

森健躬(名古屋大整形外科)は、二症例を追加報告し、全身状態が不良な時の四頭股筋への注射には注意を要する旨述べる。

(14) 文献24(甲第七一号証、江端章ら、弘前大整形外科、昭和三七年)

本症二例の症例報告で、二例ともペニシリン注射が原因と思われるとする。

(15) 文献25(甲第一九〇号証、伊藤忠厚ら、昭和三七年)

小児の病気の診断法に関する教科書中の記述で、看過されがちな疾患で、主訴は長途の歩行困難―跛行で、小児の非疼痛性跛行には必ず本症を念頭に置く必要があるとし、原因は先天性と考えられるものもあるが、大多数は後天性であつて大腿四頭筋部への注射、本筋の炎症等の結果生じた瘢痕様変性である旨述べている。

(16) 文献26(甲七二号証、山田浩ら、市立敦賀病院整形外科、昭和三八年)

二ないし三歳のころ重篤な胃腸疾患に罹り、大腿部に注射による補液を受け、小学時代の初期より主訴が認められた一症例の報告である。この症例は、大腿部注射の既往があり、注射したと思われる部位に瘢痕があり、小児期より本症の症状を呈していたことより、松井らの報告例のごとき明確な断定は困難であるが、注射により発症したものとして差し支えないと考えているとし、注射に際しては無菌的操作はもちろん正確に筋肉内あるいは皮下に注入し、薬液の速やかな吸収をはかることが必要である点は、笠井らと同意見である旨述べている。

(17) 文献27(甲第三四号証、竹前孝二ら、新潟大整形外科、昭和三八年四月ないし昭和三九年三月)

主報告は原因について触れていない。

村田東伍(弘前大整形外科)は、ペニシリン注射が原因と思われる本症につき追加報告しているが、内容は不明である。

(18) 文献28(甲第三五号証、笠井実人ら、神戸市立中央市民病院整形外科、昭和三八年四月ないし昭和三九年三月)

文献11の七例及びその後更に経験した六例を合せた症例報告。成因に関しては大腿直筋の変性あるいは瘢痕化ということ以上に深く分つていないとし、大腿前面に注射することは広く行われているが、この症状を呈して来るものは余り多くなく、森崎、岡田、松波氏らが報告しているような先天性のものもあることから考えて、先天性の素因も考慮に入れる必要があると思うと述べ、両側に注射を受けながら一側にしか症状の現われない例もあることから、薬液の種類、量も関係するし、また薬液の吸収が遅いために筋線維が変性に陥ることも考えられ、あるいは異物による無菌的な炎症又は化膿にまで至らない軽度の感染も考慮しなければならないと思う旨述べている。

丸毛英二(慈恵大整形外科)は、本症の数例を経験したが、一例を除きすべて幼小児であると発言し、右一例は未熟児で出産し、出産当時、リンゲルその他の注射を多量に受けていると述べている。

植田通泰(東大整形外科)は、「現在まで四〇例近くの本症で、先天性と思われる三例、確実に注射によると思われる二〇例がある。」旨発言した。

(19) 文献29(甲第三六号証、立岩邦彦ら、厚生年金湯河原整形病院、昭和三九年)

「最近三年間に、伊東市内で発生した小児の本症三〇例を経験した」と報告し、新生児期及び乳児期に、大腿前面に頻回の注射を受けたことが原因と推測されるが、特別の注射液については調査できなかつた旨述べている。

(20) 文献30(甲第四七号証、笠井実人ら、神戸市立中央市民病院整形外科、昭和三九年七月一日)

文献28とほぼ同旨。別紙「文献の内容」の一記載の文献30の項参照。

(21) 文献31(甲第四八号証、河野左宙、昭和三九年七月一日)

本症における中間広筋の役割を論じているものであるが、「本症については近時国内・国外を通じて多くの報告がなされている。その成因は先天性と後天性に分けられているが、後天性のものの中には、乳幼児の大腿部に治療の目的で行われた各種注射に原因したもののほか、大腿骨骨折に原因したものが多い。特に前者では大量の輸液や薬液の注射による大腿四頭筋の浮腫や出血が原因となつて、筋がfibrosisに移行した結果と考えられている。」と述べている。

(22) 文献32(甲第七三号証、福島正ら、順天堂大整形外科、昭和三九年四月二五日)

本症二症例の報告。うち一例は、明らかに乳児期に行われた大腿部注射に起因すると思われたと述べる。本症は外国においての報告例は少ないようであるが、我が国においては多数の報告例があり、これは乳児期に行われる大腿部注射に起因するものではないかと考えられる旨述べている。

(23) 文献34(甲第一三七号証の一、二、D,R,Gunnシンガポール、昭和三九年八月)

本症の病因中の重要なファクターが、大腿への筋肉内注射施行であることを示唆し、更に大腿四頭筋短縮が特に膝蓋骨の再発性脱臼を起こし得ると論を進めた論文である。「本症発症年齢の一番多くは、六か月から二歳の間である。この年齢では特に筋が刺激に影響されやすいかもしれないし、また、単に刺激の量が筋の容積に対して大きいからかもしれない。この種の症例が最近一〇年間に限つて出現してきたことは、有効な抗生物質が出現するにつれてどんどん頻度を増してくるそれらの四頭筋への注射と関係ある可能性がある。」とする。

(24) 文献35の1(甲第七五号証、富田良一ら、札幌医大整形外科、昭和四〇年)

二三歳男子で、満三歳ころ、両側大腿部前面に計一〇〇回以上リンゲル皮下注射を受け、一〇歳ころから跛行、正座不能など本症に特有な症状が現われた症例の報告。

(25) 文献35の2(甲第七六号証、村田東吾ら、弘前大整形外科、昭和四〇年)

本症二三症例の報告の抄録。注射が本症の一つの成因であると思われることから、大腿前面への注射は極力避けたほうがよいと痛感したと述べている。

(26) 文献36(甲第一一号証の一、二、長畑正、昭和四一年)

治療の指針と処方に関する教科書中の医原性障害に関する記述で、「いわゆる疫痢などの急性脱水症状を呈する際、患児の大腿前面の皮下に大量の輸液が行われると、そのあと往々にして化膿し、瘢痕性に治癒する。こうなるとしばしば四頭股筋の一部は全長にわたり索状の線維変性を起こし、伸縮性を失つてしまう。したがつて後に膝関節の屈曲制限を起こし、歩容がおかしいなどの理由で受診することが往々ある。」旨述べている。

(27) 文献37(甲第三七号証、前田博司ら、名大整形外科、昭和四一年六月二五日)

本症一〇例の報告。成因につき本邦では注射による本症の報告が多く、海外では先天性として報告しているものがほとんどであるが、これらも後に注射の既往が確認された例もかなりあり、本症と注射とはなんらかの関係があると考えられる旨述べている。

(28) 文献38(甲第四九号証、福島正ら、順天堂大整形外科、昭和四一年)

本症二例の報告。一例は、先天性の形成不全を思わせるが、しかし瘢痕性の変化とも考えられるとし、他の一例は、生後六か月ころ消化不良を起こし、半年くらい両大腿部に注射を続けたところ、左大腿部は注射後腫れが退かず、炎症を起こしかけたものの湿布で治つたが、二歳になつて歩行時、特に走行時に足尖を外に廻して歩くことに気付いたとする。組織像にて筋周囲の脂肪組織中に不規則なfibrosisがあり、その一部は腱様組織に移行している所見は薬液が吸収作用の強い筋線維の中に入らず、周囲の筋膜あるいは筋束の中隔近くに入り筋膜自体を刺激し、癒着を起こし厚くなつていつた可能性もあり、また無菌性炎症か軽い細菌感染があつたためか、あるいは筋組織内にかなり多量のfibrosisがありそれが腱様組織に移行していることは薬液の吸収が遅かつたため、筋線維が瘢痕化したことも考えられると述べる。そして、一般家庭医の注射療法の過度使用、あるいは注射器の適、不適について今後の研究を要するものと思うと述べている。

(29) 文献39(甲第五〇号証、富田良一ら、札幌医大整形外科、昭和四一年)

文献35の1と同一症例の報告。この症例は、両側リンゲル液皮下注射によるもので、左右差は量及び頻度の相違によるものと推測していると述べ、両側ともに程度の差はあれ筋間中隔に延長している索状瘢痕を認めたことは、薬液の刺激による無菌的な炎症を思わせるものであるとしている。

(30) 文献41(甲第七七号証、大吉清ら、富士製鉄室蘭製鉄所病院整形外科など、昭和四一年)

本症の一例を報告。この症例は幼少時より弱く、頻回の注射を両側大腿部に受けており、這う時には膝をつかないこと、六歳ころから右膝関節の屈曲障害に気付いていることより、注射性のものと考えられるが、X線上両側膝蓋骨に形成不全はないが、高位を認め、先天性ではないと完全には否定し得ない旨述べる。

(31) 文献42(甲第七八号証、加藤正ら、県立ガンセンター新潟病院整形外科、昭和四一年)

「最近二年の間に大腿部注射に起因すると思われる本症三例を経験した。」と報告する。「大腿前面に注射をすれば、必ず本症が生ずるわけではなく、体質が関係深いともいわれているが、このように不幸な例がある限り、乳幼児期に、大腿前面への注射は絶対に禁止されるべきであり、また、私達の症例が、いずれも、すでに処々の整形外科医を訪れ、診断のつかぬまま、治療を受けていないが、小児の跛行、あるいは歩きようがおかしいことを訴えてきた場合には、一応、本症の存在を忘れずに診察することが必要と思い、経験例を報告した。なお、これのみが原因とはいわれないが、本症を生じた場合の、注射液についてみると、各種抗生物質、ビタミンK製剤、解熱剤、いわゆる皮下輸液が報告されている。」旨述べている。

(32) 文献45(甲第八一号証、黒木良克ら、昭和医大整形外科、昭和四一年)

後天性に起こつたと思われる本症の八例についての発表の抄録。いずれも小児期に大腿前面に注射を受けており、リンゲル液四例、グロンサン一例、テトラサイクリン筋注一例、注射薬不明二例という内訳である旨述べている。なお、「医師の責任を問われることはないであろうか」との質問に対し、「(医原病)が問題にされる今日医療に携わる人々は注射後の管理を十分注意しなければならないことを教えられる」との応答がある。

(33) 文献46(甲第三八号証、前田博司ら、名大病院分院整形外科、昭和四二年)

本症一六例の報告。うち一一例が大腿部への注射を受けており、本症と注射は密接な関係を有すると考えるが、三例が全く注射を受けておらず、これらは注射とは異なる発生原因を有することが組織所見と合せ考えて疑われる旨述べている。

(34) 文献47(甲第五六号証、得津雄司、前橋赤十字病院整形外科、昭和四二年)

「最近二年間に経験した薬物注射による障害一二例」を報告したものであるが、うち三例が本症である。いずれも乳幼児期に抗生剤、解熱剤等を大腿直筋に連続して注射を受けており、本症の発生に関しては先天性素因、注射した薬液の種類、量、頻度、あるいは部位にも関係するし、薬液の吸収、速度、無菌的炎症も考慮に入れる必要がある旨述べている。

(35) 文献48(甲第五七号証、前田博司ら、名大病院分院整形外科、昭和四二年九月一日)

文献46と同一症例の報告。

笠井実人(神戸中央市民病院)は、追加発言して、自己の経験した症例は注射によると思われるものばかりであるが、両側にほぼ同じように注射を受けていながら、片方しか発症しないものもあり、また症状の程度が左右で著しく違うものがあつて、成因に関してはなかなか難しい問題があると思う、この症状はただ一回の注射でなく、何回もの注射によつて起こることが多いので、浅い所と深い所に瘢痕がみられるのも不思議ではなく、根本はなるべく注射しないことであると述べている。

(36) 文献49(甲第八二号証、富田良一ら、札幌医大整形外科、昭和四二年)

本症二例の報告。三歳女児は、生後二か月目に気管支炎に罹患し、数回にわたり一ないし二mlの筋肉注射を受けたことがあり、このこと以外に同部の炎症や外傷の既往歴は認められず、五歳女児は、生後二歳ころ小児喘息に罹患し、両大腿前面に約一週間にわたり五〇ないし一〇〇mlの筋肉注射を連日受けたことがあり、そのほか炎症や外傷の既往歴は認められないとする。これらの症状は、いずれも部位的にも、組織学的にも明らかに過去に受けた大量の注射により発現したもので、線維性結合織の増生による索状硬結を形成したものと考えられる旨述べている。

(37) 文献50(甲第八三号証、小川達海ら、玉野三井病院など、昭和四二年六月三〇日)

本症一例の報告、一年一〇か月の男児で家族歴には異常なく、既往歴に大腿部への注射をしたことが二、三回ある旨述べている。

(38) 文献51(甲第八四号証、柴垣栄三郎ら、昭和四二年)

「最近約二年間に経験した大腿直筋前面に注射を受けて本症を生じたと思われる一七例を経験した」と報告。患者は生後二か月から六歳までの年齢層にあり、注射薬の分かつたものは一七例中七例で全てペニシリンであるとし、大腿直筋部位の注射を行うべきでなく、後遺症の残らない安全な他の部位を選んで行うことが必要である旨述べている。

(39) 文献52(甲第八五号証、安田芳雄ら、久留米大整形外科、昭和四二年)

本症一例の報告。一七歳の女性で、満六歳時に急性肺炎の治療のため両大腿前面に合計一〇回位皮下注射を受けているとする。本症の成因については、全く先天性のものと注射によるものとを問わず、筋の変性又は瘢痕化という以外明らかでないが、右症例は病歴及び現症より注射による後天性の本症で、主因は大腿直筋の中央部における拘縮にあつた旨述べている。

(40) 文献53(甲第八六号証、木下雅夫ら、信州大整形外科、昭和四二年)

昭和三五年以降に経験した本症五例の報告。先天性と思われるもの四例。注射によると思われるもの一例。

(41) 文献54(甲第三九号証、佐藤俊之ら、広島県若草園、昭和四三年)

本症二例の報告。一例は注射が原因であると考えられる一方、他の一例は大腿直筋の先天性形成異常が考えられ、今までの報告例とはやや趣を異にする旨述べている。

山本一男(山口大整形外科)は、本症二例を追加報告し、一例は三歳男子で未熟児出産のため大腿筋部に頻回の注射を受け、歩き始めた一歳ころから歩行の異常を認めており、他の一例は九歳女子で二歳時に右大腿筋部に注射を受け、三歳ころから歩行の異常を認めた旨述べている。

(42) 文献55(甲第五八号証、渡辺健児ら、大阪厚生年金病院整形外科、昭和四三年九月一日)

昭和三八年以来行つた本症二三例の観血的治療に関する報告。「短縮症の原因は今までにも何回か発表されている様に大腿部の注射によるものがほとんどを占めており、大腿前面又は外側に瘢痕を有し、皮膚との癒着のあるものもあるが、反面大腿部にそれらしき瘢痕のないものもあり、先天性素因によるものも含まれているのではないかと考えられる。今回の場合は、生後二、三か月から一、二年の間に感冒又は腸炎等により高熱のためにピリン系統の解熱剤、あるいはリンゲル液、ブドウ糖の大量皮下注射を大腿部に受けている例が多く、半数以上が瘢痕を有していた。他に大腿部に注射を何回か受けたが瘢痕の残らないものや、注射後の腫脹、硬結に気付かないものも含まれていた。」旨述べている。

水野祥太郎(阪大)は、中には直筋の腱膜線維と広筋の腱膜の入りまじつたものがあり、先天性のものではないかと思つていたが、産婦人科の方では、現在、親の手にわたるまでの間に、人知れず注射を受けている場合が非常に多いということで、原因の究明には慎重を要する旨発言している。

(43) 文献57(甲第八八号証、蒲原宏ら、県立ガンセンター新潟病院整形外科、昭和四三年)

主報告は、先天性の本症一例の報告である。

河野左宙(新潟大整形外科)は、教室例の中には注射によるもの及び骨折によるものがある旨発言している。

(44) 文献58(甲第八九号証、小林政則ら、聖ヨゼフ整肢園など、昭和四三年)

本症四例の報告。うち三例は注射によると思われるものであり、他の一例は先天性と思われるものであるという。

笠井(神戸中央市民病院整形外科)は、「大腿前面に注射を受けた経験がないので先天性のものであろうということだが、近頃はお産の直後は母親と新生児は別々にしてあるので、その間に注射した場合には母親の記憶にも残らないのではないか。注射を受けた直後に同じような症状を呈することがあるが、これは放置しても、また保存的療法でもよく治癒する。これは典型的な本症ではないと思う。注射を受ける小児は多数あるわけだから、真の本症に移行するものは極くわずかであると考えられる。」旨発言している。

(二) 昭和四四年から原告患児らに本件各筋肉注射剤が打たれた最後の年である昭和四七年まで

(1) 文献59(甲第四〇号証、渡辺健児ら、大阪厚生年金病院整形外科、昭和四四年)

文献55と同旨の報告の抄録。

(2) 文献60(甲第五一号証、飯田尚生ら、九大整形外科、昭和四四年)

昭和三三年以降一〇年間に右整形外科を受診した本症例のうち、注射との因果関係が明らかな二二例の報告。「本症の成因はいまだ不明である。注射の薬液の種類、量、頻度も本症の発生機転におおいに関与するものであろうという推測はできるが、本報告では正確にそれらを追跡することはできなかつた。最近の報告によると、抗生物質の筋肉内注射により、かなりの程度に無菌的炎症反応をみたという実験結果もあり、著者らの例においても、その原因疾患から考えると、抗生物質がかなり使用されたであろうということは、容易に想像できる。大腿四頭筋中、大腿直筋に拘縮を来した例が多いのは諸家の報告と一致するところであり、一般に乳幼児においては大腿前面に注射をする慣習があり、このようなことが拘縮を起こさせる大腿四頭筋の部位的偏差を生ぜしめる原因かもしれない。」「本症の予防としては、感染の防止はもちろんであるが、さらに無制限の筋肉内注射は控えるべきであり、やむを得ない場合には、臀筋内かあるいは大腿部ならば股関節の近位がより適当な個所ではなかろうかと考えている。」旨述べている。

(3) 文献62(甲第五二号証、根岸照雄ら、東大整形外科など、昭和四五年)

別紙「文献の内容」の一記載の文献62の項参照。

(4) 文献63(甲第九〇号証、田坂兼郎ら、山田赤十字病院整形外科、昭和四五年)

本症二例の報告(いずれも治癒したという。)。一例は大腿前面に注射を受けたことは全くないといい、他の一例は一歳三か月のとき肺炎で入院治療を受けた際に、左大腿前面に注射を受けたという。

(5) 文献67(甲第一一一号証、杉山義弘ら、慈恵医大整形外科、昭和四五年)

本症八例の報告。うち七例に注射の既往があり、未熟児、消化不良、肺炎、感冒等で、大腿部に皮下及び筋肉注射を頻回にわたつて受けているが、注射の種類や投与量は不明であり、他の一例には注射の既往が明らかでない旨述べている。

(6) 文献68(甲第四一号証、大塚嘉則ら、千葉大整形外科、昭和四六年)

本症五例の報告。「組織学的には、注射の既往を有する三例中一例に、変性した筋線維間、肥厚癒着した筋膜に著しい結合織細胞の増殖を見、細胞間に常に微細な結晶が存在しているのを認めた。これはおそらく注射により生じた異物に対する炎症像と考えられた。他の一例では広汎に筋の壊死がみられ、注射によると推測された。他の二例は、筋の退行性変化とfibrosisを呈したが、注射の既往は不明で因果関係は分からなかつた。」旨述べている。

(7) 文献69(甲第四二号証、杉山義弘ら、慈恵医大整形外科、昭和四六年)

文献67と同旨の報告。

岡本連三(横浜市大整形外科)は、昭和三七年から昭和四三年までの七年間に小児の本症患者一四例を経験し、うち一二例に大腿前部へのはつきりした注射の既往があつた旨追加報告している。

(8) 文献71(甲第六〇号証、阪本桂造、昭和大整形外科、昭和四六年八月二八日)

別紙「文献の内容」の一記載の文献71の項参照。なお、動物実験については前記第二の二6(一)を参照。

(9) 文献72(甲第九三号証の一、飯田尚生、長門病院、昭和四六年)

文献60と同旨。

(10) 文献73(甲第九四号証、林侃ら、新潟大整形外科、昭和四六年)

先天性二例、注射による後天性一例の本症の報告。

(11) 文献74(甲第九五号証、坪田謙ら、福井県立あかり整肢園、昭和四六年)

「最近一年間に、福井県の一地区に発生した注射による小児の本症を三七例経験した。」と報告。症例は大腿前面に頻回に注射を受けているが、このことにより注射量、回数が筋が幼弱で血流の乏しさと相まつて、筋の薬剤吸収能力を超過したり、異物性炎症反応を生じさせ大腿直筋の変性拘縮を惹起したと考えられ、薬剤は抗生物質、鎮静剤が推定されるが、これらにより末梢循環が変化し薬液の筋内長停留期が起こり、前記の変化を助長すると推察できる旨述べている。

(12) 文献75(甲第九六号証、西口優ら、大阪逓信病院整形外科、昭和四六年)

本症四例の報告。いずれも小児で、うち三例に大腿部に注射された既往があり、他の一例にはなかつたとし、本症は我が国でも多数報告されているが、注射を大腿部に施行された後に発症した例が非常に多いようであり、最近の我が国における注射の濫用を考えると、本症は問題のある疾患であると思う旨述べている。

(13) 文献76(甲第九七号証、熊谷進ら、国立小児病院整形外科など、昭和四六年)

別紙「文献の内容」の一記載の文献76の項参照。

(14) 文献79(甲第四五号証、阪本桂造ら、関東労災病院整形外科など、昭和四七年一〇月)

文献71と同旨。臨床と実験成績から本症の発症に、注射が大きな要因を占めていると確信する旨述べている。

(15) 文献80(甲第六一号証、泉田重雄、慶大整形外科、昭和四七年四月)

別紙「文献の内容」の一記載の文献80の項参照。

(16) 文献83(山之内第一六号証、桜井実、東北大整形外科、昭和四七年四月一〇日)

別紙「文献の内容」の一記載の文献83の項参照。

(17) 文献84(山之内乙第一七号証、桜井実、東北大整形外科、昭和四七年一一月)

別紙「文献の内容」の一記載の文献84の項参照。

(18) 文献85(青木乙第一五号証、赤石英ら、東北大法医学、昭和四七年六月一七日)

別紙「文献の内容」の一記載の文献85の項参照。

3  筋肉注射による局所障害に関する文献

<証拠>によれば、次のような筋肉注射による局所障害に関する論文((一)ないし(一七)。ただし、いずれも大腿四頭筋短縮症に触れるものではない。)が発表されている事実を認定することができる。

(一) ホールブルックら「ペニシリン、落花生油、蜜の個別及び併用注射の神経と筋肉に対する影響」(一九五〇年、証人宮田雄祐の証言による)

落花生油と蜜にペニシリン・カルシウム三〇万単位を加えた製剤を注射され橈骨神経麻痺の徴候を呈した三〇歳の男子の事例報告と犬を使つた動物実験。

(二) カーペンターら「筋肉注射及び皮下注射剤用の溶媒としてのポリエチレン・グリコール類の研究」(一九五二年、証人宮田雄祐の証言による)

ポリエチレン・グリコール類が、筋肉又は皮下の局所組織反応及び排泄速度からみて注射剤の溶剤として妥当なものであるか否かをラット及び犬を使用して実験した結果に関する論文である。人体への投与量の五ないし一〇倍のポリエチレン・グリコールとプロピレン・グリコールをラット及び犬に筋注したが、被検薬が筋束に侵入する際に虚血性壊死を起こし、かつ軽度の炎症が生じたものの、注射後一四日目には何らの障害も認められなかつたので、かかる局所組織反応は一過性のものであるとしている。

(三) マルゴリスら「長時間作用の局所麻酔剤であるエフォカインの研究」(一九五三年、証人宮田雄祐の証言による)

局所麻酔であるエフォカインとその溶媒であるプロピレン・グリコールが神経組織、筋肉組織及び皮下組織に及ぼす影響を家兎を使用して実験的に観察した結果に関する論文である。病変は、四、五日間は当初の大きさに留つていたが、その後は壊死組織が取り除かれ、回復過程が進むにつれて後退したこと、四日間には早くも再生筋が発生し、二週間後には大部分の死んだ筋が取り除かれたこと、三か月目には病変は実質的には消退したことを述べている。

(四) ライトら「オキシテトラサイクリン筋注剤」(一九五三年、台糖乙第四一号証の一、二)

右薬剤が筋注用として適切なものであることを述べている論文であるが、良好な筋注製剤の要件として、(1)調整して使用するまで筋注剤が安定していること、(2)実用的な濃度で反復投与した後に重度の局所組織反応が認められないこと、(3)筋注投与後に血中濃度が十分上昇し、かつ、かかる血中濃度が十分な時間維持され、そのため一日に要する注射本数を最少限となしうること、(4)臨床上有効であることを指摘している。更に、右製剤は臀部上方外側四分の一の臀筋、又は大腿外側前面へ深く注射しなければならない旨述べている。なお右筋注剤につき、軽度の副作用が時々注射部位に生じたこともあるが、懸念される程のものではなかつたという。

(五) パンら「筋注剤としてのオキシテトラサイクリン及びテトラサイクリン」(一九五四年ないし一九五五年、台糖乙第四三号証の一、二)

オキシテトラサイクリンとテトラサイクリンは、注射局所の組織を刺激するため、筋注は不可能とされていたが、その筋注用製剤を開発していた段階での動物実験の結果に関する論文である。オキシテトラサイクリン筋注剤とテトラサイクリン筋注剤(いずれも塩酸塩にして塩化マグネシウム等と混和して障害性を弱くしたもの)各一ccを家兎の後肢に一回注射し、二四時間後に屠殺した結果、オキシテトラサイクリンの耐容性は良好であつたのに比し、テトラサイクリンでは、家兎の五〇%以上に注射部位の硬結、出血、軽度ないし中等度の炎症性反応を観察している。更に、これら抗生剤による治療を必要とする患者は反復投与を受けるのが普通であるとし、反復注射の影響をみるために犬の大臀筋に一日一cc、五日間反復投与した結果について、オキシテトラサイクリンの耐容性は良好であつたが、テトラサイクリンの場合、犬はほとんど例外なく注射部位に圧痛、硬結を生じ、中程度から高度の炎症反応を示し、かつ稀ならず巣状壊死も認められたと報告し、結論として前者は刺激性を示さないとしている。

(六) ウォールトンら「正常、神経切断及び筋萎縮性筋肉細胞の障害に対する反応」(一九五六年、証人宮田雄祐の証言による)

筋萎縮症の疾患がある人の筋肉細胞の再生能力について検討した論文である。アルコールと油の混合液に炭素微粒子を懸濁した溶液で家兎に実験的に局所的な壊死性病変を発生させ、再生現象を観察した。筋肉組織の病変が大きいときは、大食細胞により除去されなかつた壊死層が残り、やがては線維細胞により置換されるに至るが、病変の周囲にある部分的に傷害された筋肉線維及び散在的に生存している筋鞘核は活発な再生活性を示したと報告している。

(七) ペイジェットら「ラットにおける種々の筋注による局所的影響の比較」(一九五七年、証人宮田雄祐の証言による)

筋注用新製剤または新剤型については、局所反応の問題が重要であるとして、局所組織反応を研究するための方法を開発しようとする論文である。最も温和な筋注用液も何らかの局所障害をもたらすにもかかわらず、多くの筋注製剤について臨床上とやかく言うほどの反応が生ずることはあまりないことからすると、注射部位に生ずる障害の許容度が大きいことは明らかであり、仮にそうでなければ筋注投与方法は事実上不可能であろうと述べている。また臨床上ある筋注液の使用が許容されるべきか否かの基準は絶対的なものでなく、薬剤投与の目的と効能いかんによるものであるということを認識しなければならないとも指摘している。注射後七二時間を経ても生体の防御反応を惹起しないほど毒性の強い、例えばキニーネ、リハイドロプロライドのような物質は、臨床上使えない可能性がある旨述べている。

(八) ベレスフォードら「筋注投与された鉄剤の局所に対する影響と吸収機序」(一九五七年、証人宮田雄祐の証言による)

筋注投与された鉄分のリンパ管又は血管からの吸収メカニズムを調査することを目的とする実験結果の論文である。この吸収メカニズム解明のため、筋肉の局所組織反応が付加的に調査されている。鉄の吸収メカニズムの確認には家兎の臀筋を使用したが、筋注部位の組織学的検索用としては、ラットのヒラメ筋を使用した。「再生が速やかに行われた。すなわち、傷害を受けた筋肉の再生は一月以内に完了し、筋肉、神経又は他の近接組織に何らの後遺症的損傷をもたらさなかつた。」旨報告している。

(九) ハーガン「食品、薬品及び化粧品における化学物質の安全性の評価(一九五九年、台糖乙第一七号証の一、二)

薬物が非経口投与される場合、薬物の刺激性又は腐蝕性(膿瘍を形成する可能性)が特に重要であるとして、当該薬物を適切な対照(例えば溶媒、既に承認されている別の注射薬)と比較することを勧めている。

(一〇) 荒蒔義知ら「新抗生物質Chromomycin A3の薬理学的研究」(昭和三五年、甲第一二〇号証)

右薬剤(A3と略称)の人体使用に先き立つ急、慢性毒性及び薬理学的検討の結果に関する論文である。各種の動物について急性、亜急性及び二か月にわたる慢性毒性実験を行い、致死量の測定と体重、症状、血液像の変化及び組織学的所見について検討し、薬理学的作用としては猫の血圧及び呼吸に及ぼす影響、各種別出臓器に対する作用、血中濃度、尿、胆汁中への排泄、肝臓中の含量及び局所作用について検討している。局所作用の試験の一環として、一〇倍量のサルチル酸ナトリウムを加えて溶かしたA3の0.005%溶液(臨床使用時と同一条件)を家兎腓側広筋内に一cc、一回又は連日五回注射し、二四時間後に剖検して局所変化を肉眼的に観察している。一回投与では著明な局所作用を示さない(出血斑、軽度変性)が、五回連投すると広範囲に出血を伴つた壊死を起こす(なお溶媒であるサルチル酸ナトリウム単味では連投によつても全く局所作用を示さなかつた)という。結論として、局所作用はかなり強く、0.005%以上の濃度では皮下又は筋肉に壊死、化膿を起こすので、静脈内あるいは動脈内投与が勧められる旨述べている。

(一一) バンソン「広域スペクトラム抗生剤注射の局所毒性」(一九六一年、台糖乙第一三号証の一、二)

臨床上、広域スペクトラム抗生剤注射後に種々の疼痛反応がみられるところから、これらの抗生剤の組織に及ぼす局所的影響を研究する目的で行われた実験結果に関する論文である。体重1.6ないし2.4kgの雄家兎につき一一シリーズの抗生剤溶液注射実験を行つた。市販の抗生剤であるクロラムフェニコール調整用筋注粉末、クロラムフェニコール・ナトリウム・サクシネート調整用注射粉末、オキシテトラサイクリン調整用筋注粉末、オキシテトラサイクリン・プロピレングリコール溶液筋注用、テトラサイクリン調整用筋注粉末を用いた。そして、次のように考察している。

「ペニシリン、ストレプトマイシン、テトラサイクリン、蜜、ピーナツ油及びゴマ油注射後の筋肉壊死及び炎症についてはこれまでに報告されている。マルゴリスらは、エオカインのプロピレングリコール溶液、エフォカイン溶媒とプロピレングリコール、及びプロピレングリコール注射が筋肉及び神経に及ぼす影響を詳細に研究し、本親察に比し投与量が少ないにもかかわらず、筋注によつて生じる肉眼的に明らかな壊死域が大きいと報告している。マルゴリスらは、更に、壊死と正常筋肉の境界が鮮明であるといつており、この点は本研究と一致する。注目しなければならないのは、本研究で用いたすべての製剤によつて壊死を生じるという事実、並びに、テトラサイクリン、クロラムフェニコール及びクロラムフェニコール・サクシネートがオキシテトラサイクリンのプロピレングリコール溶液よりも大きな壊死を生じるという事実である。

マルゴリスらはプロピレングリコール注射に基づく筋肉病変が注射三か月後には完全に治癒したと報告している。カーペンターらはプロピレングリコール注射一四日後には傷害の所見が認められなかつたという。一部の研究者は大量のプロピレングリコール注射に基づく組織傷害は軽微にすぎないとし、また他の研究者は病変を右物質を筋肉内に無理に注入するために生じる虚血性壊死に帰している。本研究ではできる限り細い針を用い注射に際し外傷を避けるよう特に注意したが、すべての抗生剤によつて壊死性病変の発生をみた。

グラックらはヒトの筋注用にキニジンの溶解剤としてプロピレングリコールを用い、一回と反復注射いずれの場合にも、注射部位の刺激徴候が極めて軽微で、異常が長期間残ることはないとしている。注射による疼痛はモルヒネ注射と同程度で、ペニシリン注射よりは明らかに軽いという。本研究で家兎が最も強く暴れたのは、テトラサイクリン及びクロラムフェニコール・サクシネートの皮下注並びに筋注に際してであつた。」

「傷害を避けるため筋注は神経主幹から遠く離れた大きな筋肉に行わねばならないという点に、繰り返し注意が喚起されてきた。筋注に最も汎用されるのは臀部外側であり、通常の注意を守れば、この部位の注射によつて神経傷害は回避される。しかし、特に長期間の治療に当つては、ある種の抗生剤によつて生じる筋肉の相対的傷害度が極めて重要となろう。他種製剤の注射に基づく筋肉及び神経病変につき、更に長期の研究が関心をひくゆえんである。」

ハンソンは、この実験において、0から4までの五段階の数字による局所組織反応の程度の評価法を採用したほか、量的評価に関しては、筋注の場合、肉眼的に見て乾いた黒褐色組織の壊死状態の部分に着目し、その最大横径及び縦径をセンチメートルで表示することにより、各製剤の反応の量的比較も十分可能となる方法を開発した。

(一二) 美間博之ら「非イオン性界面活性剤水性注射液の局所作用」(昭和三七年、甲第一二一号証)

「非イオン性界面活性剤を皮下又は筋肉に注射すると局所作用が起こることは、経験的に知られているが、正確な実験はほとんどされていない。これはその作用の判定が困難なことと、多くの動物を用いる必要があるからである。」と述べ、著者らの方法により、種々の活性剤について構造と局所作用の関係を出すことができたとして、次のように考察している。「一般にポリエチレンオキシド系活性剤ではエチレンオキシドの重合度の大きいほど、したがつて分子量が大きく、親水性の大きいほど局所作用が弱くなると認められた。」「重合度が同じ場合、分子の形の細長い方が巾の広いものより局所作用が強い傾向にある。」「このように筋肉に対する局所作用というような極めて複雑な現象も、同じ系統の活性剤ではある程度系統的に説明することができるようになつたが、これをもう少し微視的に見た場合、局所作用というマクロな現象は筋線維細胞の溶解という現象が寄り集つていることが明らかになつた。そしてこの作用の傾向が溶血作用とほぼ平行しているが、溶血作用は赤血球の細胞膜の構成成分であるコレステリンへの透入であることが知られていることから考えて、局所作用が筋線維細胞の細胞膜のコレステリンへの透入に原因があると考えられる。そこでコレステリン単分子膜への透入の実験を行つてみた。その結果、局所作用、溶血作用、コレステリン単分子膜への透入の三者の間に平行関係のあることを見出した。これだけのデータから複雑な現象を説明することは困難と思われるが、活性剤の注射液の筋肉に対する局所作用の原因の一つが、このへんにあるのではないかという考え方を提供するものである。」

(一三) ハンソン「抗生物質注射による急性及び慢性病変」(一九六三年、台糖乙第一四号証の一、二)

注射療法の望ましくない結果として、組織壊死、膿瘍形成、瘢痕形成、骨膜炎、血管穿刺、不全麻痺、触覚鈍麻、手根下垂、足下垂症を挙げ、理由ないし起因・要因について、薬剤か部位か手技かと問いかけている。前の研究で、各種抗生物質注射による急性組織損傷には著しい差異のあることが判明したとし、今回の研究は、長期にわたつて発生した組織損傷及びねらいを誤つた注射針の役割を記録することにまで拡大した旨述べている。ペニシリンと三種の広範囲抗生物質すなわちクロラムフェニコール、オキシテトラサイクリン、テトラサイクリンを用い、ウサギを被験動物とし、坐骨神経から一センチ以内の筋肉内注射(筋肉実験、神経実験)及び坐骨神経内注射(神経実験)を行つた。このうち、筋肉の反応に関し、次のように概要と結論を述べている。

「プロカインペニシリン、琥珀酸クロラムフェニコール、テトラサイクリン、オキシテトラサイクリン等、市販薬剤の筋注は、高度の滲出性、増殖性炎症及び再生像を伴う様々の程度の壊死を生じた。抗生物質剤の溶媒はより軽度の同種の反応を引き起した。生理食塩水による反応は最少であつた。

組織障害の程度は、四〇日の実験期間を通じて経時的に減少する傾向があつた。しかし、障害が後まで持続するかどうかは注射後四八時間でみられた組織障害の程度におおむね比例した。

琥珀酸クロラムフェニコールの注射後の壊死反応は最も高度で、テトラサイクリンの注射後の反応はやや程度が軽かつた。これらの抗生物質は注射領域に広範囲の筋肉、神経分枝及び血管の壊死を生じた。クロラムフェニコールとテトラサイクリンによつて生じた壊死病変は、四〇日後においても、なお、肉眼的に顕著であつた。顕微鏡的には、これらの変化は他の物質の注射後の変化より修復が遅かつた。

プロピレングリコールの含有のオキシテトラサイクリン溶液は、琥珀酸クロラムフェニコールやテトラサイクリンで生じた病変より領域も小さく、修復も速かつた。

オキシテトラサイクリン溶液は、溶媒だけで生じた組織反応よりほんのわずかに増大した反応を起こすだけで最少の付加的な影響がみられたにすぎない。

プロカインペニシリン注射は、全抗生物質の中で最も軽度な反応を生じ他の抗生物質の溶媒のみで起こつた反応と同等であつた。プロカインペニシリン溶媒は生理食塩液を除き、本研究中で最も軽度な反応であつた。」

著者は、「データは、注射用薬剤選定上の注意と注射技術上の最大の注意が必要であることを強調している。」と述べ、剥脱を伴う壊死、炎症、膿瘍、神経内投与事故の後遺症を避けることを提案し、(1)傷害の最も少ない薬剤を選ぶこと、(2)適切な部位を選ぶこと、(3)遠慮よりも治療効果と安全性の方を優先すること、(4)症例ごとに解剖学的目印を確認すること、(5)皮膚を完全に消毒すること、(6)連続注射は、部位を変えること、(7)注射前に吸引すること、(8)表在組織での「薬剤の洩れ」を避けること、(9)十分長い注射針を使用すること、(10)筋肉内に深く入れ、神経と大血管から離すことを推奨している。

(一四) ペニッツら「水溶性注射液の注射後の筋病変の形態学的計量化」(一九六六年、証人宮田雄祐の証言による)

いかなる物質であろうとも、哺乳類の筋肉へ投与されたものは何らかの傷害をもたらすので、常に注射部位には形態学的に変化が認められるとする。したがつて、識別可能な作用をもたらさない容量レベルを意味する「安全な容量レベル」という概念は、経口剤には該当するが、筋注剤には妥当しないと述べている。筋注剤の筋組織に対する安全性は、筋注剤の全てが何らかの障害をもたらすものである以上、絶対的な基準に基づいて検討されるべきでなく、他の筋注剤との比較実験により検討されるべきであり、しかも比較実験の基準として望ましい筋注剤は、長期間にわたつて臨床に供されており、比較的、人間において耐容性の良好であることが知られているものが望ましいとしている。なお、注射部の急性筋肉組織障害を検索する最良の時間は注射後二日であり、その時までに壊死の過程は完成すると述べている。また、筋肉標本における障害の程度の評価方法に関し、病変部分の面積測定、肉眼的観察に加えて組織学的内容による方式を掲げ、ハンソンらによる点数方式は組織学的内容に基づくもので優れていると評価している。

(一五) 新谷茂ら「クロモマイシンA3の局所障害に関する実験的研究」(昭和三八年、甲第一二二号証)

筋肉内(ウサギ)、皮下(ラット)、腹腔内(ウサギ、マウス)、静脈内(ウサギ)、眼瞼内(ウサギ)など種々の投与方法によるクロモマイシンA3の局所反応を肉眼的又は組織学的に研究した論文である。

「A3による局所障害が遅効性の脂肪変性を特徴とする変質性出血性炎で、特異的な炎症像を示すことを知つた。その局所障害はA3の投与量よりも試料濃度に比例する。筋肉内、皮下、腹腔内及び静脈内のいずれの投与法においても、A3による局所反応は類似している。A3と局所組織との結合がきわめて迅速であることが示唆され、また抗菌活性が完全に消失しない限り局所作用が残存したが、この両者は必ずしも平行して減少しなかつた。A3の局所障害に対して種々の薬剤などの影響が調べられたが、実用的立場からはできるだけ希薄な溶液を用いることによつて局所障害が軽減されうるものと推定される。また誘導体による毒性軽減の可能性が討論された。」旨述べている。

なお、右結論に至る過程で、次のように考察されている。「ウサギの筋肉内投与による成績によれば、A3の投与後二四時間における肉眼的所見は出血斑程度で、五日後に初めて出血性壊死を伴う強度の炎症を示した。この肉眼的所見による障害発現の遅効性は塩化カルシウムや大量のサルチル酸ナトリウムの場合と異なり、A3の局所毒性の特異性を示すものと推察される。しかし、これは肉眼的所見のことであつて、組織学的検討では投与三時間後既に筋線維及び神経線維の退行性変性が認められ、二四時間後には血管の破綻を生じて出血し、これが肉眼的に見た出血性壊死に移行し、五日後に細胞浸潤を伴なう典型的な炎症過程をたどり、変質性出血性炎となることがわかつた。そして、筋肉内投与による投与五日後の局所障害はその後も持続するが、二週間後には回復の傾向を示し、筋細胞の再生と血管の新生が著明となり、六週間後には肉眼的及び組織学的所見もほとんど正常組織にもどり、可逆性の炎症であることが確かめられ、一般の炎症過程とほとんど差異がなかつた。」

(一六) 青木勝夫「注射剤の疼痛軽減に関する研究(第一報)酸性注射液におけるブドウ糖の効果」(昭和四二年、甲第一二三号証)

注射の製剤技術として溶血性、局所作用、疼痛の評価並びにそれらの防止ないしは軽減法の重要性は患者の安全をはかるという大前提をかかげて強調するまでもないとし、注射の痛みは主として皮下・筋肉内投与にあたつて問題となるが、これは注射針の組織貫入によるもの、薬液のトニシティによるもの、薬物固有のもの、薬液のPHによるものなどが組み合わさつたものと考えられる旨述べている。これらのうちPHについてみると注射液では3.5以下又は9.5以上になると痛いといわれており、一方疼痛に関連の深い局所作用もトリパンブルー法でPH三ないし一一を越えると強くなると報告されているとする。ブドウ糖は酸性溶血を顕著に防止し、また家兎筋肉に関しても酸性の影響を緩和する傾向を認めたと考察している。

(一七) 新谷ら「筋肉注射後の薬物刺激を決定する家兎を用いた新しい方法」(昭和四二年、甲第一三八号証の一、二)

家兎を使用して筋注液の局所刺激性を実験的に確かめる新しい方法を呈示した論文である。この方法の最も特徴的なところは、注射部位として兎の外側広筋を選んだことにあり、外側広筋は、その全体を他の組織から容易に分離できること、注射部位を容易に見付けることができること及び注射を正確に反復できることにおいて満足のいくものであるとする。体重2.5ないし3.5キログラムの雄の家兎の片方の外側広筋に注射液を、もう一方の側の同筋肉に対照液をそれぞれ注入し、局所の刺激反応がその極期に達すると前もつて予測した期間が経過した時点で筋肉を摘出し、局所組織反応を〇から五までの六段階に分けて数字で比較評価する方法を提案している。

臨床において薬剤を筋肉注射で投与する場合は、投与期間中一日に一回あるいはそれ以上繰り返して投与されるのがしばしばあり、薬物の局所刺激性を調べる場合には、当然ながら一回注射の場合だけでなく、反復注射した後も調べなければならないが、この点に関して、右方法においては反復注射が家兎の他の筋肉よりも外側広筋により正確にすることができるという利点があると主張している。

考案の中で、この手技を用いた経験では、刺激が「軽度」以下であるような薬物は局所反応が二四時間以内に起こるのがほとんどであり、反復注射でも刺激が増大しないため、実際上問題とならない。「中等度」の刺激を動物で起こす薬物は、一般の臨床の場では困難を生じさせないが、反復注射をする場合には局所刺激が増加するので、注意して行わなければならない、と述べる。

4  医薬品の開発の過程

<証拠>によれば、次の(一)ないし(四)の事実を認定することができる。

(一) 医薬品の開発は通常次のような経過をたどる。

(1) 医薬品の起源は、動物・植物・鉱物などの天然物から抽出されたもの及び合成化学物質に求められる。まず、目的の効果を持つものを予測し過去に分かつている物質などから割り出して試作し、化学構造や性質又は量を測る方法を研究する。

(2) 基本的で、できるだけ単純な系で、企図する生物学的活性を持つかどうかがスクリーニングされる。例えば抗生物質のスクリーニングでは、被験物質の溶液や懸濁液などを円形の小炉紙に吸わせ、それを細菌を含む培地上に置き、培養後阻止円の大きさをみるなどの方法が採られる。

(3) 基本的な系で生物活性をもつことが分かると、急性毒性が調べられ、薬物として使用可能範囲であれば、各種の前臨床試験が手広く実施される。主として動物実験により、主薬理試験、一般薬理試験、毒性試験、薬物代謝試験などが行われる。また、剤型の安定性試験、実際の臨床剤型の開発も行われる。注射の局所刺激性試験は、注射剤の注射局所すなわち静脈、皮下あるいは筋肉に対する刺激性の有無を確かめるために行われるが、注射剤については、適用経路での急性毒性、亜急性毒性、慢性毒性の三試験が行われており、これらの試験を通じて注射局所の変化が病理組織学的に検索されているので、独立に注射の局所刺激性試験を行うことは多くないのが実情であつた。

(4) 動物における検討、特に安全性について入念な検討がなされ、人への試用が可能なことが予測されると、臨床実験が行われる。最近では、まず、健康志願者に対する試用を行う臨床薬理試験が実施され、更に少数の特定疾患に罹つている患者に試用する臨床予備試験、多数の患者に試用する臨床試験が行われる。

(5) 製造許可を得て市販された後も、相当期間にわたり、臨床に使用した結果の報告を受けるなど副作用情報の収集が試みられる。

(二) 米国ファイザー社は、一九五〇年(昭和二五年)、広スペクトラム抗生剤としてオキシテトラサイクリンを開発し、更にテトラサイクリンを開発して、経口剤及び静脈注射剤として販売を開始したが、当初注射の局所刺激性が強く筋肉注射剤を製剤することができなかつた。その後、まず溶媒蒸留水で溶かして使用する乾燥粉末状の筋注剤が開発され、ついで一九五九年(昭和三四年)にはアンプル入りの液状の筋注剤が製剤されて、日本では、訴取下前の相被告台糖ファイザー株式会社が昭和三五年末ころからテラマイシン注射液として販売を始めた。

ライトら「オキシテトラサイクリン」(台糖乙第四一号証の一、二、一九五三年、前記3(四)参照)、モントモーレンシーら「オキシテトラサイクリン筋注用製剤の使用経験」(台糖乙第四二号証の一、二、一九五四年)、パンら「筋注剤としてのオキシテトラサイクリン及びテトラサイクリン」(台糖乙第四三号証の一、二、一九五四年、前記3(五)参照)、カッツら「非経口オキシテトラサイクリン及びテトラサイクリンの研究」(台糖乙第四四号証の一、二、一九五五年)の各論文は、乾燥粉末状筋注剤の開発にあたつて、局所刺激性が研究されたものである。実用的な濃度で反復投与した後に重度の局所組織反応が認められないことが、良好な筋注製剤の要件の一つとされている(ライトら)。三一三症例につきオキシテトラサイクリン五〇ないし二五〇mgを計一八八〇回注射して、一回若しくは反復注射による局所反応が検討されている(モントモーレンシーら)、兎及び犬を用いた動物実験において、オキシテトラサイクリン及びテトラサイクリンの局所刺激、出血、壊死及び未吸収の抗生物質の徴候が検査されている(パンら及びカッツら)。

ハンマーら「オキシテトラサイクリンの調整済新筋注溶液に関する実験的並びに臨床的研究」(台糖乙第四六号証の一、二、一九五八年)、ワインスタインら「オキシテトラサイクリン調整済筋注溶液新製剤」(台糖乙第四七号証の一、二、一九五九年)、ハンソン「広域スペクトラム抗生剤注射の局所毒性」(台糖乙第一三号証の一、二、一九六一年、前記3(一一)参照)、ハンソン「抗生物質注射による急性及び慢性病変」(台糖乙第一四号証の一、二、一九六三年、前記3(一三)参照)の各論文並びにデラハント「家兎筋肉の修復調査」と「同No.2」(台糖乙第四八、第四九号証の各一、二、一九六〇年)の各レポートは、液状筋注剤の開発にあたつて、局所刺激性が研究されたものである。まず、エタノールアンモニウム・マグネシウム塩を溶媒とするオキシテトラサイクリン調整済筋注液の局所刺激性に関する動物実験及び臨床的研究がなされている(ハンマーら)、ついでプロピレングリコールを溶媒とする筋注液について右同様の実験と研究がなされた(ワインスタインら)、家兎を利用した動物実験により、「テラマイシン筋注液による筋組織障害の修復には約二一日を要するものと思われた。」「今回及び前回の研究から筋組織障害修復には一四日ないし一八日要すると思われる。」旨報告されている(デラハント)。また、クロムフェニコール、ペニシリンなどを対照させた家兎を用いた動物実験に基づき、注射用薬剤選定上の注意と注射技術上の最大の注意が必要であることが強調されている(ハンソン)。

前記台糖ファイザーが我が国においてテラマイシン注射液を販売する際医師に頒布する臨床速報中に、テラマイシン注射液の五〇例の使用結果に関し、「注射時の疼痛は別として、注射後、永く疼痛を訴えるものは一例もなく、また従来良くみられた注射部位の壊死無菌性膿瘍形成が一例もなく、殊に乳児にも壊死の心配なく使用できた。注射部位は毎回変更し、必ず筋肉内に投与することを守り、投与期間も七日以上に至らなかつた。」旨の報告がある(昭和三五年一一月二六日から昭和三六年一月三〇日の間の臨床使用例である。)。なお、右注射液は能書により注射部位を臀筋と指定されていた。

(三) 武田製薬工業株式会社は、抗腫瘍物質であるクロモマイシンA3(A3と略称)を商品化したが、荒蒔義知ら「新抗生物質クロモマイシンA3の薬理学的研究」(甲第一二〇号証、昭和三五年、前記3(一〇)参照)は、A3の人体使用に先立つて行われた慢性毒性及び薬理学的検討の成績を詳報した論文である。局所作用の試験を行い、局所作用はかなり強く、静脈内あるいは動脈内投与が勧められる旨述べている。

新谷茂ら「クロモマイシンA3の局所障害に関する研究」(甲第一二二号証、昭和三八年、前記3(一五)参照)は、A3の局所障害作用について、その本態を解明することを目的として各種経路の投与方法による局所病像の薬理学的並びに病理組織学的検討を行い、次に実用上の問題としてその障害対策について種々の試みを行つた結果を報告する論文である。A3は、広く臨床に使用されているが、「実験的研究の段階で静脈内投与時に誤つて血管外に漏らすと、その部位にかなりの炎症と壊死を起こすことが分かつて、臨床使用においても細心の注意が払われてきたが、それでも連用するとかなりの局所障害の起こることが報告された。他の多くの抗生物質にも強い局所障害を起こすものがあつて、投与部位の痛みの原因となつている。」と書き出している。

(四) 厚生省薬務局長は、昭和四三年一二月二七日、各都道府県知事に対して「抗生物質製剤の使用上の注意事項について」と題する通知において、医薬品製造業者などに対し所定の使用上の注意事項を記載するよう指導することを求めているが、右によれば例えばA3に関しては、「本剤が血管外に漏れると、注射部位に硬結又は壊死を起こすことがあるので、慎重に投与すること。本剤は、静脈内注射にのみ使用すること(静脈内にのみ注射する製剤について記載すること。)。」を指導することとされている。

5  医薬品製造業界における注射による局所刺激に関する認識

<証拠>によれば、次の(一)、(二)の事実を認定することができる。

(一) 厚生省は、サリドマイド製剤の服用と奇形児出産との関連性の有無が問題となつたのを契機に、昭和三八年四月、新医薬品の承認を申請する者は、従来の基礎実験に加えて、原則として「医薬品の胎児に及ぼす影響に関する動物試験」資料を添付すべきことを指示した(同月三日薬発第一六七号各都道府県知事あて薬務局長通知)。これに対して、同年六月、東京医薬品工業協会及び大阪医薬品協会はそれぞれ医薬品安全性委員会を結成し、医薬品の安全性、特に催奇形性の実験法について検討を開始した。同委員会は、昭和三九年九月、日本製薬団体連合会医薬品安全性委員会に統合改組されたが、胎児への影響のほか多方面にわたつて前臨床的に検討すべき事項の研究を継続し、昭和四〇年五月、「新医薬品の有効性並びに安全性に関する薬理学的検討」と題する報告を作成した。更に、昭和四三年四月、同委員会専門委員会は四つの部会に編成され、各部会は、「一般毒性」「特殊毒性」「一般薬理」「吸収・分布・代謝・排泄」の項目を分担検討することになつた。昭和四四年七月、日本製薬団体連合会から日本製薬工業協会(被告会社らもその構成員となつている。)へ改組され、右専門委員会を引き継いだ同協会の安全性委員会専門部会は、昭和四五年三月、「医薬品の安全性に関する前臨床実験の検討―現状と今後の問題」と題する報告をまとめた。

第一分科会は、一般毒性について報告しているが、そのうち亜急性・慢性毒性試験に関する記述中に、「薬物投与を終了したのち、生存動物を剖検し、できるだけ多くの臓器について、重量を測定するとともに、肉眼的所見及び病理組織学的検索を行い、対照群のそれと比較する。」「肉眼的には、外景、内景とともに、主要臓器の位置、大きさ、色、その他の所見を観察する。薬物の投与部位及びその到達部位については特に綿密に観察を行う。」旨が述べられている。

第二分科会は、特殊毒性について報告しているが、その範囲に関して、「通常一般毒性において取り扱われる投与経路の実験でも、例えば経口投与時の胃腸粘膜の障害、静注時の静脈内壁の変化、皮下筋注時の皮下組織障害や疼痛などは特殊に取り上げて別個の吟味を必要とし、特殊毒性の範囲に入れるべきであろう。」と述べられている。催奇形性、発癌性、抗原性及び依存性など特殊毒性の各項はすべての医薬品について行う必要はないものと考えるとするが、「もちろん、必要性の有無を考究することは医薬品を治療界に送り出すものの当然の倫理である。実験の必要性は医薬品の化学構造、作用機序、薬理作用、吸収・排泄などの情報とともに、予期される臨床使用の場を十分に考慮に入れて自主的に決定されるべきであろう。」と述べている。そして、局所毒性に関する項目中で、注射による刺激性の有無は皮下注射あるいは筋肉内注射をした部位の肉眼的あるいは病理組織学的検索をすることにより明らかにされることが多いとし、注射による局所刺激試験の方法として、「動物は一般にウサギを用いるが、ラットやマウスを用いても差し支えない。薬物はウサギでは大腿部被毛を剪毛後、腓側広筋又は皮下に適当量を注射する。反応が最高に達する時間に動物を殺し、投与部位の変化を肉眼的に観察記録し、反応に応じて得点を与える。また病理組織学的検索により一層詳細な判定に役立つ。」旨述べている。

(二) 日本製薬工業協会(製薬協)安全性委員会は、昭和四四年一二月四日、常任会を開き、ポリビニールピロリドン(PVP)含有製剤を議事として取り上げ、その筋肉内注射剤、皮下注射剤、経口用剤については吸収、蓄積、排泄、局所障害の有無について更に文献を調査する必要があるとし、特に局所に関する文献がほとんど見当らないので、各社ともさらに文献を調査し、同月末までに整理することを申し合わせた。同委員会は、昭和四五年三月四日、PVPを懸濁剤として配合した製剤(特に筋肉内注射剤)に関する検討会を開き、かねてからの厚生省の要望に基づき、右注射剤の安全性に関連する文献の収集整理に各社が協力して「文献一覧表」を作成し、同省製薬課あてに提出することを決め、後日提出された。なお、小量を動物に与える実験をすることが申し合わされた(右文献一覧表の内容は、証拠上明らかでない。)。同月一二日の会合で、実験動物の種類、投与量など実験方法上の具体案が検討され、各社で実験を行うことになつた。大阪医薬品協会医薬品安全性委員会は、昭和四五年五月一六日、常任会を開き、PVP製剤特に筋肉内注射剤に関する実験報告検討会における発表に関して協議した。同月二二日、製薬協医薬品安全性委員会の右実験報告検討会が開かれたが、ウサギ及びラットを用いる基礎実験について、一回投与及び連続投与のいずれの場合も、局所作用、病理所見とも著変を認めなかつたと報告された。同年六月三〇日、右の追加報告がなされ、結果がまとめられた。同年七月一七日、右動物実験の結果を「PVP配合製剤の筋肉内(及び皮下)投与時の生物学的検討」として報告書にまとめることが決められた(その内容は、証拠上、明らかでない。)。

6  まとめ

以上検討してきたところによつて判断するに、基準時の前年である昭和四三年末までに報告された大腿四頭筋短縮症の症例は非常な数にのぼる。症例報告のうちには、原因について触れず若しくは原因不明とし、又は先天性ないし外傷を原因とするものもあるが、大腿部への注射の既往歴を述べるものが多数を占める。本症に関するもので注射について記載のある前記2(一)の各文献(症例報告が主な内容である。)では、注射による本症の発生機序こそ解明されていないものの、大腿部への注射が本症の原因であると推定又は明言するものが多い(文献3、5、6、11、14ないし17、24ないし32、34、35の2、37ないし40、42、45ないし49、51ないし55、58)。また大腿部への注射の危険なことにつき注意を促すものも少なくない(文献3、11、14、35の2、38、42、48、51)。これら多数の症例の存在は、昭和四三年末当時、既に国民の健康にとつて注射による本症の発生が看過し得ない事態にあつたことを示すものである。根岸照雄ら(文献62、昭和四五年)は、昭和三九年に文献29ですでに報告されていた本症三〇例に、その後昭和四一年までに経験した一七例を加えて検討し、特定の薬剤が特異的に作用するというよりは、一般に薬剤あるいはその溶剤の有する非生理的なPH、浸透圧、筋肉毒作用が、その量、頻度、期間、部位、年齢などと関与し合つて本症を惹起すると考えたほうが合理的である旨述べている。阪本桂造ら(文献71・昭和四六年、文献79・昭和四七年)は、臨床的研究(文献調査と自験の症例分析)及び実験的研究に基づき、本症の発生に注射が大きな要因を占めていると確信する旨述べているが、この研究にあたつて考察された多数の内外の文献は、文献60(昭和四四年)、文献62(根岸ら、昭和四五年)を除いては、いずれも昭和四三年以前のものである。昭和四四年から昭和四七年末までの間、報告される症例は更に数を重ねているが、根岸ら及び阪本らのほかにも、我が国における注射による本症の発生が非常に多いことを指摘し、若しくは、既に発表された文献の内容を紹介し、又は、手術の際に観察した大腿部の筋組織の状態を明らかにするなどして、注射と本症との関係を考察し、更に大腿部への注射を問題視している文献が目に付くようになつていた(文献60、72、75、76、80、83ないし85)。

ところで、製薬会社は、医薬品の開発過程で経口投与、皮下・静脈・筋肉注射のどれによるかなど投与方法を検討する。前記3各論文(昭和二五年から昭和四二年)は、筋肉注射の方法によつて投薬する場合、注射部位の局所障害が問題になることを明らかにしている。市販の筋肉注射剤の使用による、疼痛、硬結、無菌性膿瘍等の局所障害の発生が早くから経験的に知られていたことがうかがえる。臨床において筋肉注射剤を使用する際、必要により、一日に一回あるいは数回、相当期間にわたつて繰り返して投与されることがあり、実用的な濃度で反復投与した後に、重度の局所組織反応が認められないことが良好な筋肉注射剤の要件の一つであるとされている。筋肉注射による局所障害に関する各種の動物実験の結果が報告されているが、具体的な特定の医薬品の開発過程で実施された動物実験で、その結果が剤型の決定の際に考慮された例が述べられており、局所障害に関する実用的な動物実験の方法が提示されている。右の各論文は、筋短縮症については全く触れていないが、製薬会社の業務が注射による本症とまさに隣り合せの問題を取り扱つていたことを示している。

また、医薬品の安全性に対する要求は、いわゆるサリドマイド事件を契機に高まつた。これに対応して、昭和三八年、製薬業界は自主的に医薬品安全性委員会を組織した。被告会社らもその構成員である日本製薬工業協会の安全性委員会は、ポリビニールピロリドン(PVP)を懸濁剤として配合した筋肉注射剤という限られた範囲においてではあるが、その局所障害性を問題にし、昭和四四年一二月から昭和四五年七月にかけて、文献調査をし、動物実験をするなどの検討を加えている。同委員会専門部会は、昭和四五年三月、昭和三八年以来の研究結果に基づいて、医薬品の安全性に関する前臨床実験を検討する報告をまとめている。その中で、実験の必要性は予期される臨床使用の場を十分考慮に入れて自主的に決定されるべきであろうと述べられ、注射による局所刺激試験も取り上げられている。乳幼児に筋肉注射が安易に多用される傾向にあつたこと、注射部位として大腿部が多く選ばれていたこと、短い期間に同一部位へ反復して注射されることも珍らしくはなかつたことなど前記認定説示にかかる筋肉注射剤の使用状況及びこの状況を把握し得た製薬会社の立場を合わせ考えると、昭和四三年末当時、製薬業界の医薬品の安全性に関する関心はすでに注射による本症に手の届くところにあつたということができる。なお、前記2の文献には、「日本整形外科学会雑誌」及び「整形外科」など、整形外科の分野で広く購読されているものが含まれており、その他の文献及び前記3の論文も、目的意識をもつて調査すれば、いずれも入手可能なものである。

以上の次第であつて、被告会社らは、製薬会社に課せられているその当時の最高の知識及び技術をもつて調査・研究していたとするならば、基準時である昭和四四年七月一三日までに、すでに発表された前記本症に関する報告ないし文献の調査、症例の分析・検討をし、これに前記3に述べた注射剤の局所刺激性に関する動物実験結果を合わせ考察し、これらの検討考察がもたらすであろう問題意識をもつて、更に動物実験等の研究を加えることにより、前記1の(一)ないし(三)に述べた事実(予見すべき事実)を認識することは可能であつたというべきである。

四  結果回避可能性

1  有用性

本件全証拠によつてしても、原告患児らへの使用を認定した本件各筋注射剤の有用性、すなわち、大腿四頭筋短縮症発症の危険があつてもなおこれら薬剤の使用を必要とする場合のあることに疑問を抱かせるような事情を認定するに足りない。

したがつて、被告会社らは、結果回避の措置として、製造・販売の中止及び製品の回収を求められるものではない。

2  使用上の指示・警告

(一)  前記第二の二7に認定説示のとおり、筋肉注射による大腿四頭筋短縮症発症の危険性が広く社会に知られるようになり、一般臨床医が、日本小児科学会筋拘縮症委員会の発表した注射に関する提言(前記第二の二4参照)の趣旨をよく理解して、筋肉注射の適応を厳格にし、やむを得ず注射をする場合にもできる限り安全な注射部位を選択し、注射回数を減らし、同一部位に連続して注射をしないようにするなど心掛けるようになつて、本症は、近時、急速に減少している。

(二)  <証拠>によれば、訴取下前の相被告台糖ファイザー株式会社は、青木小児科医院に、自社のテラマイシン注射液を納入したこと、その際、同社のプロパー(医療情報担当者)である石井淳一は、青木医師に対し、右注射液の能書、能書の内容を分かりやすく説明したパンフレット、症例別の使用経験を記載した文献集、「抗生物質の注射による組織反応」と題するパンフレットを交付し、右注射液使用の参考に供したこと、右能書及びパンフレットには、薬液を臀筋内に深く注射するように指示があり、注射部位は左右臀部に毎回交互に行い、経口投与が可能になつた場合には速やかに経口投与に切り替えるように注意が与えられていたこと、更に、石井プロパーは、直接口頭で、青木医師に対し、右のような使用上の注意について説明したこと、青木小児科医院では、テラマイシン注射液の使用にあたつては、右の指示・注意に従い、心ず左右の臀部に注射していたこと、を認定することができる。

(三)  <証拠>によれば、製薬会社は、医師等に医薬品を納入するにあたり、能書を添付するほか、右(二)においてみるようなパンフレット、文献集、小論文などを交付し、又は知識を有するプロパーに説明をさせて、当該医薬品に関する情報を提供し、医師は、一般に、自分で収集した知見のほかに、このような情報を参考にして、医療行為を行うことを認定することができる。

(四)  右(一)ないし(三)の事実によれば、被告会社らは、医師の団体等を含む会社への広報活動、能書への記載、パンフレット又は文献集の交付、プロパーによる説明など適宜な方法で、次のような事項を指示・警告することにより、医師に対し、本件各筋肉注射剤使用の適否について的確な判断をなし、かつやむを得ず使用する場合にはできる限り本症発症を回避するために必要な処置に関する情報を提供することが可能であつた。

(1)  大腿部への筋肉注射により大腿四頭筋短縮症が発症することがあること

(2)  筋肉注射剤をやむを得ず使用する場合には、機能障害発生の危険の少ない注射部位を選択すること

(3)  乳幼児の大腿部への筋肉注射は危険性が高いこと

(4)  反復して筋肉注射をなす場合には、その都度必ず注射部位を変更すること

(5)  混合注射はしないこと

(6)  経口投与、静脈注射など他の投与方法を採り得ない場合に限つて、筋肉注射剤を使用するものとし、経口投与剤等他の剤型の利用が可能になつた場合には、速やかに筋肉注射以外の投与方法に切り替えること

また、前記認定事実によれば、被告会社らが右のような指示・警告をしておれば、青木医師は、本件各筋肉注射剤の適応を厳格に判断し、又は注射にあたつて本症発症の可能性が減少するような配慮をなし、その結果、原告患児らの本症罹患の回避が可能であつたことを推認できる。

証人久保文苗は、製薬会社が右認定の結果回避行為を行つても本症の発症防止に効果がなかつたと考えられる趣旨の供述をするが、右供述部分は採用しない。

五  注意義務違反

1<証拠>によれば、原告患児らに対する本件各筋肉注射剤の使用を認定した前記各最終年月日までに、被告会社らが大腿四頭筋短縮症の発症につき何らの調査・研究もせず、また、前記四2(四)に述べたような指示・警告をしなかつた事実を認定することができる。

2右認定事実によれば、被告会社らは、前述した結果予見義務及び結果回避義務を全く尽していなかつたのであるから、原告患児らへの使用を認定した本件各筋肉注射剤を製造・販売するにあたり、その安全性を確保すべき義務を怠つたことが明らかである。

六  被告明治の主張に対する判断

1被告明治は、仮に、原告美輝及び同真紀に使用された「カナシリン」が本件カナシリン明治であつたとしても、右原告患児らのその時の症状は経口投与を無理強いすることはかえつて危険な状態であり、かつカナシリン明治はその病状に有効な薬剤であるから、青木医師が本件カナシリン明治を筋肉注射したことは、右原告患児らの生命を維持するために正当な行為と評価すべく、そうすると、被告明治が前記認定の結果回避義務を尽していたとしても、結局同患児らの本症罹患を防ぐことはできなかつた旨主張する。

2そこで検討するに、前記第二の三1(二)、同2(二)の認定事実、<証拠>によれば、次の(一)ないし(五)の事実を認定することができる。

(一) 原告美輝のカルテには、「①昭和四五年四月三〇日、熱三八度五分、二日前より発熱し咳が出ていた、両側後ろに水泡音あり。②同年五月二日、熱・咳あり、熱三八度、ミッテル(薬)飲まず。③同月三日、熱三九度、喘鳴と咳が強く両側後ろに水泡音あり。④同月四日、熱三八度、咳が強く熱あり。⑤同日、熱三八度七分、午後診察、肺全体に水泡音を聞く。⑥同月五日、熱三八度。」との記載がある。

(二) 青木医師は、気管支炎と診断し、右②ないし④の診療の際、本件カナシリン明治(抗生物質)、スルピリン注射液(解熱鎮痛剤)及び本件エフミン(鎮咳剤)を混合して筋肉注射した。なお、右①、⑤及び⑥の診療の際には、本件パラキシンゾル(抗生物質)、右スルピリン注射液及び本件エフミンの混合液を筋肉注射した。①のときにアプシドシロップとリン酸コデインを処方した服薬を交付しているほか、右各診療にその他の投薬はない。

同原告の右病気は以上の通院で、その後間もなく治癒した。

(三) 原告真紀のカルテには、(1)「①昭和四六年六月三日、熱三九度、四日前より食思不振で発熱し両側後ろ水泡音あり。②同月四日、熱三六度三分で熱はない。同月五日、熱三八度三分で少し熱はあつた、ミッテル飲まず。」、(2)「①同月二八日、熱三九度七分、二日前より熱あり、右後ろにラッセル音あり。②同月三〇日、熱三九度、水泡音あり。③同年七月二日、熱三八度四分あり。④同月四日、熱三八度二分あり、咳も多く水泡音あり。⑤同月六日、熱三七度七分あり咳も少なくなかつた。」との記載がある。

(四) 青木医師は、右(1)につき肺炎と診断し、三日間とも前同様の本件カナシリン明治、スルピリン注射液、本件エフミンの混合液を筋肉注射し、右(2)につき気管支炎と診断し、①ないし③に右同様の混合液を、④⑤に本件注射用ブロードシリン、前記スルピリン注射液及び本件エフミンの混合液を、それぞれ筋肉注射した。右各診療にその他の投薬はない。

同原告の右(1)、(2)の病気は、右の各通院治療で、それぞれ治癒した。

(五) 右各診療を受けたとき、原告美輝は満一歳二月、原告真紀は満二ないし三月であつた。右各診療の当時、乳幼時期のこれらの病気殊に肺炎について、死に至る危険の高いことを指摘し、二次的細菌感染の予防の意味も兼ねて、発症の初期に抗生物質を躊躇なく使用すべきだとする治療方法が一部で推奨されていた。もつとも乳幼児、特に六月未満の乳児の肺炎については、入院加療を原則とするとされる。また抗生物質は、一定の時間毎に正確に投与しないとその薬効が期待できず、一日に一本投与する方法は、治療効果に疑問がある。

3右2に認定したところによれば、なるほど青木医師が原告美輝及び同真紀に対し抗生物質である「カナシリン」を投与する必要がなかつたとは断言できないが、その投与方法、なかんずくそのすべてを筋肉注射により投与する必要があつたかは大いに疑問であり、被告明治において、前記四2(四)に説示した本症発症を避けるために被告明治に課せられる結果回避義務を尽していたならば、青木医師において、筋肉注射の適応を慎重に検討し、筋肉注射による投与が必要であると判断された場合にも、前認定の混合液による筋肉注射を避けるとともに、注射部位の選択その他についても慎重な配慮をすることが期待されるところであり、したがつて右原告患児らの本症罹患を回避することは可能であつたというべきである。

そうすると被告明治の前記主張は採用できない。

七  被告会社らの責任についての結論

以上の次第であつて、被告会社らは、原告患児らへの使用を認定した本件各筋肉注射剤を製造・販売するにあたり、安全性を確保すべき注意義務を怠つたものであり、過失があつたものというべきである。

そして、すでに認定したすべての事実並びに後記第七(共同不法行為)の三の認定説示を総合すれば、被告明治、同萬有及び同富士の各過失行為と原告真紀の大腿四頭筋短縮症罹患、被告山之内、同萬有及び同富士の各過失行為と原告和歌子の本症罹患並びに被告山之内、同明治、同萬有及び同富士の各過失行為と原告美輝の本症罹患との間には、いずれも相当因果関係(被告らのいう法的因果関係)を認めるべきであり、被告会社らの右各過失行為は違法と評価されるから、被告会社らは、右対応する原告患児らに対し、本症罹患によつて生じた後記損害を連帯して賠償すべき義務があることが明らかである。

第六  被告国の過失責任

一  薬事法に基づく医薬品の安全性の確保について

1  はじめに

被告国は、公衆衛生の向上及び増進を図るため、厚生大臣をして薬事行政を担当させており、厚生大臣は、製薬会社に対する監督官庁の立場で、医薬品の製造・販売を規制する。したがつて、被告国の責任の根拠は、医薬品の製造・販売によつて利潤を追求する製薬会社のそれとは、おのずから異なるものというべきである。

2  医薬品の安全性確保に関する薬事法の規定並びに厚生大臣の権限及び義務

(一) (薬事法の目的及び性格)

薬事法(昭和三五年法律第一四五号。ただし以下特別にことわらない場合は、原告患児らへの使用を認定した本件各筋肉注射剤の製造許可当時及び前記第五の二で述べた基準時ないし各最終注射年月日当時施行されていた昭和五四年法律第五六号による改正前のものをいう。)一条は、この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正を図ることを目的とする、と定める。そして、同法は、医薬品等の供給業務に関して広く許可制を採用し、薬局開設の許可(五条)、製造業の許可(一二条)、日本薬局方外医薬品等の製造の承認(一四条、本判決では、一二条の製造業の許可及び一四条の製造の承認を合わせて、「製造許可」ともいうことはすでに述べた。)、輸入販売業の許可(二二条)、各種販売業の許可(二六条、二八条、三〇条、三五条)等について規定しているが、これらは、いずれも、いわゆる講学上の「許可」に該当し、一般的禁止を特定の場合に解除するものと解せられる。また、同法は、製造業者、販売業者等が同法若しくは薬事に関する法令に違反する行為をなし、又は欠格事由に該当するに至るなど一定の場合に、許可を取り消し、又は業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる旨規定し(七五条)、更に、同法に規定する許可又は承認には、条件を付することができ、右許可に条件を付する場合は、保健衛生上の危害の発生を防止するため必要な最少限度のものに限り、かつ、許可を受ける者に対し不当な義務を課することとならないものでなければならない旨規定する(七九条)。

右の諸規定を通観すれば、薬事法は、医薬品等を供給する者の営業の自由に対し法的制限を加えることにより、公衆衛生に関する不安を除去して国民の健康の維持・増進に寄与しようとする取締法規たる基本的性格を有するものと解せざるを得ない。

(二) (医薬品の製造に関する薬事法の規定)

薬事法によれば、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、その製造をしてはならず、この許可は厚生大臣が製造所ごとに与える(一二条一、二項)。日本薬局方外医薬品については、厚生大臣の製造承認を受けていないと、右許可を受けられない(一三条一項)。厚生大臣は、日本薬局方外医薬品につき、申請に基づき、その名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査して、品目ごとにその製造についての承認を与える(一四条一項)。厚生大臣は、医薬品の性状及び品質の適正を図るため、中央薬事審議会の意見を聞いて、日本薬局方を定め、これを公示するが(四一条一項)、日本薬局方は、第一部及び第二部に分け、第一部には主として繁用される原薬たる医薬品及び基礎的製剤を収め、第二部には主として混合製剤及びその原薬たる医薬品を収める(同条二項)。厚生大臣は、生物学的製剤、抗菌性物質製剤その他保健衛生上特別の注意を要する医薬品につき、中央薬事審議会の意見を聞いて、その製法、性状、品質、貯法等に関し、必要な基準を設けることができる(四二条一項)。

同法はこのように、製造業の許可、日本薬局方外医薬品の製造承認、日本薬局方の制定・公示等につき規定するが、医薬品自体の安全性の審査基準及び審査手続に関する規定を欠き、安全性の確保に関する厚生大臣の具体的な権限及び責務を定めていない。また、日本薬局方収載後又は製造承認後における特定医薬品の副作用等の調査に関する規定を欠き、副作用等の存在が判明した場合に厚生大臣の採り得る措置、ないし採るべき措置については何ら定めていない。

そこで、以上のような規定の仕方及び前記の基本的性格のもとで、同法の解釈として、医薬品の安全性確保に関する厚生大臣の権限はいかなるものであり、また厚生大臣にこれに関する義務を認めることができるか否かを検討しなければならない。

(三) (医薬品の安全性確保に関する厚生大臣の権限)

(1) 憲法は、二五条一項において、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し、いわゆる国民の生存権を保障し、同条二項において、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し、右保障の実を挙げるために必要な行政を国に要求する。薬事法は、憲法が要求する公衆衛生の向上及び増進のための行政を実現することを目的として制定された法律の一つであり、その解釈及び運用にあたつては、国民の生命・健康の保持を国の重要な責務とする憲法の理念が生かされなければならない。

(2) 前記第五の一1(一)に認定説示のとおり、医薬品は国民の生命・健康を侵す危険性を常に帯有するが、これを使用する国民(患者)は医薬品の安全性を判定する能力を欠いており、医師においても、通常、自らの手で医薬品の安全性を個別的に確かめることは不可能若しくは著しく困難であり、そのために、製薬会社には、医薬品の安全性確保のための極めて高度の注意義務が課せられている。しかしながら、製薬会社が利潤の追求に性急なあまり医薬品の安全性を軽視する場合のあることを否定することはできず、安全性に欠ける医薬品のもたらす広範でかつ深刻な被害を考えると、無防備な国民に代つて、国が医薬品の安全性確保に関与すべき必要性は極めて大きい。

(3) 副作用が甚だしい場合には、いかに著しい薬効を有していても、医薬品として是認し難い場合が多く、副作用の程度によつては、その効能のゆえに、なお有用な医薬品とされることがある。医薬品としての価値すなわち有用性の有無は、有益な薬理作用と副作用等の有害な作用とを比較検討し、必要性等も合わせ考察して決せられる。製造・販売の対象となし得る適正な医薬品か否かの判断には、有効性の確認のほかに、安全性への配慮が欠かせない。

(4) 薬事法は、製造業の許可に際して、当該製造所の構造設備の状況、人的適格性等を審査することにより、その営業の適正を図り、また、医薬品について、製造を許す品目を日本薬局方に収められたもの及び厚生大臣の承認を受けたそれ以外のものに限定することにより、医薬品の適正を確保しようとする。日本薬局方収載医薬品は、これを定めた当時の薬学、医学等の最高の学問的水準に照らして、その性状、品質が定められ、有用性が肯定されるために、改めて厚生大臣の承認を要しないとされていたものと認められる(昭和五四年法律第五六号による改正後の薬事法では厚生大臣の指定するものを除いて日本薬局方収載医薬品についても製造承認を要する旨定められた((一四条一項))。)。日本薬局方外医薬品については、製造承認の際、右と同様に、その性状、品質が決定され、有用性が確認されることが求められていたものと解せられる。

(5)  右(1)ないし(4)に考察したところによれば、薬事法の規定する医薬品の日本薬局方への収載又は日本薬局方外医薬品の製造承認の際には、その性状及び品質の適正を図る(四一条)とし、また、その名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査する(一四条)となす条文の明記する項目にとどまらず、医薬品というものの性質上、右のほかに、副作用等の有害な作用の有無を必然的に審査せざるを得ないし、またこれを積極的に審査することが期待されていたものといわざるを得ない。

したがつて、厚生大臣は、医薬品の日本薬局方への収載又はこれ以外の医薬品の製造承認にあたつて、法定の諮問機関である中央薬事審議会に諮問し、申請者に文献、実験資料等の参考資料の提出を求め、適当な機関に委託して各種の試験を行わせ、自ら内外の文献を調査し、実験を行うなど、事例に応じた適宜な方法を用いて、医薬品の安全性を審査する権限を有し、また、審査の結果、医薬品の安全性に問題があることが判明し、その有用性に疑いを生じた場合には、日本薬局方への収載を見合わせ、製造承認の全部若しくは一部を拒否し、又は申請者に使用上の指示・警告をなすべき義務を課して製造承認する(負担付承認)など、適切な措置を講ずる権限を有していたものと解すべきである。安全性の審査基準及び審査手続に関する規定を欠くことは、一部は医薬品審査の専門的又は技術的な性格に基づき、厚生大臣以下の薬事を担当する公務員の裁量に委ねる趣旨と認められ、また一部は法の欠缺と認められるが、薬事法の以上のごとき解釈及び条理によりこれを補うことができるものと解する。ちなみに、昭和五四年法律第五六号による改正後の薬事法は、医薬品等に関する事項を規制し、もつてこれらの品質、有効性及び安全性を確保することを目的とする旨明記し(一条)、医薬品の製造承認の際には、右改正前に規定されていた項目のほか、「性能、副作用」等を審査することが明記され、申請に係る医薬品が、「その申請に係る効能、効果又は性能を有すると認められないとき」「その効能、効果又は性能に比して著しく有害な作用を有することにより、医薬品としての使用価値がないと認められるとき」「そのほか医薬品として不適当なものとして厚生省令に定める場合に該当するとき」には、製造承認を与えない旨規定し(一四条二項)、右承認を受けようとする者は、厚生省令で定めるところにより、申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならないとする(同条三項)。このような内容は、右改正前の薬事法においても、その解釈上及び条理上これを認めることができたものというべきである。

(6)  医薬品については、臨床的な経験を重ねるに従い新たに副作用その他の有害作用に関する知見が集積され得るし、また、諸科学の進歩によりその評価(有用性)が変化することが考えられる。このことと、前記(1)ないし(5)に考察した、国民の健康に関する憲法上の要請、医薬品に対する国の後見の必要性、医薬品の特性並びに日本薬局方への収載及び製造承認とによつて医薬品の安全性を図ろうとする薬事法の前記規制(なお薬事法四一条三項も参照)の有り方等を総合すると、条理上、厚生大臣は、医薬品について日本薬局方収載ないし製造承認ののちも、前述した適宜な方法で、その安全性に関する追跡調査をし、その有用性を再評価する権限を有し、その再評価の内容に応じて、場合により、日本薬局への収載を削除し、製造承認の全部若しくは一部を撤回し、又は製造業者等に一時販売を中止させ若しくは使用上の指示・警告をなさしめるなど、適切な措置を講ずる権限を有するものと解すべきである。

(四) (医薬品の安全性確保に関する厚生大臣の義務)

(1)  医薬品の有用性は、薬学、医学等の専門的・技術的な知見に基づいて有効性と安全性を比較検討し、必要性等も合わせ考察したうえで決定せざるを得ず、その判断の当否は、その当時における最高の学問・技術の水準の下に、一定の範囲で厚生大臣以下の薬事を担当する公務員の事理にかなつた裁量に委ねるほかはない。前記(三)(5)、(6)の権限をどのように行使し、どのような場合にこれを発動するかは、本来厚生大臣の自由裁量に属するものである。

しかしながら、一般に、行政庁が権限を行使するにあたり、裁量権の限界を越え、あるいはこれを濫用して、国民の権利・自由を侵害するとき、又は、行政庁が権限を行使しなければ、権限を与えた意義が失われるような事態にあるのに、これを行使しないときは、その権限の行使又は不行使は、違法とされる。先に述べた、国民の健康の維持・増進に関する憲法上の要請、国が医薬品の安全性確保に関与すべき必要性、安全性への配慮を欠かせない医薬品の特性及び日本薬局方への収載及び製造承認等によつて医薬品の安全性を確保しようとする薬事法の規制の有り方、並びに、サリドマイド事件(昭和三六年から三八年ころ)以降の医薬品の安全性確保に果たすべき国の役割に対する国民の期待の高まりなどを考慮すると、こと医薬品の安全性確保に関する限り、厚生大臣の権限の行使について、裁量の幅がそれほど大きいものとは認め難い。

したがつて、厚生大臣が医薬品を日本薬局方に収載し又はその製造承認をするにあたつて、重篤な副作用を知りながら、これを全く無視又は著しく軽視して有用性を認定するときは、右収載又は製造承認は、その裁量の枠を越えたものとして、違法たるを免れない。厚生大臣が現実に重篤な副作用の存在を知らなくても、安全性の審査権限を行使することによつて、これを知り得たのにこれを看過して有用性を認めた場合も同様に解される。また、副作用が存在するものの有益な効能のゆえに有用性が是認される場合でも、副作用を知り、又はこれを知り得べかりし状況にあるときは、副作用を警告し、その発生を少なく抑える使用方法を指示し、副作用が発生したときの処置を明らかにするなど、可能な限りの副作用対策を採るべきであり、これを懈怠するときは違法となるとすべきである。

(2)  右に述べたところを要約すれば、医薬品については、日本薬局方収載若しくは製造承認の際又はその後において、

①  医薬品の副作用等の有害な作用によつて国民の生命・健康を侵害する差し迫つた危険のあること

②  厚生大臣において右危険の切迫を知り又はこれを知り得べかりし状況にあること

③  厚生大臣において安全性確保に関する権限を行使すれば、有効適切な危険回避の措置を講ずることができること

以上の要件が存在するときは、それにもかかわらず、厚生大臣が前記(三)(5)、(6)の規制権限を行使しないならば、その権限を与えた意義を失わせるような事態になるものとして、厚生大臣は右規制権限を行使すべき法律上の義務を負うものというべきである。この義務は、右義務を課される根拠に照らし、被害を受け又は危険にさらされている個々の国民に対する関係での義務と解することができる。

3  本件における厚生大臣の義務違反の有無について

(一) はじめに

当事者間に争いのない請求原因1(三)の事実と<証拠>によれば、本件カナシリン明治は昭和三七年一二月二六日、本件エフミンは昭和四〇年一一月一五日、本件パラキシンゾルMは昭和四一年九月二四日、本件注射用ブロードシリンは昭和四五年三月三一日、いずれも薬事法に基づき、厚生大臣により日本薬局方外医薬品として、製造許可を受けたことを認定できる。

ところで、右各筋肉注射剤は、いずれも前認定の筋組織障害性を帯有するものの、なおその有用性に疑いを抱かせるような事情は、証拠上これを認めるに足りない。

したがつて、厚生大臣が右各筋肉注射剤(以下「本件筋肉注射剤」ということがある。)につき製造許可をしたこと自体に問題はないとすべきであるが、しかしこれらはいずれも右筋組織障害性を帯有するのであるから、前記2(四)に述べたように、厚生大臣は、申請者に使用上の指示・警告をなすべき義務を課して製造承認(負担付承認)をすべき義務があつたかどうかが、まず問題とされねばならない。

次に、厚生大臣に右負担付承認をすべき義務が認められないときは、なお厚生大臣にそれ以降前記第五の二の各最終注射年月日までに、前記2(四)の規制権限を行使すべき義務があつたかどうかが検討されねばならない。

以下において、これらの義務の存在を認めるための各要件の存否を一括して検討する。

(二) 国民の生命・健康を侵害する差し迫つた危険の存否

前記第五の三2及び6に認定説示したとおり、前記基準時の前年である昭和四三年末までに報告された大腿四頭筋短縮症の症例は非常な数にのぼり、そのうち大腿部への注射の既往歴を述べるものが多数を占め、その中では大腿部への注射が本症の原因であると推定又は明言するものが多く、これら多数の症例の存在は、遅くも昭和四三年末当時、客観的には、既に国民の健康にとつて筋肉注射による本症の発症が看過し得ない事態にあつたことを示すものである。

(三) 厚生大臣において筋肉注射による大腿四頭筋短縮症発症の危険の切迫を知り、又はこれを知り得べかりし状況にあつたか否か

(1)  厚生大臣において前記第五の二の各最終注射年月日までに筋肉注射による本症発症の危険の切迫を知つていたことを認めるに足りる証拠は全くないので、以下これを知り得べかりし状況にあつたか否かを検討する。

ところで、厚生大臣において、医薬品の副作用等の有害な作用によつて国民の生命・健康を侵害する差し迫つた危険のあることを知り得べかりし状況にあつたかどうかは、判断の基準時において、前記厚生大臣の医薬品の安全性確保に関する責務を果すに足りる合理的な監督体制が整えられていたかどうか、また、そのような監督体制のもとで、厚生大臣以下の薬事を担当する公務員が、誠実かつ忠実に職務を遂行するならば、その危険を知ることができたといえるかどうかの観点から判断されるべきである。

(2) (認識の対象)

厚生大臣以下薬事を担当する公務員の本件における標記認識の対象となるべき事実については、被告会社らの過失責任における予見の対象に準じるべきであるが、ただ厚生大臣の前記各結果回避義務の本旨に照らし、次の事実が認識できることを要し、かつこれをもつて足りるとすべきである。

①  本件各筋肉注射剤の製造許可をする場合

ア 筋肉注射が患者の大腿部にされると本症(大腿四頭筋の短縮により、歩行異常、膝関節の屈曲障害、正座障害等の機能障害を生ずる疾患であることで足りる。)が発症する危険があること

イ 筋肉注射を大腿部に受けた者に本症が発症した場合、通常、筋肉注射剤の筋組織障害性がその発症の不可欠の要因になつていること

ウ 申請にかかる筋肉注射剤は右筋組織障害性を帯有し、これを患者の大腿部に注射することにより、単剤で、又は他の筋肉注射剤と共に作用して、本症を発症させる危険を有すること

②  本件各筋肉注射剤の製造許可後前記規制措置が求められる場合

ア 右①ア、イは同じ

イ 市販の筋肉注射剤は、ほとんど例外なく右筋組織障害性を帯有し、これを患者の大腿部に注射することにより、単剤で、又は他剤と共に作用して、本症を発症させる危険性を有すること

ウ 製薬会社が現状のまま筋肉注射剤の販売を続行するときは、本症の多発が懸念されること

(3) (医薬品の審査手続)

まず、本件各筋肉注射剤のうち最初に製造許可のあつた本件カナシリン明治の同許可の年である昭和三七年から前記第五の二に述べた各最終注射年月日ころまでに行われていた医薬品の審査手続について検討するに、<証拠>によれば、次の①ないし③の事実を認定することができる。

① ((医薬品承認審査の変還))

ア 昭和三五年五月に開催された中央薬事審議会の新医薬品特別部会において、新医薬品の製造許可申請書の添付資料の基準が次のとおり承認され、従来、必ずしも明確でなかつた添付資料の範囲が定まり、右基準を承認審査の内規として運用されるようになつた。

Ⅰ 基原又は発見の経緯に関する資料

Ⅱ 構造決定など物理的・化学的基礎実験資料

Ⅲ 効力及び毒性に関する基礎実験資料。この資料中主要なものについては、原則として専門の学会に発表され、又は学会雑誌あるいはこれに準ずる雑誌に掲載され、若しくは掲載されることが明らかなものであることが必要である。

Ⅳ 臨床実験に関する資料。二か所以上の十分な施設がある医療機関において、経験ある医師により、原則として合計六〇例以上について効果判定が行われていること。なお当該資料中二か所以上は専門の学会に発表し、又は学会雑誌あるいはこれに準ずる雑誌に掲載され、若しくは掲載されることが明らかなものであることを要する。

イ サリドマイド事件を契機に医薬品の安全性確保の問題が重要課題となり、昭和三八年四月、「医薬品の胎児に及ぼす影響に関する動物試験法」が定められ、従来の基礎実験資料に加えて、添付資料としてこの試験資料が要求されることとなつた。この試験法はその後の研究結果に基づき昭和四〇年五月改定が行われた。

ウ 臨床試験資料についても、昭和三八年ころから、二重盲検法等による客観性の高い試験資料が要求されるようになり、また、症例数についても、従来内規で定めていた二か所以上六〇例以上の基準を上廻る多数の症例が調査され始めた。

エ 昭和四〇年ころからは、申請者自ら吸収・排泄に関する資料を添付する例もみられ、新医薬品の前臨床試験において、吸収・分布・代謝及び排泄に関する資料の重要性が認識されるようになつた。

オ 昭和四二年九月一三日付薬発第六四五号薬務局長通知「医薬品の製造承認等に関する基本方針について」及び同年一〇月二一日付薬発第七四七号薬務局長通知「医薬品の製造承認等に関する基本方針の取扱いについて」の両通知は、従前から順次積み重ねられてきた審査方針を基に新たに審査方針を集大成したものである。承認審査に係る部分の概要は、次のとおりである。

Ⅰ 医療用医薬品とその他の医薬品(一般用医薬品)を区分する。

Ⅱ 添付資料の明確化

新医薬品を、化学構造又は本質、組成が全く新しいもの(新開発医薬品)、その他、投与方法、用量、効能効果が新しいものなどに区分し、そのうち、新開発医薬品については、最も厳しく、「1医薬品についての起源又は発見の経緯及び外国での使用状況等に関する資料、2医薬品についての構造決定、物理的・化学的恒数及びその基礎実験資料並びに規格及び試験方法の設定に必要な資料、3医薬品についての経時的変化等製品の安定性に関する資料、4急性毒性に関する試験資料、5亜急性毒性及び慢性毒性に関する試験資料、6胎仔試験(人体に直接使用しない場合を除く)その他特殊毒性に関する資料、7医薬品についての効力を裏づける試験資料、8一般薬理に関する試験資料、9吸収、分布、代謝及び排泄に関する試験資料、10臨床試験資料(精密かつ客観的な考察がなされているもので、五か所以上一五〇例以上、一主要効能あたり二か所以上一か所二〇例以上)」を要求している。また、医療用医薬品については、能書等に記載する「使用上の注意」のうち、(Ⅰ)禁忌症、(Ⅱ)副作用、(Ⅲ)その他特別な警告事項、の三事項に関する案を作成して提出することが要求された。筋肉注射剤の筋組織障害性の関係では、右添付資料の6、9又は10及び右「使用上の注意」案(Ⅲ)が関連すると思料されるが、大腿四頭筋短縮症が社会問題化する以前に、注射剤の局所的な組織障害性を含めて本症発症に関するこれらの資料が独立して添付された例はなかつた。

Ⅲ 承認審査の方針

医薬品の承認審査は、申請書の備考欄に記載された医療用、一般用の区分に応じ、それぞれの性格を考慮した承認審査を行うこととした。特に、医療用配合剤については、より厳格な審査方針を打ち出し、原則として、配合理由が既に学問的に確立しているものであつて用時調製が困難なもの、又は配合理由として薬害除去又は相乗効果があることが立証されているものなどに限定して承認を与えることとした。

カ 右の基本方針の細部の基準について、中央薬事審議会の関係調査会で検討が行われ、次のような通知が出された。

Ⅰ 医薬品の製造承認等に関する基本方針にかかる医療用配合剤の取扱いについて(昭和四三年三月一四日薬製第一一一号製薬課長通知)

Ⅱ 医薬品の製造承認等に関する基本方針にかかる別紙2の取扱いについて(添付資料の適用除外の範囲)(昭和四三年三月一五日薬製第一一二号製薬課長通知)

Ⅲ 医薬品製造(輸入)承認申請に必要な添付資料(毒性試験)について(昭和四三年七月二二日薬製第四三一号製薬課長通知)

Ⅳ その他、歯科用医薬品、蒸散剤、放射性医薬品の取扱いに関する三通知

② ((審査方法))

薬事法は、医薬品の製造許可に際しての審査方法について規定していないが、厚生省では、前記①オの基本方針策定以後、医薬品を、(Ⅰ)新医薬品、(Ⅱ)日本薬局方収載医薬品、及びこれのみを有効成分とする医薬品、(Ⅲ)その他の医薬品に区分し、それぞれの医薬品の特質に応じて異なつた審査を行つている。

ア 新医薬品は、人体に対する有効性、安全性が未知であるため、前記①オの添付資料に基づいて医薬品としての妥当性が評価される。医学、薬学等の権威者によつて構成される中央薬事審議会が右評価の任にあたつており、その審査の結果医薬品として妥当と認められたものが厚生大臣に答申され、医薬品として承認されることになる。

イ 日本薬局方収載医薬品については、承認を受ける必要がない。もつとも、日本薬局方収載医薬品を有効成分とする医薬品については承認を受ける必要があるが、右有効成分は日本薬局方に収載されていることにより既に有効性及び安全性が確認されているため、その有用性については、改めて審査しない。

ウ その他の既知の医薬品であつて日本薬局方に収載されていないものについては、個別に承認を受ける必要があるが、これらの医薬品は、有効成分は既知であつて前承認と同一のもの又は賦形剤・溶解剤等の医薬品添加物の種類の異なるものなどである。これらの医薬品の審査は、厚生省において承認前例及び学術文献等を参考として行われる。

医薬品としての作用はその有効成分である物質によつて発揮されるのであるから、当該物質を医薬品として許可するか否かの判断はその物質の医薬品としての使用経験の有無によつてその評価方法が異なつてくる。この場合、医薬品の剤型についての使用経験も当然考慮に入れられる。いずれにせよ、有効成分、剤型とも全く同一の医薬品が過去において存在し、それがかなり使用されていた場合に、それと同様の医薬品の審査に際しては、改めて基礎、臨床等のすべての資料を要求する必要はなく、それまでの使用経験に基づいた判断により評価することで足りる。以上のような考え方の下に、前記のような取扱いの区別をしているもののようである。

③ ((中央薬事審議会への諮問))

中央薬事審議会は、薬事法三条に基づく厚生大臣の法定の諮問機関で、委員五〇名以内で組織し(中央薬事審議会令一条。ただし昭和五五年四月政令一〇五号による改正で、現在は五六名以内)、委員は、関係行政機関の職員及び学識経験のある者のうちから、厚生大臣が任命し(同令二条。ただし昭和五三年五月政令一八六号による改正で、現在は、学識経験のある者のうちから任命される)、常任部会、日本薬局方部会が常設され、必要があるときは、特別部会を置くことができる(同令六条。ただし昭和五五年四月政令一〇五号による改正で、現在は右のほか副作用被害判定部会が常設されている。)。

新医薬品の承認申請の審査上の取扱いについては、通常まず第一に中央薬事審議会の新医薬品調査会において検討されたのち、医薬品特別部会又は常任部会において審議され、その答申に基づいて可否が決定される。この場合どのような新薬は新医薬品調査会だけか、医薬品特別部会まで諮られるか、また、常任部会で実質審議される品目はどのような場合か、その関係については、次のように定められている。

ア 中央薬事審議会に諮問される医薬品の範囲及びその取扱い

(a) 化学構造又は本質・組成が全く新しいもの(日本薬局方収載医薬品及び薬事法一四条一項の規定により承認を受けている医薬品のいずれにも有効成分として含有されていない成分を有効成分としている医薬品)については、常任部会の審議によるものとする。ただし、次のものについては、特別部会の審議によるものとし、常任部会に事後報告される。

Ⅰ その医薬品が既承認医薬品の塩類、誘導体又は置換体であつて、その薬理作用が既承認医薬品と類似のもの

Ⅱ その医薬品が外国で既に製造、又は販売されている医薬品であつて、その薬理作用が医薬関係者において広く認められているもの、及びその塩類、誘導体又は置換体であつて薬理作用がそれと類似のもの

Ⅲ 生薬、酵素製剤等であつて、既承認医薬品又は外国ですでに製造若しくは販売され、その薬理作用が医薬関係者間において広く認められているものとその基原及び薬理作用が類似のもの

(b) 既承認医薬品であつて、明らかに異質の効能を追加しようとするもの及び用量の大幅な増量により異なる作用機序を期待するか、又は新しい効能を追加しようとするものは、特別部会の審議によるものとし、常任部会に事後報告するものとする。

(c) (a)のただし書及び(b)にかかわらず、適応症として結核、らい、がんの効能を申請するもの、その他その医薬品の適用、毒性、副作用等からみて慎重に審議をする必要があると認められるものについては、常任部会の審議によるものとする。

(d) 諮問を受けた事項のうち、前記(a)、(b)及び(c)のいずれにも属さないものの審議の取扱いについては、その都度会長が決する。

イ 中央薬事審議会に諮問されない医薬品の範囲及びその取扱い

(a) 次に掲げるもののうち軽易なものは、中央薬事審議会に諮問はしないが、行政当局が新医薬品調査会又は配合剤調査会等の意見を徴し、その結果を特別部会に事後報告するものとする。

Ⅰ 単味製剤。既承認医薬品と同一成分であるが、その用法、用量、効能が承認されているものと異なるもの。

Ⅱ 配合剤。医療用医薬品たる配合剤であつて、すでに承認されている配合剤とその組成、効能、用法、用量が異なるもの。

(b) 次に掲げるものについては、行政当局において処理するものとする。

Ⅰ 既承認医薬品と有効成分、用法、用量、効能が同一であるか又は用法、用量、効能がその範囲内である医薬品

ⅡないしⅦ その他かぜ薬等既に承認基準が定められているか、有効性が広く周知されているもの等所定の医薬品

④ 右の①ないし③の認定事実によれば、医薬品の製造許可においては、当該医薬品において有効成分とされる特定物質の性状、品質、有効性及び有害作用などを主眼として審査が行われてきたことを指摘することができる。右認定のとおり、医薬品の審査手続は、逐次充実しているが、製造許可の審査にあたつて、本症が取上げられ、又は問題にされた事例は、証拠上これを認め難い。

(4) (副作用情報)

<証拠>によれば、次の①ないし⑤の事実を認定することができる。

① 世界保健機構(WHO)の第一六回ないし第一八回(一九六三年から一九六五年)総会において、医薬品の副作用に関する事例を収集・評価する体制を確立するよう加盟各国に対して要請する旨の決議がなされた。

② 厚生大臣の諮問機関である中央薬事審議会に、昭和三八年三月、医薬品安全対策特別部会が設けられていたが、昭和四一年一二月、右①の決議を受けて、同部会の下に新たに医薬品副作用調査会を設置して、厚生省に収集された副作用に関する事例について評価する体制が整えられた。右調査会は、基礎医学、臨床医学、薬学、統計学など各種分野の専門家によつて構成されており、報告された全症例について副作用の面から検討を加えている。また、場合によつては、行政当局に対して、必要な措置を勧告する役目も持つている。

③ 昭和四二年三月一日薬発第一〇三号をもつて、厚生省薬務局長名で、後記施設に医薬品副作用調査について協力方依頼がなされたが、その調査要綱には、次のように定められていた。

ア この調査は、医薬品による副作用に関する事例の収集を速やかならしめ、当該医薬品の副作用による保健衛生上の危害の防止に資するために行う。

イ 医薬品副作用調査は、国立病院及び大学附属病院に依頼する。

ウ 医薬品副作用調査票の様式及び取扱要領を定め、調査を依頼する病院あてに予め送付する。

エ 医薬品副作用を依頼した施設において発見された医薬品の副作用に関する事例のうち、当該施設においての調査要綱による通報を必要と認めるものについて、調査票に記入し、秘密保持のため書留郵便をもつて厚生省薬務局製薬課あてに送付する。

オ 報告された内容については、厚生省薬務局製薬課においてこれを事務的に整理して、中央薬事審議会に提出し、検討を受けるものとする。なお、その結果必要のある場合は所要の行政措置を採るものとする。

更に、医薬品副作用調査票の取扱要領は、調査の対象となる医薬品の副作用の範囲について、(a)医薬品を通常の方法で使用した場合に発現する人体に対して好ましからざる作用で、使用時に予期し得なかつたもの、(b)(a)以外の場合に発現した人体に対して好ましからざる作用で、特に重篤又は異常なもの、と定めていた。

当初、右情報収集体制の対象施設は、国立病院及び大学附属病院の合計一九二施設であつたが、昭和五〇年には、大学附属病院一一五、国立病院九四(厚生省関係のみ)及び公立病院五五の計二六四施設となつている。

右体制の下での報告件数は、昭和四一年度(すなわち、昭和四二年三月末日まで)三件、昭和四二年度四四件、昭和四三年度五九五件、昭和四四年度二九三件、昭和四五年度二〇〇件、昭和四六年度三三八件、昭和四七年度二七一件であつた。

④ 前記(3)①オの基本方針(昭和四二年)において、新開発医薬品の承認許可を受けた製薬企業は、許可を受けた日から二年間副作用に関する情報を薬務局長に報告する義務を課せられることになつた。昭和四六年一一月から、新開発医薬品で副作用報告期間中のもの以外のすべての医薬品についても、未知の副作用、重篤な副作用、発現頻度が著しく変化した副作用について報告を要求されるようになつた。また、昭和四七年六月、右報告期間が二年から三年へと延長された。

⑤ その他厚生省における副作用に関する情報源として、次のようなものがある。

ア WHOからの情報

イ 外国(外務省、外国通信等)からの情報

ウ 医師会、歯科医師会、薬剤師会、病院薬剤師会からの情報

エ 業界の安全性委員会からの情報

オ 民間のモニタリング情報収集組織である財団法人日本医薬情報センター(昭和四七年一二月一日設立、ただし、その前身は昭和四五年一〇月三日から存在)からの情報

カ 中央薬事審議会、そのなかの医薬品安全対策特別部会、その下の医薬品副作用調査会並びにそれらを構成する各分野の専門家からの情報。厚生省内には、前記各最終注射年月日以前、学会誌その他の文献を日常的に調査・研究する担当者はいなかつたが、右の専門家らから、その目に触れた副作用情報が厚生省にもたらされることがあつた。

⑥ 右の①ないし⑤に認定したような厚生省における副作用情報の収集体制にもかかわらず、前記各最終注射年月日までに、筋肉注射剤の副作用として大腿四頭筋短縮症が発症する又はその虞れがあるとの情報を厚生省が入手していた事実は、これを認定するに足りる証拠はない(かえつて、右認定の用に供した各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、そのような事実のなかつたことを認定できる。)。

(5) (注射剤とその使用方法)

前記第五の一2、3の認定事実、<証拠>によれば、次の①ないし④の事実を認定することができる。

① ((注射剤の意義と目的))

経口剤及び注射剤は、多くの場合、全身作用を目的として投与される。経口投与は便利な方法であるが、次のような欠点がある。

ア 胃腸の内容物の多少や消化管の運動等により、薬物の吸収が不定となるため、作用発現が不確実である。

イ 胃液、腸液で破壊される薬物は効力が弱いか無効である。

ウ 肝臓で変化を受ける薬物は、本来の効果が期待できない。

エ 患部組織への有効成分の到達時間が遅いため、緊急に治療を必要とする場合には不適当である。

オ 胃腸障害を起こすことがあるので、胃腸を刺激する薬物の剤型として適当でない場合がある。

カ 意識障害などを伴う重症患者、消化管の損傷や通過障害のある患者などには、投与不可能である。

注射剤は、経口剤のこのような欠点を補う次のような特長を有するとして、古くから世界的に認められてきた。

ア 効果の発現がより確実であり、かつ、迅速である。

イ 経口投与が不可能な患者にも投与できる。

ウ 経口不適当な薬物でも注射剤としては可能である。

② ((注射剤の種類と特徴))

注射剤は、適用方法から分類すると、皮下注射、筋肉注射、静脈注射などに分類できる。

ア 皮下注射

Ⅰ 皮下の結合組織は、リンパ間隙が多いので、かなりの液量を注入できる。

Ⅱ 皮下組織は、刺激に対して敏感であるので、刺激性の薬物は不適当である。

Ⅲ 吸収は一般に筋肉注射や静脈注射に比べて遅い。

Ⅳ 吸収されにくい不溶解性・懸濁性の薬剤の投与には適さない。

イ 筋肉注射

Ⅰ 筋肉内は、血管が多いので、皮下注射に比べて一般に吸収は速やかである。

Ⅱ 不溶性・懸濁性の薬剤も投与可能であり、筋肉内で徐々に吸収されて作用時間を持続させる利点がある。

Ⅲ 筋肉組織は、知覚が鈍いので、注射時の痛みが少ない。

ウ 静脈注射

Ⅰ 作用は迅速に発現するが、作用持続時間は一般に短い。

Ⅱ 薬物が急速に心臓に到達するので、ショック、循環障害等の副作用が発現しやすい。

Ⅲ 局所刺激がなく大量の注射液を注入できるが、油性又は懸濁性の注射液は、血栓を起こす危険があり、また、血液凝固や溶血を起こす薬物の使用は適当でない。

Ⅳ 新生児、未熟児、乳幼児では、静脈の確保が難しく、時間がかかる。

このように、筋肉注射には、他の剤型にみられない長所があり、現在に至るまで、広く使用されている。

③ ((注射剤の欠点とその使用の原則))

ア 注射剤は、経口剤にない長所を有しているが、一般に経口剤に比べて副作用や毒性も強くなるので、用い方を誤ると事故につながる危険をはらんでいる。大腿四頭筋短縮症をさて措いても、従前から、注射部位の誤りによる神経麻痺、ショック、感染などが報告されている。

イ そこで、注射剤はみだりに使用すべきでなく、殊に乳幼児に対しては、副作用や事故の心配はもちろんのこと、精神的な打撃が大きく治療上の障害となることもあるので、できる限りこれを避けるべきだとする意見も少なからず唱えられていた。

ウ しかしながら、本症が社会問題化する昭和四八年以前は、整形外科医はともかく、内科、小児科、産婦人科などの一般臨床医特に開業医は注射による本症発症をほとんど知らず、注射は容易に多用される傾向にあつた。

④ ((筋肉注射の方法))

本症が社会問題化する以前、筋肉注射による事故についての最も大きな関心は、神経麻痺を避けることであつた。注射部位として、主に、臀筋、三角筋、三頭筋、大腿筋前部又は外側部などが用いられていた。注射法に関する教科書及び論文などで、筋肉注射による本症発症の危険性について述べているものは、文献76(昭和四六年)、文献80、83ないし85(いずれも昭和四七年)が最も早いものであるが、その内容が一般臨床医の間に広く知られたのは、さらに後のことであつた。

⑤ 右の①ないし④の認定事実によれば、前記各最終注射年月日以前においては、筋肉注射剤の必要性、その長所及び欠点、その使用方法など、筋肉注射剤に対する評価は、一応、定まつていたものと認められる。

(6) まとめ

①  以上考察したところに基づき判断するに、まず、本件各筋肉注射剤のうち最初に製造許可のあつた本件カナシリン明治のその許可の年月日である昭和三七年一二月二六日ころから原告患児らに対する筋肉注射の最後の注射年月日である昭和四七年一〇月二四日ころまでの医薬品の製造許可の審査手続及び製造許可後の監督体制を通観すると、昭和三五年五月、新医薬品の製造許可申請書に添付すべき資料の基準が厚生省の内規として定まり、その後の数度の改善を経て、昭和四二年九月一三日付薬発第六四五号薬務局長通知「医薬品の製造承認等に関する基本方針について」及び同年一〇月二一日付薬発第七四七号同局長通知「医薬品の製造承認等に関する基本方針の取扱いについて」の両通知によつて、右審査の方針及び手数が集大成され、一応の確立を見たこと、また製造許可後の副作用等有害作用に関する情報収集についても、昭和三八年三月、中央薬事審議会に医薬品安全対策特別部会が設けられ、昭和四一年一二月、同部会の下に新たに医薬品副作用調査会を設置し、ついで、昭和四二年三月一日薬発第一〇三号をもつて、国、公立病院及び大学附属病院等に副作用情報の提供を求めることを制度化し、これらによつて副作用等有害作用に関する情報の収集及び評価体制が整えられたこと、がうかがえる。そして、これらの審査手続並びに副作用等有害作用に関する情報収集及び評価体制は一応合理的といえるものである。

もつとも、右医薬品の審査手続は、製薬会社が提出する調査・研究の成果である種々の添付資料に基づいて、特定の医薬品に関して、医学、薬学等の最高水準の知見により、安全性の確保が図られるかどうかを審査し、なお必要に応じて国が独自の検討を加え得るものとするのを骨子とするものであつて、当時の最高の学問、技術の水準をもつて、厚生省自らが文献を収集・調査し、動物実験、臨床実験等を実施して、医薬品の安全性を確保しようとするものではない。また副作用等有害作用に関する情報収集においても、国、公立病院、大学、WHO、外国、医師会、製薬企業等からの情報をいわば受け身で収集するものにすぎず、当時厚生省が、常時これらに関する文献等を調査・研究する体制にはなかつたものである。当裁判所は、すでに、被告会社らに対しては、当時の最高の学問、技術の水準をもつて、医薬品の安全性を確保すべき注意義務があると判示した。製薬会社は、医薬品の製造・販売により利潤を追求するものとして、右の高度の注意義務を負うものであつて、このような義務に耐え得る能力を有する者だけが医薬品の製造を許可されるべきものである。もとより、国民の生命・健康は国政において最も尊重かつ優先さるべき事柄であり、国の医薬品の製造許可及びその後の監督においても、製薬会社に課される高度の注意をもつて事に当ることが行政の目標とされねばならないが、多数の製薬会社の全ての医薬品について、国自らが製薬会社が行うのと同様の高度の調査・研究を行うべきだとしたならば、莫大な費用と多数の人員を必要とし、行政の当時の実情から考えて、ほとんど不可能であると思料され、また、行政組織の行う手続である以上、監督官庁たる地位に相応した審査手続が求められるのであつて、どのような方法を採用するかは、第一次的には、立法ないし行政の判断に委ねざるを得ないものである。このような観点に照らせば、昭和三七年一二月二六日ころから昭和四七年一〇月二四日ころまでの厚生省の医薬品製造許可の審査手続及び製造許可後の監督体制は、一応合理性を有するものと認めることができる。

②  次に、右のような厚生省の医薬品の安全性に関する監督体制のもとで、厚生大臣以下の薬事を担当する公務員が誠実かつ忠実に職務を遂行するならば、昭和三七年一二月二六日から昭和四七年一〇月二四日までの間に、前記(2)に述べた事実(すなわち筋肉注射が患者の大腿部にされると本症が発症する危険があること、筋肉注射を大腿部に受けた者に本症が発症した場合、通常、筋肉注射剤の筋組織障害性がその発症の不可欠の要因になつていること等)を知ることができたといえるかどうかを検討するに、本症は、特定医薬品に含有される特定成分の副作用としてではなく、市販されている筋肉注射剤が一般に帯有する筋組織障害性を発症の要因とするものである。ところが、筋肉注射剤は、当時、長所、欠点及び使用方法などこれに関する評価が既に一応定まつており、経口投与、静脈注射、皮下注射等の他の投与方法によつて代替できない長所を持つとされ、これを利用して医療上の効果を挙げるため、広く使用されていたものである。このような実情のもとで、筋肉注射剤一般の使用を行政的に制約するときは、医療の現場に大きな混乱を招くことが予想され、それだけに、行政機関がその使用を制限するなどの規制をするには、相当確実な情報の収集、実験、研究等を要するものと思料される。しかも前述したように、当時の医薬品の審査は当該医薬品において有効成分とされる特定物質を主眼としてなされていた(本件のような筋肉注射剤一般の有害作用が広く問題とされたのは、医薬品の審査制度がはじまつて以来最初の経験であつたことがうかがわれ、当時にあつては、特定物質を主眼とする右のような審査方法を採つていたことはやむを得なかつたといわざるを得ない。)。したがつて、当時としては、薬事行政を担当する者が筋肉注射剤一般の規制を要する事態にほとんど関心を示すことを期待し得ない状況にあつたと認められる。もつとも前記第二の三1(一)並びに第五の三2及び6に認定ないし説示したとおり、筋肉注射剤と本症との因果関係を調査・研究するのに必要な素材ともいうべき文献は、昭和四七年末までに既に数のうえでも内容のうえでも出揃つていたといえるし、少なくとも整形外科の領域では本症が社会問題化する以前(昭和四八年以前)に、筋肉注射が本症の主な原因であるとする見解がほぼ定説化していたことがうかがわれるが、右文献を個々的にみれば、整形外科領域における手術例など本症の治療に関する症例報告が中心を占めており、本症の発症を薬剤の副作用としての観点から述べるものは少ない。また当時、我が医学界におけるセクト的閉鎖的傾向が学際間の情報の疎通を妨げていて、これらの症例が小児科、内科、産婦人科等他領域の医師並びに薬学関係者の目に触れることは少なく、整形外科医はともかく、小児科、内科、産婦人科等の医師においては、一般の開業医はもとより大学に籍を置く者でさえ、ほとんど筋肉注射による本症の発生を知らない実情にあつたし、薬学者も概ね同様であつた。したがつて、右症例報告の何点かが偶々厚生省の職員や中央薬事審議会の委員などの目に触れることがあつたとしても、筋肉注射剤の筋組織障害性という観点からこれらの症例を検討し、これに関心を向けさせることができるものであつたかどうか疑問とせざるを得ない。そのなかには、「大腿前部への注射は極力避けたほうがよい。」、「注射の濫用を考えると問題のある疾患である。」などと筋肉注射の危険に注意を促す趣旨のものもあるが(文献3、11、14、35の2、38、42、48、51、62、72、75、76、80、83ないし85)、いずれも、文章の主眼は、注射剤の筋組織障害性を問題にしているというよりも、注射の適正な使用をうながすことに置かれていたことがうかがわれるのである。

③  以上の次第であつて、厚生大臣以下薬事行政を担当する者が、昭和三七年一二月二六日から昭和四七年一〇月二四日までの間に、前記(2)に述べた事実を認識しなかつたのは、やむを得ないところであつたといわざるを得ない。

4そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被告国は、本件各筋肉注射剤の製造承認をするにつき、申請者たる被告会社らに対し、その筋組織障害性に関する使用上の指示・警告をなすべき義務を課して製造承認をすべき義務並びに右製造承認後において、前記第五の二に述べた各最終注射年月日までに筋肉注射剤の筋組織障害性を公表し、被告会社らに対し右同様の指示・警告をなさせるべき義務はなかつたことになり、被告国に右の点に関して違法及び過失は認められないことが明らかである

二  医師法二四条の二に基づく医師に対する指示について

1  医師法二四条の二に基づく指示権

医師法二四条の二は、厚生大臣は、公衆衛生上重大な危害を生ずる虞がある場合において、その危害を防止するため特に必要があると認めるときは、医師に対して、医療又は保健指導に関し必要な指示をすることができるとし(一項)、厚生大臣は、前項の規定による指示をするに当つては、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならないと規定する(二項)。

<証拠>によれば、右規定は、東京大学附属病院分院や日本赤十字中央病院等で起きた輸血梅毒事件を契機として、昭和二四年法律第六六号をもつて、追加されたもので、これらの事件は、いずれも入院患者が輸血を受けたところ、輸血用血液が梅毒感染者によつて提供されたものであつたため梅毒に罹患したというもので、これをきつかけに、輸血用血液の梅毒感染が社会問題化したこと、そして国会で取り上げられ、輸血の取締りのためには、輸血に関与する医師の注意を喚起すれば十分であるとして、輸血取締りに関する特別な法律を制定せず、医師法に右規定を設けることで対処しようとしたものであること、右規定は一般的な表現を採用しているが、立法当時、当面の問題を処理するほかこの規定を適用すべき事態はほとんど起こりえないものと考えられていたことを認定できる。

ところで、医療行為は、人の生命・健康を直接取り扱うもので、これに危害を与える可能性が大きく、高度の医学的知識と技術に基づく自由な判断により、個体差の大きい患者の状態に応じて適切な処置をしなければならない。そこで、医師法は、一方において、医師でなければ医業をなすことができないものとし(一七条)、医師の資格を厳しく規制(二条ないし七条、九条ないし一四条)しているものの、他方、医師がその技能を最大限に発揮することができるように、医師の医学的・専門的な知識と技術を信頼し、医療行為に関する医師の自由な裁量を認め、行政庁が具体的な医療行為に介入しないことを原則としている。

右の規制方法及び前記立法の経緯に照らすと、厚生大臣がみだりに医師法二四条の二の指示権を行使することは許されないものというべきである。

したがつて、同条一項に、「公衆衛生上重大な危害を生ずる虞がある場合」とは、(1)医療行為の結果もたらされる国民多数の生命・健康に対する危害であること、(2)その危害が医療行為の目的たる効果に比して大きく、しかも放置できないほど重大なものであること、(3)そのような危害が現に発生し又はその発生の危険が切迫していること、以上の要件を充足する場合をいうものと解される。

また同項に「その危害を防止するため特に必要があると認めるとき」とは、(1)伝染病予防法等他の法令によつて適当な措置が講ぜられていない場合であること、(2)多くの医師が当該危害の発生を防止するため十分な対策を講じていない場合であること、以上の要件を満たす場合をいうものと解される。

なお、指示権の行使にあたつては、医業の自主性及び裁量性を損なわないようにできる限りの配慮をなすべきであり、確立した医学的知見に基づく具体的な指示でなければならない。

2  右指示権の行使義務違反の存否

右指示権の行使を義務づける具体的な規定は存在しない。

また、前記の要件を満たす事実の存否は、通常人の日常的な経験をもつてしてはその判断が難かしく、厚生大臣以下の医事担当者の専門的・技術的に判断に委ねざるを得ないものであり、更に、指示に従うべき医師の義務及び医師が指示に違反した場合の具体的な効果を定めた条項がなく、その指示には法的強制力がないものと解せられるので、指示を発すべきかどうかは、厚生大臣の自由な裁量に属するものと解すべきである。

そこで、行政上の自由裁量行為に関する一般原則にしたがつて、厚生大臣は、右指示権を行使しないならば、その権限を与えた意義が失われるような著しく不合理な事態となる場合に、例外的に、右指示権を行使すべき法律上の義務を負うものというべきである。

ところで、前記一3(三)に認定説示したとおり、前記第五の二に述べた各最終注射年月日までに、厚生大臣において注射による本症発症の危険の切迫を知り又はこれを知り得べかりし状況にあつたとの事実は認められないから、本件では、厚生大臣が本症の発症を回避するために右指示権を行使しなかつたことが、著しく不合理であつたとは認め難い。

3よつて、厚生大臣は、原告患児らの本症罹患に関して、医師法二四条の二に基づく注意義務違反の責任を問われるものではない。

三  被告国の責任についての結論以上の次第であつて、被告国は、その余の点を判断するまでもなく、原告患児らの大腿四頭筋短縮症罹患について、国家賠償法一条に基づく過失による賠償責任を負わないことが明らかである。

第七  共同不法行為

一  はじめに

前記第二の三に認定説示したとおり、原告患児らは、青木小児科医院において、被告山之内製の本件パラキシンゾルM、被告明治製の本件カナシリン明治、被告萬有製の本件注射用ブロードシリン、被告富士製の本件エフミン及び製造会社不詳のスルピリン注射液を前記認定のとおり組み合わされた各種の混合液の注射を、前記認定にかかる各注射年月日に筋肉注射されたこと、これらの混合液の注射には例外なく被告会社らの右注射剤のいずれかが含まれていたこと、原告患児らは、これらの混合液のいずれかをその各患部に注射された結果、それぞれ大腿四頭筋短縮症に罹患したことを認定できるが、原告患児らの各患部にどの混合液がいつ注射されたか及びこれに含まれるどの注射剤がどのように作用して本症を発症させたものであるかを確定するに足りる証拠はない。そこで、因果関係に関して、右の程度の立証で、被告会社らに対し、損害賠償責任を問い得るか、更に検討を加えることとする。

二  民法七一九条一項前段の共同不法行為

1原告らは、まず、被告会社らが右一記載の本件各筋肉注射剤を製造・販売した行為が民法七一九条一項前段の共同不法行為を構成し、右注射剤のどれかが原告患児らの本症を発症させたことは明らかであるから、被告会社らは連帯して損害賠償責任を負う旨主張する。

2そこで判断するに、民法七一九条一項前段は、複数の者の間に、特殊な共同関係(関連共同性)がある場合、その共同の範囲にある直接加害者の行為と損害との間に因果関係があれば、各人の行為と損害との間に事実的因果関係がなくても、全員が損害全部を連帯して(いわゆる不真正連帯の関係である。)賠償する義務を負うことを定めたものと解するのが相当である。ここに関連共同性とは、このような連帯責任を負担させるのにふさわしい密接な共同関係をいい、数人が共謀のうえ加害行為を行う場合は、その典型例である。廃水あるいは煤煙の被害に関与する複数の企業がコンビナートを形成し、資本、技術、生産、産業基盤の利用などに結合関係がみられ、互いに企業活動を利用し合うことによりそれぞれの企業活動が成立している場合なども、関連共同性があるといつてよいであろう。

3これを本件についてみるに、前記第五の三5に認定説示したとおり、医薬品製造業界においては、昭和三八年六月から、自主的に医薬品安全性委員会を設けて、医薬品の安全性に関して様々な検討を加え、とりわけ、昭和四四年一二月から昭和四五年七月にかけては、ポリビニールピロリドンを含有する筋肉注射剤に限つてではあるが、その安全性の問題を取り上げ、その検討の過程で注射剤の局所障害について研究したことは認められるけれども、原告らが主張するように、この委員会における各種の研究の際に本症が問題にされたこと及び被告会社らを含む製薬会社が筋肉注射による本症発生の危険を知りながら、互いに意思相通じて、これを隠蔽していたことを認定するに足りる証拠はない。また、被告会社らの間に、相互に企業活動を利用し合つて、それぞれ自己の企業活動を成り立たせているような緊密な結合関係があることを認めるに足る証拠もない。その他、民法七一九条一項前段適用の要件である被告会社ら間の関連共同性は、本件全証拠をもつてしてもこれを認定するに足りない。

よつて、本件に民法七一九条前段の適用があるとの原告らの主張は採用しない。

三  民法七一九条一項後段による因果関係の推定

1原告らは、次に、民法七一九条一項後段を適用して、加害者不明の場合として、被告会社らが前記一の本件各注射剤を製造・販売した行為と原告患児らの本症罹患との間の因果関係を推定すべきであると主張する。

2そこで、判断するに、民法七一九条一項後段は、「共同行為者中ノ孰レカ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハサルトキ」も、同条前段と同様に各自連帯して賠償の責に任ずべきものと定める。同規定は、物理的、時間的に近接して、複数の者が加害行為をなし、損害を発生させたような場合、被害者が加害者を特定するのに困難を伴うことがあり、各人の行為と損害との間に因果関係の完全な立証を要求すると、被害者が賠償を受けられない結果に終ることが少なくないと予想されるので、政策的に被害者を救済することを意図して設けられたものと解される。そこで、特定された数人のうちの誰かの行為が損害を発生せしめたことは証明されたけれども、そのうちの誰の行為によつて損害が発生したかということまでは特定できない場合、右の規定により、その各人の行為と損害との因果関係が推定されるものと解するのが相当である。行為者は、自己の行為が損害を発生させたものでないことを立証して責任を免れることができる。右条項がその適用範囲を「共同行為者」に限定したことは、推定によつて賠償義務を負う者の範囲が不当に拡がり過ぎることを防ごうとする趣旨であると解される。したがつて、ここに「共同行為者」とは、物理的、時間的に近接して、いずれも結果発生の危険のある行為をし、かつ加害者と疑われてもやむをえない事情にある数名の者で、他に特段疑うべき者も認められない場合の、その数名の者をいい、民法七一九条一項後段の適用については、以上のほかに右共同行為者間に「関連共同性」のあることを要しないものと解すべきである。

右のような場合の被害者の救済の必要を考えれば、右の要件の限定のもとで、右数名の者を「共同行為者」と認めても、民法七一九条一項後段の適用範囲を不当に拡大するものとは思えない。

3そこで、本件についてこれをみるに、すでに認定したところによれば、(1)被告明治は本件カナシリン明治、被告富士は本件エフミン、被告萬有は本件注射用プロードシリン、被告山之内は本件パラキシンゾルMをそれぞれ青木小児科医院に販売ないし供試品として提供し、社名不詳のスルピリン注射液製造会社も同様販売したこと、(2)右各筋肉注射剤を含む市販の筋肉注射剤はいずれも筋組織障害性を帯有しているところ、筋肉注射剤の筋組織障害性が原告患児らの本症罹患の不可欠の要因となつており、右筋組織障害性が注射量、注射回数、注射間隔、注射期間、注入箇所、患者の個体差などと複雑に関連して本症を発症させること、(3)右各筋肉注射剤は、いずれも青木医師の指示により、原告真紀には「本件カナシリン明治、右スルピリン注射液、本件エフミン」及び「本件注射用プロードシリン、右スルピリン注射液、本件エフミン」の、原告和歌子には「本件パラキシンゾルM、右スルピリン注射剤、本件エフミン」、「本件パラキシンゾルM、本件エフミン」、「本件パラキシンゾルM、右スルピリン注射液」及び「本件注射用ブロードシリン、右スルピリン注射液、本件エフミン」の、原告美輝には「本件パラキシンゾルM、右スルピリン注射液、本件エフミン」、「本件カナシリン明治、右スルピリン注射液、本件エフミン」、「本件パラキシソゾルM、右スルピリン注射液」及び「本件注射用ブロードシリン、右スルピリン注射液、本件エフミン」の各混合液にして、別紙当事者個人別表「注射年月日」欄記載の日(ただし原告和歌子の昭和四五年七月二一日、同年九月一八日、及び昭和四六年二月四日、原告美輝の昭和四四年一二月七日、昭和四七年三月二八日を除く)に当該原告患児に注射されたが、そのほとんどがその左右の大腿部に注射され、そのうちかなりのものが、そのいずれかの日に、原告患児らの本症の各患部、すなわち原告真紀の右大腿部、原告和歌子の左大腿部及び原告美輝の右大腿部に注射されたものの、原告患児らの右各患部にどの混合液がいつ注射されたかは右以上には確定できないこと、(4)しかし原告患児らの右各患部には右各混合液以外のいかなる注射剤も注射されていないこと、以上の事実が確定できる。

そうすると、被告会社らは、いずれも本症を発症させる危険のある筋肉注射剤を販売ないし提供した者で、かつ対応する原告患児らの本症罹患に原因を与えた者と疑われてもやむをえない事情にある(特に右認定事実によれば、被告会社ら製の右各筋肉注射剤が対応する原告患児らの各患部に注射されたことを確定はできないものの、いずれの右筋肉注射剤についてもその蓋然性はかなり高いこと、右各筋肉注射剤が原告患児らの各患部に注射されたとすれば、当該筋肉注射剤単剤の、又は同患部に注射されたその余の筋肉注射剤との相互の作用により本症を発症させたと認めるほかなく、他の注射剤に原因を帰せしめることは考えられない事情にある。)ということができ、しかも他に加害者と疑うべき者は被告会社らと同様の事情にある右スルピリン注射液の製造会社だけであるから、被告会社らは民法七一九条一項後段の「共同行為者」に該当するというべきである。

4右の次第であつて、本件においては、民法七一九条一項後段により、原告患児らの本症罹患とこれに対応する各被告会社の右筋肉注射剤の製造・販売行為との間に因果関係の存在することが推定される。

右の因果関係の不存在を認めるに足りる証拠はない。

よつて、前記第五の七において述べたとおり、原告患児らの後記損害につき、対応する各被告会社ら、民法七〇九条に基づく賠償責任を連帯して負担するものである。

第八  損害

一  原告患児らの損害

1  被害の実情

(一)(原告真紀)

前記第二の三記載の認定事実、<証拠>によれば、次の(1)ないし(8)の事実を認定することができる。

(1) 原告真紀は、昭和四六年三月二八日生れで小学校六年生の女子である。

(2) 別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり、昭和四六年六月三日から同年七月六日までの間に、青木小児科医院において、肺炎又は気管支炎の病名で、前後八回にわたり、前認定のとおり筋肉注射を受けた。

(3) 生後一年三か月ほど経た昭和四七年六月ころ歩き始めると、右足を外に廻すようにして歩き、かつころびやすいことに、父母が気付いた。両親は先天的な異常でないかと心配し、さつそく、須賀川市内の高橋整骨院で診察を受けると、注射の後遺症であるといわれた。そのころ、会津若松市の力神堂整形外科でも、同様の診断を受け、治療の難しいことを指摘された。同年八月二八日には、須賀川市所在の国立福島療養所で診察を受けたが、やはり注射が原因であるということであつた。

(4) 同年一〇月二三日、福島県立医科大学附属病院で、右大腿四頭筋短縮症と診断され、手術を勧められた。同年一一月二七日の入院時には、股関節の運動は良好であつたが、右膝の屈曲制限が強く、腹臥位で右膝を屈曲させると二〇度で尻上がり現象を示した。同年一二月五日、右大腿部の切腱手術が行われた。昭和四八年一月一四日退院したが、右膝の屈曲は良好で、腹臥位一二〇度の屈曲で軽度の尻上がりがみられる程に一時改善され、ただ右股関節はやや外転位をとる状態であつた。しかしながら、退院後二か月くらいすると、歩行の異常は元に戻つてしまつた。

(5) 自主検診に参加していた富山労災病院の飯田二医師は、昭和五四年七月八日、東京での検診の際に、同原告患児を次のとおり診断した。右大腿四頭筋拘縮症(混合型)。正座不能。歩容は右下肢外分廻し跛行。尻上がり角度一五度。股関節屈曲時の膝関節屈曲角度一四五度。トーマス位で股関節屈曲拘縮一五度、膝関節屈曲角度一〇度。腰椎前彎を認め、膝蓋骨高位(一横指)あり。直筋起始部に約六センチメートルの手術瘢痕を認める。

(6) 昭和五一年四月幼稚園に入園し、昭和五二年四月小学校へ入学したが、歩き方をからかわれ、泣いて帰ることもあつた。また、運動会を嫌がつた。体育の評価は、一年から四年までは五段階評価の三、五年が二であつた。高学年になつて、身体の障害を意識していないかのように活発な学校生活を送るようになり、とび箱、マット運動、水泳など体育全領域に参加し、児童会、クラブなどでも積極的に活動しているが、担任の教諭は、体育学習、作業など学校生活の全ての面で、安全や疲労に対する配慮をしている。

(7) 家族に対しては、最近、疲れやすいこと及び時に右足の痛みを訴える。日常生活においては、用便に関して特に不自由な思いをしている。服装については体型が現われるスポーティなデザインのものや水着などを着るのを嫌がり、歩行の異常が目立たない工夫をしている。

(8) 本人及び両親とも、就職、結婚など将来の生活について強い不安を抱いており、時期をみて再手術を受けたいと考えている。

(二)(原告和歌子)

前記第二の三記載の認定事実、<証拠>によれば、次の事実を認定することができる。

(1) 原告和歌子は、昭和四四年五月二五日生れで、中学校一年生の女子である。

(2) 別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり(ただし、昭和四五年七月二一日及び昭和四六年二月四日の分を除く。)、昭和四四年七月一三日から昭和四七年一〇月二四日までの間に、青木小児科医院において、気管支炎、喘息、下痢又はアンギーナなどの病名で、前後三〇回にわたり、前認定のとおり筋肉注射を受けた。

(3) 生後約一年六か月ほど経た昭和四五年暮ころ歩き始めたが、昭和四六年夏、親戚の者が初めて歩容の異常に気付いた。同年八月一一日郡山市の太田綜合病院で受診したところ単なる生まれつきの癖であると診断された。その後、転びやすいこと、坐ることがよくできないこと、左足を外側に振り廻して歩くなどの異常が認められたので、昭和四七年一一月一日再び太田綜合病院で診察を受けたところ、左四頭股筋短縮症と診断された。その直後に、須賀川市の公立岩瀬病院を受診したが、同じ様に診断された。両親が手術はかわいそうだとして、福島県田村郡船引町の佐久間整骨院に三か月ほど通いマッサージ治療を受けさせたが、効果はなかつた。

(4) そこで、手術を受けることになり、昭和四八年二月二六日、太田綜合病院に入院したが、当時、腹臥位で左膝の屈曲が四〇度になると尻上がり現象が起きる状態であつた。同月二八日、左足の切腱手術が実施され、同年三月二六日退院した。退院直後は、足を外側に振り廻す歩き方が消えるなど症状が軽快していたが、二、三か月経つと元に戻つてしまつた。

(5) 前記飯田二医師は、昭和五四年七月八日、東京での検診の際、同原告患児を次のとおり診断した。左大腿四頭筋拘縮症(直筋型)。正座可能なるも、1.5横指膝頭前方へ突出す。歩容は左下肢外分廻し跛行。尻上がり角度二五度。トーマス位で股関節屈曲拘縮二五度。膝関節屈曲角度一二度。腰椎前彎を認める。直筋起始部に約四センチメートルの手術瘢痕を認める。

なお、右検診後、正座ができなくなつている。

(6) 幼稚園に通園し、昭和五一年四月、小学校に入学したが、殊に運動会を嫌がり、二年のときには参加せず見学していた。五年生ころまでは転びやすく、顔や手足に傷をつくることが多かつた。体育の評価は、二年のときが五段階評価の三であつた以外は、一年から六年まで四であつた。高学年になつて、自分自身も努力し、他の児童と同じように積極的な学校生活を送つている。運動会で、競走を中心にした個人競技では、ほとんど最下位になるが、最後までがんばり抜いていた。昭和五七年四月、中学に入学したが、テニスクラブは入部後二か月くらいで、ボールについていけないといつてやめた。

(7) 最近では、畳に正座ができず、家庭では、立膝で食事をしている。用便は不自由である。スラックスや水着など容姿の目立つ服装はしたがらない。足の痛みはないが、疲れやすい。

(8) 本人及び両親とも、就職、結婚など将来の生活について強い不安を抱いており、時期をみて再手術を受けたいと考えている。

(三)(原告美輝)

前記第二の三記載の認定事実、<証拠>によれば、次の事実を認定することができる。

(1) 原告美輝は、昭和四四年二月七日生れで、中学校二年生の男子である。

(2) 別紙当事者個人別表「注射歴」欄記載のとおり、昭和四四年八月一〇日から昭和四七年五月一二日までの間に、青木小児科医院において、胃炎、気管支炎、肺炎、耳下腺炎、アンギーナ又は咽喉炎などの病名で、前後四五回にわたり、前認定のとおり筋肉注射を受けた。

(3) 一歳の誕生日である昭和四五年二月七日前に歩き始めたが、しばらくすると、歩き方が少しおかしいように感じられた。同年夏か秋ころ、母親が右大腿の前面の部分が固くなつていることに気付き、青木医師に相談したところ、風呂に入つたときにでもよく揉むようにいわれた。昭和四六年八月一六日、須賀川市の公立岩瀬病院で右足の診察を受けたことがあつた。また、同年一〇月四日、郡山市の太田綜合病院で、先天性股関節脱臼の疑があり、経過を観察するようにいわれた。しかしうまく座れないこと、尻を突き出して歩くこと、歩くとき足を外側に振り廻すことなど、足の異常が更に目に付くようになり、昭和四七年五月二四日、郡山市の宮崎整形外科医院で診察を受け、四、五回、電気をかけマッサージをする治療に通つた。同年六月、東京の日本医科大学附属病院に赴き、そこで右大腿四頭筋短縮症と診断され、手術の話も出たものの、同年六月から三か月ほど、福島県田村郡船引町の佐久間整骨院で、マッサージ治療を受けてみたが、効果はなかつた。昭和四七年九月二二日、再び太田綜合病院で受診し、右四頭股筋短縮症と診断され、手術を勧められた。

(4) 昭和四八年二月、ようやく、手術を決心し、同年四月二日入院したが、右足大腿直筋の緊張が強かつた。同月四日、右足の切腱手術をしたが、直筋起始部で約五ないし六センチメートルも白色腱性に肥厚しており、これを起始部から一ないし二センチメートルで切離し、約三センチメートルの間隙を起こすもなお拘縮が強く、更に縫工筋の一部及び外側筋膜、腸筋の約一ないし二センチメートル腿板状のものを切離した。同月二九日の退院当時には、症状は軽快していたが、二、三か月経つと元に戻つてしまつた。

(5) 前記飯田二医師は、昭和五四年七月八日、東京での検診の際、同原告患児を次のとおり診断した。右大腿四頭筋拘縮症(直筋型)。正座可能なるも右膝頭やや前方へ突き出す。歩容は右下肢外分廻し跛行。尻上がり角度二〇度。トーマス位で股関節屈曲拘縮一五度。膝関節屈曲角度一〇度。腰椎前彎を認める。直筋起始部に約四センチメートルの手術瘢痕を認める。

その後、中学生となり、身長が急速に伸びたため、右膝部分が腫れて痛みを伴い、二か月間くらい学校を休んだことがあつた。最近では、正座できない。

(6) 昭和五〇年四月、小学校へ入学した。一年生のとき、足が悪くてなわとびはできないだろうといわれたのをくやしがつて、朝早くからその練習に励んだことがあつた。運動会を特に嫌がつていた。体育の評価は、小学六年間を通して五段階評価の四であつた。体育を非常に好み、走ることも跳ぶこともやろうとするが足が不調のため健常児とは多少異なつた動作になつてしまうが、意欲的に参加し、陸上関係は普通程度に参加できたものの、水泳は全くできず見学をしていた。教室内における学習姿勢は膝を曲げることが困難なため足を斜めに出していた。歩行については多少困難を感じる程度である。階段の昇降もできないことはないが、不自由であつた。昭和五六年四月、中学に進学し、野球部に入つたが、付いて行けず、二か月ほどで辞めてしまつた。最近の体育の授業では、陸上競技の短距離競走において、足が絡んでもたつくなど思うように走れない。長い距離を走る場合片足に負担がかかりすぎて継続しにくい。水泳については、平泳ぎのあおり足、クロールのバタ足が思うようにできず泳げない。学習態度としては、着席する場合に、足を机の中に入れることができないので、横に出している。生徒会行事の校内陸上、マラソン、水泳などの大会に参加をためらうか、出場できない。清掃作業も床に雑布がけをする動作は無理があつて容易でない。最近では、歩行も片足にかかる体重の負担が大きいようで、姿勢が右に傾いてみえる。

(7) 二階建の自宅の階段を昇降する際には、不自由な動作で特徴のある音をたてる。用使には特に不自由をしている。

(8) 本人及び両親とも、高校進学を間近にひかえ、特に将来の就職に関して、強い不安を抱いており、時期をみて再手術を受けたいと考えている。

2  本件被害の評価、特色等

(一) 右1の認定事実、<証拠>によれば、原告患児らの本症の症状は、いずれも本症のなかでは比較的重症の部類に属するもので、一下肢の股関節及び膝関節の二関節に機能障害を残し、手術痕を残すなど前認定の症状に照らせば、自動車損害賠償保障法施行令第二条の引用する障害等級に関する別表に当てはめると、少なくとも第一〇級を下廻らないと認められる。

(二) <証拠>によれば、原告患児らの本症症状はいずれも手術の適応を有するが、従前、本症の手術をしても再発する例が多いなど予後が悪かつたこと、試行錯誤の末に、手術の適応に関しては、大腿直筋型及び混合型について尻上がり角度が三〇度以下のものを手術対象としていること、幼児期における手術は原則として避けるべきであり、骨の成長が止つた一五、六歳ころ以降が望ましいが、成長に伴つて膝関節の二次的変形が生じた場合には早期に手術を行う必要があるなど、一応の原則が確立されてきていること、手術方法も改善されて、手術後長期間にわたつて再発をみない例が非常に増加していること、しかしながら、本症の罹患が成長期にある子供の心理面に与える悪影響を考慮せざるを得ず、再発の危険を侵しても早期の手術が必要な場合もあること、年長になつてから手術をした場合には、それまで身に付いた歩行の癖などの矯正がうまくいかない例もあること、現在では手術によつて日常普通の動作には困らない程度に改善が期待できるというが、過重な労働に耐えうる能力を取り戻せるとの確証はないこと、以前よりも改善をみたとはいいながら、完成された手術法はいまだ存在せず、手術をする者によつて様々な方法を用いており、結果の良否にも個人差がみられること、中年期以降における影響に関しては、確実な見通しが立つていないこと、手術痕も場合によつては無視できない問題であることを認定することができる。

(三) <証拠>によれば、原告患児ら及びその両親であるその余の原告らは、昭和四八年四月二日、青木医師及び和解成立前の相被告青木敏子を相手に、同人らの診断ないしは注射手技などの医療行為の過誤を原因とする損害賠償請求訴訟(当庁同年(ワ)第四八号、同五〇号、同五二号)を提起し、この訴訟は、昭和五〇年五月一四日まで、一二回の口頭弁論期日を重ねたが、この間、青木医師は昭和四九年四月八日死亡したこと、原告らは、昭和五〇年七月三一日、更に、被告会社らを含む製薬会社七社及び被告国を相手方とし、本症は本件各筋肉注射剤による薬害である旨主張して損害賠償請求訴訟(本件訴訟)を提起したこと、この訴訟は、先の訴訟と併合のうえ審理が進められ、途中、一部取下及び和解成立があつたが、四六回の口頭弁論期日を重ね、昭和五七年一一月一七日、ようやく結審するに至つたこと、製薬会社及び国を被告として訴を提起した時点で原告らにおいてはすでに予想し覚悟をしていたことではあるが、特別の資力と能力とを有しない普通の市民である原告らにとつて、三家族で、全国に先がけて、同種の前例のない本件訴訟を、長期間維持・遂行することは、物心両面にわたつて、ひとかたならぬ労苦を伴うものであつたことを認定することができる。

(四) 以上認定説示してきたとおり、原告患児らは、本来信頼に値するはずの医療により一方的に被害を受けたもので、原告患児ら及びその父母であるその余の原告らには全く落度がない。原告患児らは、物心のつく前にすでに重大な手術を受け、身体的な障害に苦しみ、その被害は、日常生活、家庭生活、学校生活、社会生活のあらゆる場面に及び、苦労の多い少年期を過ごしてきており、自己の将来に関しても強い不安を拘いている。

3  損害額

(一) (慰藉料)

同種の原因に基づく生命侵害や身体障害の被害を受けた複数の原告の提起する損害賠償請求事件においては、特段の不都合のない限り、原告らの選択により、個別的に損害を積み上げて損害の総額を算出する方法を採るほかに、弁護士費用を除くすべての財産的損害及び精神的損害を包括して慰藉料という名目で請求することが許されるとすべきである。

本件においては、原告患児らの選択に従い、右1及び2の諸事情を包括して、原告患児らの被つた損害に対する慰藉料額を、いずれも金八〇〇万円と定めるのが相当である。

(二) (弁護士費用)

弁護士費用は、本件訴訟の性質、訴訟遂行の難易度等に照らせば、原告患児ら各自に認容した慰藉料額の一五%にあたる各金一二〇万円を認めるのが相当である。

なお、右弁護士費用については、本判決確定の日から遅滞になるものと解すべきである。

二  原告患児らの父又は母であるその余の原告らの損害

被害者が生命侵害以外の身体的侵害を受けた場合には、通常被害者自身が損害の賠償を受けることによつて被害の回復は実現されるのであつて、被害者の両親が被害者とは別に固有の慰藉料請求権を取得するためには、被害者が生命を害された場合に比べて著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたことを要するところ、本件においては、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

第九  結論

よつて、原告らの本訴請求中、原告患児らの請求は、主文掲記の対応する各被告会社に対し、慰藉料金八〇〇万円及び弁護士費用金一二〇万円の合計金九二〇万円並びに右慰藉料金八〇〇万円に対するいずれも不法行為の後である主文掲記の各年月日(対応被告会社に訴状が送達された日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金及び右弁護士費用金一二〇万円に対する本判決確定の日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金について連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告会社らに対するその余の請求並びに被告国に対する請求をいずれも棄却し、その余の原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(堂薗守正 富田守勝 三浦州夫)

注射剤一覧表

注射剤名

製造販売会社

製造許可年月日

備考

パラキシンゾルM

山之内製薬(株)

昭和四一年 九月二四日

抗生物質製剤

(クロラムフエニコール注射液)

カナシリン明治

明治製菓(株)

昭和三七年一二月二六日

複合抗生物質製剤

カナシリン萬有

萬有製薬(株)

昭和四一年 一月一四日

右同

注射用ブロードシリン

右同

昭和四五年 三月三一日

右同

エフミン

富土製薬工業(株)

昭和四〇年一一月一五日

鎮咳剤

当事者個人別表

原告 安藤真紀

昭和46年3月28日生

注射歴

注射年月日

病名

(体温度)

注射剤名・用量等

昭46.6.3

肺炎

(39)

カナシリン1.0cc

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

6.4

(36.3)

前同

6.5

(38.3)

前同

46.6.28

気管支炎

(39.7)

前同

6.30

(39)

前同

7.2

(38.4)

前同

7.4

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

7.6

(37.7)

前同

病歴

47.6.

父母、真紀の足の異常に気付く。

右足を外に回すようにして歩き、ころびやすい。

正座が完全にできない。

腹臥位にして右足の膝関節を曲げても曲らない。

47.7~8月

会津若松市力進堂病院・須賀川市国立福島療養所で診察

大腿部に注射をしたせいではないかとの診断

47.11.27~48.1.14

県立医大附属病院に入院

12.5

切腱手術

現在症状

日常生活動作

正座 臀部が踵部につかず不能

階段昇降 降りるのが遅い

歩行・走行 共に右下肢外回しが著明

立位にて腰椎前彎強く「出尻」状態となる。

膝蓋骨高位 右1横指

大腿直筋に一致してStangあり

尻上り角 右脚 13度

現在症状

膝最大屈曲角 右脚 132度

右股関節の外転拘縮あり

備考1. 注射は、いずれも混合注射である。

2. 注射剤名中「カナシリン」とはカナシリン明治又はカナシリン萬有である。

3. 注射剤名中「25%エスピリン」とは「スルピリン注射液」である。

原告 佐藤和歌子

昭和44年5月25日生

注射歴

注射年月日

病名(体温度)

注射剤名・用量等

昭44.7.13

湿疹

気管支炎

(37.5)

クロマイ250mg

{40%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

44.11.21

気管支炎

(38.8)

{クロマイ250mg

エフミン1.0cc

45.5.18

気管支炎

(38)

クロマイ250mg

{40%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

5.23

(38)

前同

5.30

(37.5)

前同

6.5

(38.6)

前同

45.7.19

喘息

気管支炎

(39)

前同

7.21

前同

45.8.1

喘息

気管支炎

前同

45.8.21

気管支炎

(38.5)

前同

45.9.18

下痢

テラマイシン100mg

45.11.26

(気管支炎)

(39)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

45.12.14

気管支炎

(38)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

12.18

(39)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

12.19

(38)

前同

注射年月日

病名(体温度)

注射剤名・用量等

46.1.9

喘息

気管支炎

(39)

前同

1.12

(38)

前同

46.2.3

気管支炎

(38)

前同

2.4

前同

46.6.11

気管支炎

(38)

前同

6.25

前同

46.7.3

気管支炎

(38)

前同

46.7.17

アンギーナ

下痢

(38.5)

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

7.19

(36.8)

前同

7.22

(38)

前同

46.12.26

(感冒)

(36)

前同

47.3.9

気管支炎

(39)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

3.10

(37.6)

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

47.3.20

気管支炎

(38)

前同

47.4.27

気管支炎

(39)

前同

47.6.3

気管支炎

(39)

25%エスピリン1.0cc

{エフミン1.0cc

クロマイ250mg

47.10.24

(39)

前同

病歴

47.8

父母、和歌子の左足の異常に気付く。

左足を外側に回すようにして歩き、疲れ易い。

病歴

47.11.2

出尻でころび易い

須賀川市公立岩瀬病院で大腿四頭筋短縮症と診断

マッサージ療法を続ける

48.2.26~3.26

太田病院入院

28

切腱手術

現在症状

日常生活動作

正座 左膝頭が少し前方に突出し、腰椎前彎が強くなる。

階段昇降 ほぼ正常

歩行・走行 左膝関節部にて外分廻し著明

立位にて腰椎前彎強く「出尻」となる。

尻上り角度 左脚 25度

備考1. 注射は、45.9.18のテラマイシンを除いていずれも混合注射である。

2. 注射剤名中「クロマイ」とは、パラキシンゾルMである。

3. 注射剤名中「40%エスピリン」及び「25%エスピリン」とはいずれも「スルピリン注射液」である。

原告 曽根原美輝

昭和44年2月7日生

注射歴

注射年月日

病名等(体温度)

注射剤名・用量等

44.8.10

胃炎

(39)

クロマイ250mg

{40%エスピリン1.0cc

エフミン

8.12

(熱 軽快)

前同

8.13

前同

8.31

気管支炎

(38)

前同

12.7

下痢

(39)

{テラマイシン50mg

40%エスピリン1.0cc

12.9

(38)

クロマイ250mg

{エフミン1.0cc

エスピリン1.0cc

45.1.23

気管支炎

(38)

クロマイ250mg

{40%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

1.25

(37.2)

前同

3.21

気管支炎

(37)

前同

4.30

気管支炎

(38.5)

前同

5.2

(38)

カナシリン1.0cc

{40%エスピリン1.0cc

エフミン

5.3

(39)

前同

5.4

(38)

前同

(38.7)

クロマイ250mg

{40%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

5.5

(38)

前同

5.19

気管支炎

前同

6.16

気管支炎

(39)

前同

注射年月日

病名等(体温度)

注射剤名・用量等

45.8.24

気管支炎

(39.2)

前同

8.26

(38.2)

前同

10.6

胃炎・感冒

(38)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

10.7

(38)

前同

10.8

(39)

クロマイ250mg

{40%エスピリン

エフミン1.0cc

46.2.12

肺炎

(39)

クロマイ250mg

{エフミン1.0cc

25%エスピリン1.0cc

2.13

(37.6)

前同

2.14

(37.6)

前同

4.4

気管支炎

(38.2)

前同

4.5

前同

5.30

耳下腺炎

(38)

{クロマイ250mg

25%エスピリン1.0cc

7.11

アンギーナ

咽喉炎

(39.5)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

7.12

(熱まだあり)

前同

7.14

気管支炎

(前同)

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

7.15

(38.5)

前同

7.16

(熱 軽快)

前同

8.4

気管支炎

(38)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

注射年月日

病名等(体温度)

注射剤名・用量等

46.8.5

(38)

前同

8.6

(37.5)

前同

8.8

(38)

前同

12.14

気管支炎

(39)

前同

12.19

(36.5)

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

12.20

(37.6)

前同

47.1.10

アンギーナ

気管支炎

(39)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

1.11

(38.2)

注射用ブロードシリン250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

3.6

アンギーナ

気管支炎

(38)

クロマイ250mg

{25%エスピリン1.0cc

エフミン1.0cc

3.28

下痢

テラマイシン

{25%エスピリン1.0cc

5.12

気管支炎

耳下腺炎

25%エスピリン1.0cc

{エフミン1.0cc

クロマイ250mg

病歴

46.夏

父母、美輝の足の異常に気付く

足をひきずり、外側に振り回して歩く

右脚を伸ばしたままで正座をしない

46.10

郡山市太田病院初診 明確な所見なし

47.6.3

日本医大附属病院で大腿四頭筋短縮症の診断

大腿部への注射の打ちすぎであるといわれる

47.9.22

太田病院でも大腿四頭筋短縮症の診断

48.4.2~4.29

太田病院入院

4.4

切腱手術

現在症状

日常生活動作

正坐     右膝頭が前方に突出し、腰椎前彎著明

階段昇降     片足づつおりる

歩行・走行     右下肢は膝関節で外分廻し又は膝伸展位(棒足)

腰椎前彎増強

膝蓋骨高位    右1横指

大腿直筋に一致してStrangあり

尻上り角     右脚20度   左脚140度

備考1. 注射は、いずれも混合注射である。

2. 注射剤名中・「カナシリン」とはカナシリン明治又はカナシリン萬有であり、「クロマイ」とはパラキシンゾルMである。

3. 注射剤名中「40%エスピリン」及び「25%エスピリン」とはいずれもスルピリン注射液である。

文献等一覧表(ただし、番号40及び81は欠番)

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

1

日本整形外科学会雑誌

甲 24

23・6

180

1950.3.25

(昭25)

森崎直木

脊椎側彎を主訴とし脱臼と誤診せられし一症例の治験

口頭発表は1946.12.23の第157回整形外科集談会東京地方会

2

23・6

181

1950.3.25

伊藤四郎

大腿部注射による膝関節攣縮に就いて

口頭発表は1947.6.23の第161回整形外科集談会東京地方会

3

甲 25

26・1

49

1952.4.25

(昭27)

青木虎吉

景山孝正

大腿四頭筋短縮症の3例

(同文献には他に、森崎直木、水町四郎、武田栄、山田義智、伊藤四郎の追加発表あり)

4

甲 26

30・5

676

1956.10.25

(昭31)

菅原正信

中沢作造

先天性と思われる股直筋短縮症の1例

5

甲 27

31・1

93

1957.4.25

(昭32)

河井弘次

宇田川英一

土居通泰

大腿四頭筋短縮症の症例追加

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

6

日本外科全書

甲 23

27・

234

1958.2.25

(昭33)

森崎直木

大腿四頭筋短縮症

7

日本整形外科学会雑誌

甲 28

32・4

543

1958.7.25

松本淳

大塩直文

宮崎達也

原因不明の特発性筋拘縮症の2例

8

東北整形災害外科紀要

甲 63

2・

64

1958.

小島伊三郎

四頭股筋腱不全断裂治験例

9

脳と神経

甲 65

11・7

615

1959.

(昭34)

根本金重

膝部外傷に続発した大腿直筋短縮状態の筋電図

10

日本整形外科学会雑誌

甲 29

33・4

1,371

1960.3.25

(昭35)

木下博

平川寛

保田孝治

川堀和人

山本竜二

大腿筋短縮症の3例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

11

日本整形外科学会雑誌

甲 30

34・

1,595

1960.4~

1961.3

笠井実人

得津雄司

佐々木正和

注射による大腿直筋短縮の7例

12

広島大学医学雑誌

甲 64

13・

540

1960.

平川寛

山本竜二

大腿筋短縮症の三例

13

久留米医学会誌

甲 66

23・2

683

1960.

佐藤光雄

大腿四頭筋短縮症の一例

14

中部日本整形災害外科雑誌

甲 53

4・1

208

1961.3.1

(昭36)

笠井実人

得津雄司

佐々木正和

注射による大腿直筋短縮の7例

15

甲 67

4・

408

1961.

保田岩夫

野口和彦

宇山理雄

山田進二

大腿四頭筋短縮症の4例に就いて

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

16

日本整形外科学会雑誌

甲 31

35・11

1,188

1962.2.25

(昭37)

保田岩夫

野口和彦

宇山理雄

山田進二

大腿四頭筋短縮症の4例について

17

甲 32

36・1

66

1962.4.25

松生宏文

三井貞三

リンゲル液注射による膝関節拘縮の例

18

甲 33

36・2

159

1962.5.25

松波百合子

吉田久純

蟹江良一

大腿四頭筋短縮の2症例

19

整形外科

甲 46

13・14

1,142

1962.12.

松波百合子ほか

大腿四頭筋短縮症の2症例

20

中部日本整形災害外科雑誌

甲 54

5・1

80

1962.3.1

松生宏文

三井貞三

リンゲル液注射による膝関節拘縮の1例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

21の1

中部日本整形災害外科雑誌

甲 55

5・4

475

1962.12.1

岡田正三

岩波日出男

岡崎清二

井上四郎

先天性と思われる両側性大腿直筋短縮症の1例

21の2

名古屋市立医大雑誌

甲 69

13・

35

1962.

松波百合子

吉田久純

蟹江良一

大腿四頭筋短縮症の2症例について

22

最新医学

甲 68

17・12

2,955

1962.12.

安藤一也

祖父江逸郎

堀三和夫

進行性筋ヂストロフィ症の一異型

23

東北整形災害外科紀要

甲 70

6・

134

1962.

竹前孝二

吉岡丹迦穂

竹山文雄

大腿四頭筋短縮症の治験例

24

弘前医学

甲 71

14・

714

1962.

江端章

村田東伍

中村博義

大腿四頭筋短縮症

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

25

小児の微症状

甲 190

405

1962.

伊藤忠厚

鞆田幸穂

大腿四頭筋短縮症

26

中部日本整形災害外科雑誌

甲 72

6・

782

1963.

(昭38)

山田浩

高田克弘

注射による大腿四頭筋短縮症の1例

27

日本整形外科学会雑誌

甲 34

37・

317

1963.4~

1964.3

竹前孝二

吉岡丹迦穂

竹山文雄

大腿四頭筋短縮症の治験例

28

甲 35

37・

777

1963.4~

1964.3

笠井実人

景山武雄

得津雄司

仲谷正

注射による大腿直筋短縮症

29

甲 36

37・10

865

1964.1.25

(昭39)

立岩邦彦

鈴木弥重郎

水島裕

倉上敬介

大腿四頭筋短縮症の30例について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

30

整形外科

甲 47

15・8

631

1964.7.1

笠井実人

得津雄司

仲谷正

柏木基之亮

注射による大腿直筋短縮症

31

甲 48

15・8

676

1964.7.1

河野佐宙

大腿四頭筋短縮症における

中間広筋の役割

32

日本整形外科学会雑誌

甲 73

38・

89

1964.4.25

福島正

高砂子七郎

中村元

小林孝光

大腿直筋拘縮症の

手術並に組織所見

33

手術

甲 74

18・

602

1964.

矢橋健一

丸毛英二

前沢伯彦

中村純次

膝関節硬直に対する

大腿四頭筋総腱延長術とその成績

34

TheJournalof

BoneandJointSurgery

甲137の1

(甲137の2、訳文)

46・3

492

1964.8

D.R.Gunn

大腿四頭筋拘縮症

病因、及び、膝蓋骨の

再発性脱臼との関係についての

議論

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

35の1

北海道整形災害外科雑誌

甲 75

10・2

226

1965.12.

(昭40)

富田良一

板谷純孝

リンゲル注射による大腿四頭筋短縮症の1例

35の2

弘前医学

甲 76

17・

471

1965.

村田東吾

大峡克夫

松谷善吉

角田修

中井達郎

大腿四頭筋短縮症 23例について

36

臨床医の治療学

甲 11の1・2

667

1966.6.5

(昭41)

長畑正

(編著)

乳幼児の大量皮下注による瘢痕性の四頭股筋短縮症

37

日本整形外科学雑誌

甲 37

40・3

353

1966.6.25

前田博司

金子孝

大腿四頭筋短縮症について

38

整形外科

甲 49

17・8

643

1966.

福島正

高砂子七郎

中村元

小林孝光

大腿直筋拘縮症の手術ならびに組織所見

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

39

整形外科

甲 50

17・10

826

1966.

富田良一

板谷純孝

大腿四頭筋短縮症の1例

41

室鉄病誌

甲 77

7・1

137

1966.

大吉清

川村五郎

菊田圭彦

大腿四頭筋短縮症について

42

ガン新病誌

甲 78

6・1

37

1966.

加藤正

蒲原宏

青山雄毅

注射に起因する大腿四頭筋短縮症の3例

43

整形外科

甲 79

17・

403

1966.

加藤正

蒲原宏

今井久一

先天性大腿直筋短縮症の1例

44

四国医学

甲 80

22・

327

1966.

清家隆介

板東祐和

小児における進行性大腿四頭筋短縮症の

3症例の経験について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

45

昭和医学会雑誌

甲 81

26・9

56

1966.

黒木良克

国府曲中

菅谷修一

佐々木孝

田中治男

前田正唯

滝宗章

大腿四頭筋短縮症の8例について

46

日本整形外科学会雑誌

甲 38

41・7

860

1967.10.25

(昭42)

前田博司

村地俊二

柴藤徹郎

大腿四頭筋短縮症について

―術後成績及病理組織学的

所見を中心として

47

中部日本整形災害外科雑誌

甲 56

10・1

219

1967.

得津雄司

整形外科領域における

薬物注射による

障害の2・3について

48

中部日本整形災害外科雑誌

甲 57

10・3

840

1967.9.1

前田博司

村地俊二

柴藤徹郎

大腿四頭筋短縮症について~

術後成績及病理組織学的

所見を中心として

49

整形外科

甲 82

18・

807

1967.

富田良一

吉原孝

大腿四頭筋短縮症の2例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

50

岡山医学

甲 83

79・

543

1967.6.30

小川達海

江口寿栄夫

大腿直筋短縮症の1例

51

医療

甲 84

21・

252

1967.

柴垣栄三郎

泉田重雄

村上宝久

岡村玲子

注射によると思われる

大腿直筋拘縮の17例について

52

久留米医学会雑誌

甲 85

30・2

288

1967.

安田芳雄

西牟田忠志

斎藤実正

大腿四頭筋短縮症の一治験例

53

日外会誌

甲 86

68・5

772

1967.

木下雅夫

縄田安盛

松井猛

大腿直筋短縮症の5例

54

日本整形外科学会雑誌

甲 39

42・12

1,167

1968.12.25

(昭43)

佐藤俊之

金原宏之

藤原誠

藤原節子

大腿四頭筋短縮症の2例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

55

中部日本整形災害外科雑誌

甲 58

11・3

909

1968.9.1

渡辺健児

提島孝

黒津清明

加賀完一

斎藤哲治

皷敏光

亘康男

大腿四頭筋短縮症の

観血的治療について

56

日本整形外科学会雑誌

甲 87

42・

1,007

1968.

根岸照雄

関根純一

大腿直筋短縮症の手術成績

57

日外会誌

甲 88

69・4

502

1968.

蒲原宏

加藤正

今井久一

先天性大腿直筋短縮症の1例

58

中部日本整形災害外科雑誌

甲 89

11・2

570

1968.

小林政則

深瀬宏

林達雄

田坂兼郎

上尾豊二

大腿直筋短縮症の4例

59

日本整形外科学会雑誌

甲 40

43・

422

1969.

(昭44)

渡辺健児

外6名

大腿四頭筋短縮症の

観血的治療について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

60

整形外科

甲 51

20・12

1,244

1969.10.

飯田尚生

牟田口啓介

注射による

大腿四頭筋短縮症について

61

臨床整形外科

甲 110

4・6

485

1969.

柳下慶男

春日秀彦

先天性と思われる大腿四頭筋、

前脛骨筋、長指伸筋、

足長母指伸筋短縮症に

下肢巨肢症を伴う1症例

62

整形外科

甲 52

21・5

349

1970.

(昭45)

根岸照雄

滝川一興

関根紀一

立岩邦彦

渡辺脩助

いわゆる

大腿四頭筋短縮症について

63

中部日本整形災害外科雑誌

甲 90

13・

499

1970.

田坂兼郎

小林政則

大腿直筋短縮症の2例

64

甲 91の1

13・

655

1970.

山室隆夫

縫工筋及び

大腿直筋短縮症の1例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

65

臨床整形外科

甲 91の2

5・12

989

1970.

山室隆夫

縫工筋短縮症の1例

66

中部日本整形災害外科雑誌

甲 92

13・1

104

1970.

坂東栄三

宮崎哲也

弘光武雄

長岡勇

横井昭平

先天性大腿直筋短縮症と

思われる1例

67

関東整形災害外科雑誌

甲 111

1・2

111

1970.

杉山義弘

上野博嗣

大腿四頭筋短縮症の

手術例について

68

日本整形外科学会雑誌

甲 41

45・

136

1971.

(昭46)

大塚嘉則

村田忠雄

清水完次朗

林道夫

大腿四頭筋短縮症の5治験例

69

甲 42

45・

224

1971.

杉山義弘

上野博嗣

大腿四頭筋短縮症の

手術例について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

70

日本整形外科学会雑誌

甲 43

45・

697

1971.

小宮懐之

岡本連三

亀下喜久男

大腿四頭筋短縮症の検討

71

昭和医学会雑誌

甲 60

31・8

412

1971.8.28

阪本桂造

大腿四頭筋拘縮症に関する研究

72

農村医学

甲 93の1

20・3

151

1971.

飯田尚生

注射によると思われる

大腿四頭筋短縮症

73

日外会誌

甲 94

72・5

712

1971.

林侃

今井久一

太田道夫

大腿四頭筋拘縮症の3例

74

中部日本整形災害外科雑誌

甲 95

14・

98

1971.

坪田謙

今井武司

大腿四頭筋短縮症の治療経験

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

75

テイ信医学

甲 96

23・

234

1971.

西口優

宮川貞夫

亭島増彦

大腿四頭筋短縮症

76

小児科臨床

甲 97

24・

3,005

1971.

熊谷進

村上宝久

長田光博

加藤哲也

松賢次郎

柴垣栄三郎

注射による大腿直筋短縮症について

77

東北整形災害外科紀要

甲 186

14・2

279

1971.3.1

久保田正博

佐藤光三

村上克彦

大腿四頭筋短縮症の手術症例の検討

78

日本整形外科学雑誌

甲 44

46・7

536

1972.7.25

(昭47)

邱松寿

古屋光太郎

荒井孝和

飯田勝

中川三与三

2組の1卵生双生児に見られた

先天性大腿四頭筋短縮症の4症例

79

甲 45

46・10

966

1972.10.

阪本桂造

鈴木勝己

三上洋三

五百木雅孝

大腿四頭筋拘縮症に関する研究

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

80

小児科臨床

甲 61

25・4

84

1972.4

泉田重雄

注射による筋拘縮について

82

関東整形災害外科雑誌

甲 98

3・121

1972.

塚田忠行

関根紀一

田川宏

臼蓋形成不全と大腿直筋短縮症の

合併による股関節随意性脱臼の1例

83

注射の手技

山之内乙16

274

1972.4.10

桜井実

注射の実際

84

実験治療485号別冊

山之内乙 17

11

1972.11.

桜井実

神経麻痺を回避するための

安全な注射の手技について

85

日本医事新報

青木乙 15

2,512

25

1972.6.17

赤石英

押田茂実

注射による末梢神経損傷の

実態と予防対策

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

86

関東整形災害外科雑誌

甲 59

4・4

296

1973

(昭48)

水木茂

東野修治

福田道隆

主題・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症について」

昭48.8.8の東部日本整形外科学会

主催の本症に関する

シンポジウムの報告抄録

87

阪本桂造

上村正吉

藤巻悦夫

三上洋三

主題・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮(拘縮)症」

88

297

赤松功也

伊丹康人

長島健治

勝又壮一

浜田良機

石田了久

主題・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋拘縮症の

成因についての考案」

89

山岡弘明

間宮興久

渡辺惣兵衛

主題・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症の

手術的治療成績」

90

298

桜井実

佐藤光三

久保田正博

遠藤尚暢

佐藤正光

主題・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症に対する

手術療法の限界について」

なお、押田茂美の追加報告あり

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

91

日外会誌

甲 93の2

74・587

1973.

飯田尚生

牟田口啓介

注射によると思われる

大腿四頭筋短縮症について

92

日本整形外科学会雑誌

甲 99

47・715

1973.

松永隆信

丹菊臣生

きわめて広範な筋変性を

認めた大腿部化膿性筋炎の

1治験例

93

中部日本整形災害外科雑誌

甲 100

16・483

1973.

亀井正幸

李康彦

小杉豊治

岡山孝

大腿四頭筋短縮症術後の

遠隔成績

94

中部日本整形災害外科雑誌

甲 101の1

16・1

350

1973.

三輪昌彦

田島明

池田威

獅子目賢一郎

河合憲一

精松紀雄

植家毅

高井康男

大腿四頭筋拘縮症の

近隔成績

95

日本小児外科学雑誌

甲 101の2

9・538

1973.

植家毅

高井康男

河合憲一

三輪昌彦

池田威

獅子目賢一郎

田島明

大腿四頭筋拘縮症の

成因とその治療について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

96

中部日本整形災害外科雑誌

甲  102

16・557

1973.

長島健治

伊丹康人

赤松功也

石田了久

勝又壮一

大腿四頭筋拘縮症に

対するわれわれの

手術法とその遠隔成績

97

北海道整形災害外科雑誌

甲  103

18・100

1973.

兼頭徹

稲垣嘉則

両側Quadricepsおよび

Hamstrings 短縮症の1例

98

薬のひろば

萬有乙 1

18・25

1973.

高橋晄正

幼児の大腿に注射をするな

99

日本医事新報

青木乙 16

2,557

13

1973.4.28

押田茂実

筋肉内注射法の歴史的考察

100

福島県医師会報

甲  18

37・10

70

1974.10.

(昭49)

大腿四頭筋問題に関する資料

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

101

愛媛県立病院学会誌

甲 104

12・24

1974.

森田茂

中根康雄

西島直城

いわゆる

大腿四頭筋短縮症について

102

広島大学医学雑誌

甲 105

22・305

1974.6

坂上正樹

永山五哉

渡捷一

池庄司敦

長谷川修

坂信一

今川俊一郎

畑野栄治

大腿四頭筋短縮症の

治療経験

103

関東整形災害外科雑誌

甲 106

5・5

319

1974.10.

糸満盛憲

田場弘之

真角昭吾

筋短縮による関節拘縮

~三角筋・大腿四頭筋・大臀筋

104

甲 107

5・5

355

1974.10.

卞盛勝

長野昭

熊野潔

大腿直筋短縮症~術後骨成長期を

経過した7症例の検討

105

交通医学

甲 108

28・54

1974.

穴沢五郎

水野良純

山野富生

大腿直筋短縮症の1治験例

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

106

中部日本整形災害外科雑誌

甲 109

17・500

1974.

山室隆夫

渡辺秀男

川部直己

先天性大腿中間広筋短縮症の

兄妹例

107

小児科

甲 112

15・11

945

1974.

亀下喜久男

小児科医のための

大腿四頭筋短縮症と

三角筋短縮症の診療

108

東京慈恵会誌

甲 113

89・409

1974.

赤松功也

富田泰次

永井素大

神前智一

根本文夫

宮本繁仁

大腿四頭筋・三角筋・

臀筋拘縮症について

109

東京女子医大誌

甲 114

44・103

1974.

矢尾板孝子

塚本創一郎

森崎直木

大腿四頭筋拘縮症について

110

公衆衛生情報

甲 115

4・9

4

1974.9

小林梅子

大腿四頭筋短縮症

山梨県小笠原保健所管内の

発生を中心に

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

111

治療

甲 116

56・10

1,915

1974.10.

巷野悟郎

乳幼児筋注とその障害

112

1,921

太田道夫

大腿四頭筋拘縮症について

113

日本医事新報

甲 117

2,629

127

1974.9.14

太田道夫

大腿四頭筋短縮症

114

昭和医学会雑誌

甲 118

34・4

345

1974.8.28

三上洋三

家兎大腿四頭筋が注射および

ギプス固定によって起る影響について

(筋の引張破断試験ならびに組織学的検討)

115

治療

山之内乙  7

56・7

1,385

1974.

名越敏勝

大腿四頭筋短縮症および

注射後硬結の予防ならびに

治療に対する一考察

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

116

月刊薬事・別冊

青木乙 9

16・6

23

1974.

赤石英

押田茂実

高橋由美子

薬剤に関する医療事故について

117

名古屋医報

青木乙10

356・7

1974.7.21

原順

大腿四頭筋短縮症についての私見

~ それは医師個人の責任だろうか。

118

診断と治療

甲 19

63・122

1975.1.1

(昭50)

赤石英

筋肉注射全廃論

119

九大医報

甲 21

43・2

16

1975.3

光安知夫

小林晶

上崎典雄

特集・大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症の臨床」

120

21

廣澤元彦

「注射障害の実態」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

121

九大医報

甲 21

43・2

28

1975.3

松本文六

特集・大腿四頭筋短縮症

「本質とその背景」

122

39

大腿四頭筋短縮症の子供を守る福岡県親の会

「治療方法の早期確立を」

123

42

九大医報編集部

「市内の小児科医・整形外科医の本症に対する見解」

124

大腿四頭筋短縮症調査結果

甲 22

1975.4.4

大腿四頭筋短縮症の子供を守る親の会

愛知あゆみ会

愛知協力医師団

125

周産期医学

甲 62

5・4

245

1975.4

村上宝久

大腿四頭筋短縮症

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

126

日本整形外科学会雑誌

甲 119

49・10

799

1975.

関寛之

吉田貢

杉岡宏

佐野茂夫

卞盛勝

町田秀人

矢野英雄

今井重信

大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症の成因と

病態―全国自主検診結果の検討」

127

800

飯田鴎二

田島剛一

浅妻茂章

森紀喜

神代靖久

諸見里真明

「自主検診から見た

大腿四頭筋短縮症手術

312例の予後」

128の1

802

亀井正幸

小杉豊治

岡山孝

「大腿四頭筋短縮症の

病態および治療とその成績」

128の2

803

田島健

中村武

高橋公

黒羽根洋司

「大腿四頭筋短縮症の

自主検診でみられた

臀筋拘縮症の検討」

128の3

804

笠井実人

松本禎仁

「大腿四頭筋短縮症に

対する手術とその成績」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

128の4

日本整形外科学会雑誌

甲 119

49・10

805

1975.

小泉慶一

大根田恒雄

宇田川英一

北沢真爾

茂原重雄

土屋一郎

斎藤昭宏

大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋拘縮症の

術後再発について」

128の5

806

佐藤孝三

佐野精司

青木虎吉

上村正吉

河野佐宙

森崎直木

「大腿四頭筋拘縮症に

関する研究(第1報)」

129

日本小児科学会雑誌

甲 142

79・12

1,095

巷野悟郎

注射をめぐる諸問題

「小児科医の行っている

注射の実際(抄)」

130

宮田雄祐

「大腿四頭筋短縮症多発の意義」

131

1,096

松永富

「指定発言」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

132

日本小児科学会雑誌

甲 142

79・12

1,096

1975.

飯田鴎二

注射をめぐる諸問題

「自主検診からみた

大腿四頭筋短縮症手術312例」

133

甲 143

79・11

911

松本文六

注射による大腿四頭筋の機能障害

「大腿四頭筋短縮症大量発生の

社会的背景に関する一考察」

134

宮田雄祐

米沢澄子

後岡晃一郎

藤野正芳

島中謙治

堀古民生

宮田美弥

「大阪府下の乳幼児学童検診に於ける

謂ゆる大腿四頭筋短縮症潜在患者の

実態調査」

135

912

松山家芳

「小児科領域における注射障害の実態」

136

913

小豆沢澄夫

木幡達

片岡健吉

亀山順治

谷岡賢一

鶴沢正仁

中野裕

真弓文弓

百井亨

下寺陸朗

上田憲

金岡裕夫

「大腿四頭筋短縮症と注射との

因果関係に関する検討」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

137

日本小児科学会雑誌

甲 143

79・11

914

1975.

宮田雄祐

米沢澄子

堀古民生

林敬次

佐野嘉子

注射による大腿四頭筋の機能障害

「謂ゆる大腿四頭筋短縮症の発症要因に関する実験的研究」

138

小豆沢澄夫、越後茂之、亀山順治、片岡健吉、谷岡賢一、鶴沢正仁、百井亨、金岡裕夫、真弓光文、下寺睦朗木幡達、中野裕上田憲

「大腿四頭筋短縮症の診断基準に関する検討」

139

915

広沢元彦

宇根幸治

「自主検診からみた大腿四頭筋短縮症手術312例の予後について」

140

整形外科

甲 163

26・2

前付

阿部光俊

初山泰弘

整形外科疾患の定型組織像―大腿四頭筋短総症

141

関東整形災害外科雑誌

甲 164

6・6

532

若松英吉

一般演題:筋拘縮症

「宮城県全学童(26万人)の下肢運動機能障害調査(とくに大腿四頭筋について)」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

142

関東整形災害外科雑誌

甲 164

6・6

532

1975.

杉岡宏

関寛之

吉岡貢

町田秀人

卞盛勝

矢野英雄

今井重信

一般演題:筋拘縮症

「大腿四頭筋短縮症・

年長児の検討―

全国自主検診結果の検討」

143

533

赤松功也

伊丹康人

浜田良機

勝又壮一

根本文夫

「教室における

大腿四頭筋拘縮症の治療法と成績」

144

534

松平吉世

「大腿四頭筋短縮症の経験と小考」

145

村上宝久

熊谷進

水島辰也

安藤謙一

片田重彦

「三角筋拘縮症35例(45肢)の検討」

146

宮沢晶子

土屋恒篤

森岡健

三杉信子

「三角筋拘縮症の手術成績」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

147

日本整形外科学会雑誌

甲 168

49・10

834

1975.

日本整形外科学会

要望書

148

地域保健 50年4月号

国乙 30

5

1975.4.15

土屋京子

特集~大腿四頭筋短縮症

「発見の発端と保健婦活動」

149

17

堀誠

「原因とその背景」

150

26

村上宝久

「診断と検診のポイント」

151

46

赤石英

「注射後遺症の予防のために」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

152

地域保健50年4月号

国乙 30

52

1975.4.15

宮田雄祐

特集―大腿四頭筋短縮症

「自主検診活動の経験から」

153

整形外科

山之内乙 4

26.9

845

1975.

山室隆夫

渡辺秀男

川部直己

先天性大腿中間広筋短縮症の兄妹例

154

九大医報・別冊

甲 124

44・

1=2

56

1976.

(昭51)

宮田雄祐

特集 注射による筋短縮症―その後の大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症の多発が警告する公害化する日本の医療」

155

69

松本文六

「加害者の理論と被害者の闘い」

156

86

九大医報編集部

「大腿四頭筋短縮症のこれまでの経過と資料」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

157

九大医報・別冊

甲 124

44・

1=2

102

1976.

関寛之

吉田貢

杉岡宏

佐野茂夫

卞盛勝

町田秀人

矢野英雄

今井重信

特集 注射による筋短縮症―その後の大腿四頭筋短縮症

「大腿四頭筋短縮症の成因と病態―全国自主検診結果の検討」

158

105

飯田鴎二

田島剛一

浅妻茂章

森紀喜

神代靖久

諸見里真明

「自主検診からみた大腿四頭筋短縮症手術312例の予後」

159

108

兼次邦男

桜井迪朗

石川憲彦

赤城邦彦

榎本武

畑野省子

北住映二

林泰秀

菱俊雄

賀来秀文

鈴木洋

「山梨県富士川流域の大腿四頭筋短縮症児の自主検診の結果と、大量発生の原因についての検討」

160

112

斎藤彰博

庭野行雄

谷岡憲一

百井亨

小豆沢澄夫

丸山立憲

田中晴樹

「三角筋短縮症の集団発生例についての報告」

161

116

中村武

黒羽根洋司

高橋公

田島健

「注射における臀筋拘縮例(31例)の検討」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

162

日本小児科学会雑誌

甲 132

80・11

851

1976.11.

宮田雄祐

小児医療と注射

163

パラメディカル情報

甲 151

5・9

1

1976.

森谷光夫

久永直見

中川武夫

大腿四頭筋拘(短)縮症の臨床と原因の解析

164

整形外科

甲 165

27・7

659

1976.6

笠井実人

大腿四頭筋短縮症に対する手術とその成績

165

日本整形外科学会雑誌

甲 173

50・10

937

1976.

奥村正文

筋拘縮症

「三角筋拘縮症例の検討」

166

938

佐野精司

鳥山貞宣

佐藤勤也

菅原黎明

栗原宏介

村上宝久

熊谷進

水島辰也

安藤謙一

「三角筋拘縮症に対する手術例の検討」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

167

日本整形外科学会雑誌

甲  173

50・10

939

1976.

光安知夫

小林晶

上崎典雄

三田哲司

平田経雄

筋拘縮症

「大腿四頭筋短縮症の実験的研究(第1報)」

168

941

藤本憲司

外11名

「大腿四頭筋拘縮症委員会報告」

169

日本医事新報

甲  193

2,717

43

1976.5.22

久永直見

森谷光夫

中川武夫

原田規章

江夏努

熊谷俊幸

矢崎正一

今井秀男

大腿四頭筋短縮症―カルテによる原因の検討と今後の方向

170

日本小児科学会雑誌

国乙  36

80・11

858

1976.11.1

堀誠

筋拘縮症の発生予防に対する検討

171

日本医師会雑誌

萬有乙 11の1・2

75・5

505

1976.3.1

若松英吉

船山完一

赤林惇三

小川正二

松川金七

藤咲進

今田拓

宮城県全学童生徒における大腿四頭筋短縮症調査報告

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

172

注射の功罪

大腿四頭筋拘縮症をめぐって

台糖乙  12

39

1976.12.10

津山直一

大腿四頭筋拘縮症その他合併症

173

現代外科学大系

台糖乙 20

253

1976.8.30

森崎直木

大腿四頭筋拘縮症

174

日本小児科学会筋拘縮症委員会の要請に対する調査報告

台糖乙 26

1976.10.7

注射による筋短縮自主検診団

注射による筋短縮症の実態調査報告(昭50.12末現在)

175

法曹医学講座

台糖乙 54

323

1976.5.20

板倉豊治

注射事故

(336頁 筋拘縮症について)

176

日本小児科学会雑誌

台糖乙 67の1

80・3

1976.3.1

日本小児科学会筋拘縮症委員会

注射に関する提言(Ⅰ)

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

177

日本小児科学会雑誌

台糖乙 67の2

80・7

1976.7.1

日本小児科学会筋拘縮症委員会

注射に関する提言(Ⅱ)

178

注射の功罪

大腿四頭筋拘縮症をめぐって

富士乙 1

65

1976.12.10

小林登

小児と注射―小児医療における注射の位置づけ

179

日本小児科学会雑誌

甲 133

81・11

146

1977.11.1

(昭52)

小野安生

山田修

谷岡賢一

金岡裕夫

真弓光文

庭野行雄

田中晴樹

下寺睦朗

丸山立憲

亀山順治

小豆沢澄夫

大量皮下注射による大腿四頭筋短縮症の発生

180

宮田雄祐

谷岡賢一

松本文六

榎本武

臀筋短縮症の実態調査―診断と予防

181

日本整形外科学会雑誌

甲 148

51・9

853

1977.

中原正雄

ラウンドテーブルディスカッション 筋拘縮症

「骨格筋の生化学的研究(第17報)-抗生物質の筋、Plasma

Kininaseに対する作用」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

182

日本整形外科学会雑誌

甲 148

51・9

853

1977.

尾方克己

本村喜代二

北川敏夫

ラウンドテーブルディスカッション 筋拘縮症

「フォスフォリラーゼの生化学的定量よりみた筋の組織障害についての研究」

183

854

光安知夫

西島壮夫

小林晶

上崎典雄

三田哲司

「大腿四頭筋拘縮症の実験的研究(第2報)」

184

855

佐野精司

佐藤孝三

菅原黎明

野口雄之

八木正博

宋実

「筋拘縮症の実験的研究」

185

856

吉田貢

関寛之

今井重信

杉岡宏

関直樹

土肥徳秀

卞盛勝

増田彰男

町田秀人

矢野秀雄

呂明哲

「大腿四頭筋拘縮症の経過―自主検診結果の検討」

186

857

飯田鴎二

田島剛一

浅妻茂章

森紀喜

神代靖久

諸見里真明

「患者(親)心理からみた大腿四頭筋短縮症手術について―全国自主検診結果から」

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

187

日本整形外科学会雑誌

甲 148

51・9

859

1977.

村上宝久

熊谷進

水島辰也

坂巻豊教

藤中星児

河合洋

ラウンドテーブルディスカッション 筋拘縮症

「大腿四頭筋拘縮症の子と親についての意識調査」

188

860

藤本憲司

外11名

「筋拘縮症委員会報告(第2報)」

189

筋拘縮症研究班発生予防部会研究報告(中間報告)

国乙  31

1977.5

190

中部日本整形災害外科雑誌

山之内乙 5

20・6

829

1977.

西島雄一郎

大腿四頭筋拘縮症の実験的研究

191

臨床神経学

台糖乙 65

17・5

344

山村定光

Chloram phenicol筋注による骨格筋線維症の成立機序に関する実験的研究

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

192

日本小児科学会雑誌

甲 134

82・6

628

1978.6.1

(昭53)

日本小児科学会筋拘縮症委員会

筋肉注射に関する提言の解説

193

甲 147

82・11

1,131

1978.11.1

林敬次

佐野嘉子

堀古民生

米沢澄子

宮田雄祐

1回注射による大腿四頭筋拘縮症の発症要因の実験的研究

194

日本整形外科学会雑誌

甲 149

52・10

1,456

1978.10.

佐野精司

佐藤孝三

三瓶晴雄

菅原黎明

野口雄之

佐藤正喜

筋拘縮症の実験的研究(第2報)

195

米本恭三

近藤秀丸

小島伸介

中島公和

大滝栄典

根本文夫

浜田良機

大腿四頭筋拘縮症―われわれの手術法と膝伸展について

196

1,458

藤本憲司

外9名

筋拘縮症委員会報告(第3報)

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

197

中部日本整形外科災害外科雑誌

甲  152

21・5

別冊

1978.9.1

飯田鴎二

田島剛一

森紀喜

荒川竜夫

浅妻茂章

神代靖久

諸見里真明

大腿四頭筋拘縮症の手術について

198

小児科診療

国乙  33

1,782

1978.4.25

堀誠

採血、注射の手技

(1,787頁、注射による障害)

199

整形外科

山之内乙 1

29・8

736

1978.7

中原正雄

筋拘縮症の発生機序

200

日本医師会雑誌

萬有乙 12

80・3

356

1978.8.1

若松英吉

船山完一

佐々木仁行

赤林惇三

小川正二

土肥千里

松川金七

今田拓

宮城県全学童生徒における大腿四頭筋拘縮症追跡調査報告

201

日本整形外科学会雑誌

甲 150

53・4

488

1979.

(昭54)

日本整形外科学会筋拘縮症委員会

会告(大腿四頭筋短縮症の病型と手術に関する提書)

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

202

日本整形外科学会雑誌

甲 174

53・9

1,220

1979.

森谷光夫

伊藤裕夫

大腿四頭筋拘縮症の1974〜1978年の追跡調査結果の検討

203

1,221

国分正一

津久井俊行

酒井克宣

武田久雄

黒沢大陸

田中久重

八幡順一郎

佐藤哲朗

直筋型及び混合型大腿四頭筋拘縮症の手術成績

204

1,222

藤本憲司

外9名

筋拘縮症委員会報告(第4報)

205

臨床医

国乙 34

5・1

127

1979.1.10

堀誠

注射の仕方

206

月刊地域保健

80年8号

国乙 45

88

1980.8

(昭55)

村上宝久

大腿四頭筋拘縮症―改定診断基準をめぐって

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

207

日本整形外科学会雑誌

国乙 53

54・9

943

1980.9

筋短縮症委員会

筋拘縮症委員会報告(第5報)―― 5年間の総括

208

山之内乙 3

54・

15

1980.

根本文夫

大腿四頭筋拘縮症の病態に関する研究

209

山之内乙 20

54・10

1,375

1980.

佐野精司

佐藤孝三

三瓶晴雄

北村将英

青木高仁

桜井勇

電顕像からみた実験的筋拘縮症について

210

臨床医の注射と処方第3版

台糖乙 23

32

1980.9.25

長畑一正

外8名(編集)

注射の実際と注意

(33頁、適応の限定―筋拘縮症の教訓)

211

日本整形外科学会雑誌

国乙 54

55・10

1,228

1981.10.

(昭56)

筋拘縮症委員会

筋拘縮症の観血的治療を施さない自然経過症例について

番号

書名

(書証番号)

巻・号・頁

発行年月日

報告者

報告例の標題

212

日本小児科学会雑誌

台糖乙 68

85・10

1,450

1981.10.1

米沢澄子

志水正夫

林敬次

宮田雄祐

大阪府下の乳幼児における筋拘縮症の実態調査

213

1,451

菱俊雄

山田秀雄

橋本武

大腿四頭筋拘縮症の5年自然経過例の検討

文献の内容

一、 昭和二五年から昭和四八年末までの間に発表された大腿四頭筋短縮症に関する主な文献の内容(ただし、摘記)は次の通りである。

文献30(甲第四七号証、笠井実人ら、神戸市立中央市民病院整形外科、昭和三九年七月一日)

昭和三三年以来経験した一九例の症例報告。全例大腿前面に何か注射を受けたことがあるが化膿して切開した症例はないという。本症の成因について、「森崎、菅原、岡田、松波らが報告しているように、先天性のものもあることから考えて、先天性の要因も考慮に入れる必要があると思う。ところが両側の大腿前面に注射を受けながら、一側にしか症状の現われないこともしばしばある。したがって注射した薬液の種類、量、頻度あるいは部位にも関係するし、また薬液の吸収が遅いために筋線維が変性に陥ることも考えられる。あるいは異物による無菌的な炎症、また化膿にまで至らない軽度の感染も考慮しなければならない。しかし発生機転に関する明確なことは分っていない。」と述べている。

文献62(甲第五二号証、根岸照雄ら、東大整形外科ほか、昭和四五年)

昭和三五年から昭和四一年までの七年間にわたり、厚生年金湯河原整形外科病院で経験した四七例につき、診断、治療、予後の検討結果を報告したもの(このうち三〇例は、文献29において報告されている。)。この症例の特異性として、次のように述べている。

「四七例中の実に三二例が既往に別の疾患で、某小児科病院を受診し、大腿部に注射を受けていた。更に、このうち罹患肢が右側のみの症例はただの一例で、残りが左側あるいは両側罹患例であった。この理由として、(1)大腿部に注射をする際、部位、深さの選定に誤りがあった、(2)注射液が組織にとって非生理的なものであった、(3)注射の際、菌力の弱い感染を起こした、(4)手技上、注射を左大腿部に行いやすかったことなどが考えられる。」

更に、大腿部への注射について、次のように述べる。

「我々の四七症例のうち、既往に大腿部に注射を受けた経験がある症例は四一例、ないものは一例、不明は五例であった。いわゆる大腿四頭筋短縮症という疾患名の中には注射、輸液、外傷、化膿などを原因とする後天的な成因による拘縮症と呼ぶべきものと、前記原因の全くない先天的な成因による短縮症と呼んでよいものとが含まれている。」「手術症例三一例の肉眼的、組織学的所見及び大腿前面の瘢痕、拘縮の状態から注射の既往を有する四一例は、一応後天的な大腿四頭筋拘縮症と考えている。」「大腿部に注射を受けた既往を有する四一例のうち、三八例が一歳以前にそれを受けていた。しかも、そのうち、はっきり時期の判明している症例をみると、その多くは生後半年以内に注射を受けている。注射による大腿四頭筋拘縮症の成立には、注射した薬液の種類、量、頻度、部位、先天性素因などが複雑に関係し合っているものと思われるが、加うるに年齢的要素も重視されるべきである。なぜなら、注射液の量に対して筋肉の大きさが相対的に小さいこと、年齢的に注射を受ける部位としてよく大腿部が選ばれること、筋肉の活動が少なく筋肉内の血流が不活発であり、したがって薬液の吸収が十分でないこと、乳幼児の大腿の皮下組織腔は比較的狭小であるが、この部へ誤って筋肉内注射のつもりで薬液を入れること、あるいは逆に皮下輸液のつもりが、筋内輸液になること、年齢的に刺激、物質に対し組織が過敏に反応することなどが考えられるからである。」「注射による大腿四頭筋拘縮症は、最近になって症例報告が多くなってきていることからみて、新薬の影響を重視する人もいる。我々の症例での注射を受けるに至った原疾患は、判明しているもののみをあげると表9(省略)のごとくであるが、いずれも乳幼児にありふれた疾患であり、これから本症を特に惹起しやすい薬剤を類推するのは困難である。本症との関係として、武田はトリアノン、ビラビタール、バグノンを、Lloyd-Robertsらは抗生物質やビタミンKを、 Hagen は抗生物質をあげているが、これら薬剤が特異的に作用するというよりは、一般に薬剤あるいはその溶剤の有する非生理的なPH、浸透圧、筋肉毒作用が、その量、頻度、期間、部位、年齢などと関与し合って本症を惹起すると考えたほうが合理的である。」

文献71(甲第六〇号証、阪本桂造、昭和大整形外科、昭和四六年)

本症につき臨床的研究及び動物実験をなしたものであるが、まず次のような文献的考察を行っている。

「本症の発生に関しては、当初は先天性膝関節脱臼、膝蓋骨脱臼、膝蓋骨高位の一部分症として述べられて来たが、その後先天的あるいは後天的に単独の疾患として見出されるようになったといえる。

O. Hnevkovsky(一九六一年)は、Progressive Fibrosis of the Vastus Intermebius Muscle in Childhood としてまとめ、その臨床像は、 Arthromyodysplasia(Arthrogryposis)の不全型に類似するが、生後一年若しくはそれ以上の年齢の小児に発症し、保存療法に抗して運動障害が増悪することをあげ、 Arthromyodysplasia とは異った疾患と考え、組織所見を加え、先天因子による筋の形成不全によると報告し、さらに一九六三年になり、彼は進行性特発性型と注射による二つの症候群があると推測している(G. C. Lloyd-Roberts and T. G. Thomasより引用)。

FairbankとBarret(一九六一年)は、一卵性双生児に見られた症例を報告し、彼はひとつの遺伝因子があると考えられ、筋拘縮は先天性斜頸にみられる胸鎖乳突筋の拘縮と同様と思われると述べている。

Gammnie TaylorとUrich(一九六三年)は、二卵性及び一卵性双生児の症例を報告し、筋拘縮症が内反足や Sprengel 病や先天的斜頸の際に生じる先天性筋拘縮によると述べている。

Karlen(一九六四年)は、六例を報告し筋の線維化は先天的なものとして、前述の Hnevkovsky の意見と同じである。

しかしながら、 J. V. Todd (一九六一年)が注射との関連性を提起して以来注射による後天的発生が強調されるようになった。

Steen-Johnson(一九六二年)は筋注による一症例を報告し

( Hagen より引用)、 Gunn(一九六四年、文献34)は二二症例のうち一五症例が筋注によるものであったと述べている。

Lloyd-RobertsとThomas(一九六四年)は六例の症例を報告し、これらはいずれも生後間もなく大腿部への注射もしくは補液を受けたものであり、特に前述のHnevkovsky Fairbank, Gammieの症例に追加をし、 Hnevkovsky では四例に注射の既往のあること、Fairbank 等の症例は一カ月間にわたる Crystamycin 及び Synkavit の筋注の既往のあること、 Gammie 等の症例のうち一例に、 Synkavit の注射の既往のあることを報告し、先天的なものと考えられていたものの中にも、注射による後天的な発生と考えられる症例があることを指摘した。

Saunders, Hoefnagel, Staples (一九六五年)は注射による一症例を報告し、 Hagen (一九六八年)は一二症例の四頭筋拘縮症の患者が頻回の大腿部抗生物質の筋注によるものであったと述べている。

Williams(一九六八年)は、膝関節拘縮、習慣性膝蓋骨転位、 Arthrogryposis の四七例中半数以上が注射の既往があるが、これらのうち多数例に、靱帯や大腿筋腱付着に異常を認めるところから、注射による発生が考えられるが、先天的な発生によるものではないかと述べている。

本邦では森崎(一九四六年、文献1、文献6)が、第一五七回整形外科集談会東京地方会で「脊椎側彎を主訴とし脱臼と誤診せられし、一症例の治験」として発表したのが初めてと思われるが抄録の記載がないため詳細不明である。しかし日本外科全書で彼はこの疾患を大腿四頭筋短縮症と記載し、この疾患の本態は先天性の大腿四頭筋の短縮であるとしている。

青木、景山(一九五二年、文献3)は、大腿四頭筋短縮の三例を報告し、同時に注射によるものとして、水町が二例、山田が一例、伊藤が二例の追加発表をしている。

矢橋、丸毛(一九五三年)は、両親が血族結婚である六歳の女児を報告し、その手術手技につき論及した。

菅原、中沢(一九五六年、文献4)は、一例を報告し、後天的な原因を見出し得ないもので、子宮内胎位異常による大腿直筋の発育障害としている。

河井、宇田川、土居(一九五七年、文献5)は、一九例の大腿四頭筋短縮症の症例を追加し、後天性一七例中注射の既往歴のあるものは一二例、他に化膿したもの五例、注射以外のもの五例を報告している。

その後、先天的なものとしては、木下(一九六〇年、文献10)、竹前(一九六二年、文献23)、福島(一九六六年、文献38)、加藤(一九六六年、文献43)諸氏の報告を見、注射による後天的なものとしては、笠井(一九六一年、一九六四年、文献14、文献30)、山田(一九六三年、文献26)、富田(一九六六年、文献39)、飯田(一九六九年、文献60)、及び遠隔成績を詳細に分析した根岸(一九七〇年、文献62)等の報告をみる。

以上のごとく、先天的発生に重きを置くものと、後天的、特に注射による発生を強調するものとの二つに分類され得る。この注射に対しての警告をまず最初に述べたのが、外国ではJ. V. Todd(一九六一年)であるが、本邦ではそれより早く、一九五二年、青木、景山の発表の際の武田、水町、山田、伊藤等が初めてであるといえよう。」

なお、右の文献的考察の他、三三例の症例分析並びに、リンゲル液及びクロラムフェニコールを用いた動物実験を行い、実験例で認めた線維化、筋線維の萎縮及び退行変性が大腿四頭筋短縮症に直接結びつくとは考えられないが、実験結果としての筋の変化を考えると、臨床的に重要な因子としての関連性を認め、また注射が局所に及ぼす影響の大であることを推察し得ると結んでいる。

文献76(甲第九七号証、熊谷進ら、国立小児病院整形外科ほか、昭和四六年)

一般臨床医に本症に対する認識を新たにさせる目的で、昭和四〇年一〇月から昭和四五年一〇月までの自験例二一例について発表した報告。症例及び治療につき検討した後、次のように考按し、結んでいる。

「成因に関して現在分っていることは、注射による筋の変性、あるいは瘢痕化ということである。なにゆえ、大腿前面筋肉内に注射を受けたもののうちの極く少数にのみ本症がみられるのか、また両側に注射を受けても拘縮が片側にしかないものや、拘縮の程度に左右差があるものがみられるのはなぜか、といった疑問がわいてくる。これらに対しては、現在のところ先天性の素因も考えられるし、注射薬液の種類や量、濃度、注射回数の頻度あるいは注射部位が関係しているのではないかと想像される段階をでていない。我々の例では、七例がペニシリン注射によるものであることは興味深いものである。

以上述べたごとく、本症の発生頻度はそう高いものではないが、跛行や疾走力の低下といったハンディキャップを子供らに与えることを考えると、乳幼児期(特に新生児期、乳児期前半)における大腿直筋部への筋肉内注射は避けるべきであり、後遺症の残る恐れのない他の部位を選んで行うのが賢明である。」

文献80(甲第六一号証、泉田重雄、慶大整形外科、昭和四七年)

注射による筋拘縮について、整形外科医から小児科医に対する啓蒙書である。すなわち、「数ある筋拘縮症のうちで、意外に知られていない一群の医原性の拘縮がある。それは極めて日常的な治療処置の一つである筋肉内注射によって生ずる筋の壊死、瘢痕化によって発生するものであって、注射の好んで行われる大腿四頭筋、三角筋、臀筋等にみられ、それぞれ膝関節屈曲障害、翼状肩甲骨及び肩関節内転障害並に股関節内転、内旋制限及び弾撥股等を主症状とする。従来注射による障害としては末梢神経麻痺が良く知られており、上腕部注射による橈骨神経麻痺、臀部注射における坐骨神経麻痺等に関する注意は世上一般によく行きわたっているのに比較して、注射による筋拘縮は注射後症状の発現までに長期間を要し、看過、誤診されている場合も少なくないと思われる。その頻度も決して稀ではなく、大腿四頭筋拘縮症のごときは著者は最近数年にして二〇例以上を経験しており、その間に経験した注射による神経麻痺をはるかに上廻る。以下自家経験を述べて一般臨床医家の参考に供したい。」とする。そして、大腿四頭筋拘縮、三角筋拘縮、臀筋拘縮のそれぞれにつき、代表的な症例をあげて説明し、考按として、若干の文献について触れたうえ、次のように述べている。

「先天性要因による筋拘縮の存在はもちろん否定し得ないが、これらの拘縮は大部分注射による筋の壊死、線維化によるものと考えるのが妥当である。

すなわち、注射された薬剤の局所腐触、壊死作用の強さ、薬剤の量、吸収性、浸透圧、反復度等に応じて筋組織は壊死や、反応性炎症を来たす理であるが、筋組織は一度壊死に陥れば再生力がないために、必然的に壊死部は瘢痕組織によって置換されることになる。元来筋線維は本来の長さの六〇度ないし一二〇度の範囲の収縮、伸展性を有するものであるが、瘢痕組織には到底この弾力性はなく、それに作用する外力に応じてあるものは伸びあるものは瘢痕性収縮を来すことになる。大腿四頭筋拘縮に少数ながら自然治癒の報告のあるものは膝屈筋による不断の伸展作用によって、瘢痕が伸展されたものと考えられる( Lloyd-Roberts 、一九六四年。飯田、一九六九年。)。

小児に多いことは被注射筋が注射薬剤量に比較して小さいこと、乳幼児では薬剤の経口投与が困難で注射による場合が多いこと、組織が幼弱で障害を受けやすいこと、組織反応の旺盛なことや一度形成された瘢痕は成長に従って相対的な短縮を来たすこと等が考えられる。

成人に比較的少なく、小児に多いことから、自然治癒が多く存在するのではないかとの議論もある。また前記のごとく一度発症した拘縮も長い経過のうちに自然治癒を営んだと言う報告も少数ながら存在する。薬剤の種類により、筋肉内注射は多少とも筋組織を障害するものと思われるが筋肉内注射例のうち、かかる拘縮を来たすものは極く少数であるから大部分は障害なく経過するわけである。一度成立した拘縮の自然治癒については我々はそれ程長い追跡調査例をもたないが、手術所見にみる鞏固な瘢痕組織は自然に伸展されるとは考えられず、我々はむしろ成長に伴う再発を憂えるものである。なおまた、成人例も決してないわけではなく、Streptmycine の反覆注射によって生じた三角筋拘縮例を有する(宮本、一九六七)。むしろ近年用いられる薬剤の種類の変化によってこの種の拘縮が増加しているのではないかと考えられる。ちなみに注射に用いた薬剤はペニシリン等の抗生物質が大多数で Vitamink 、抗ヒスタミン剤等比較的近年の開発によるもので、頻回反覆注射される場合が多い。

この種の筋拘縮が医原性のものであれば、なおさらその予防を考えなければならない。そのためには可及的に注射を止めて経口投与に切り替えるべきであろうが、事情によって不可能の場合も多いと思われる。薬剤投与量を一定とすれば薬剤の濃度と容量とは相反関係にあるが最小障害濃度、容積を実験的に確かめる必要があると考えている。

注射部位について言えば、原則的に筋滑動の少ない起始部を選ぶべきであると考える。」

文献83(山之内乙第一六号証、桜井実、東北大整形外科、昭和四七年)

看護婦に対する注射の手技に関する指導書。筋肉内注射に関する項に、次のような記載がある。「臀部は衣服の脱がせ方が難しいこともあり、身動きのできない患者の場合など大腿部がよく用いられる。心配される神経は前方にはないので安全であるが、小児の場合、前方中央に注射したのちしばしば大腿四頭筋短縮症という不愉快な人為的病気を作ることがある。」

文献84(山之内乙第一七号証、桜井実、東北大整形外科、昭和四七年)

実践医家に対し危害を及ぼす恐れのない注射について意を用いるように促すことを目的とし、特に神経麻痺を起こしやすい筋肉内注射の手技を中心に述べた、実務雑記の記事であるが、大腿部の注射に関し、大腿外側広筋以外への注射は好ましくないとし、次のような解説をしている。「注射による神経麻痺の事故は確かに大きな問題である。しかし忘れられてならないのは筋肉内注射による筋そのものの壊死、瘢痕化、続いて起こる筋短縮(拘縮)症である。小児科領域では気軽に大腿部前面正中線上で注射が行われているもののようである。」「注射によって作られた沢山の大腿四頭筋短縮症が整形外科において治療の対象となっている現状である。」「手術的に筋腱の延長術をしなければならなかった例は東北大の統計で分かるように、年々増加の傾向をたどるようで注射の部位が不適当であったために犠性になる患者のことを忘れてはならない。大腿四頭筋の中でも大腿外側広筋に注射を行えばこの筋は起始と附着が少なくとも膝関節を介するのみであることと、大腿の外側に存在しているためにたとえ短縮したとしても股関節の運動障害をきたさないので歩行異常への影響は少ない。」

文献85(青木乙第一五号証、赤石英ら、東北大法医学教室、昭和四七年)

医療事故のうちの注射によるものを論じているが、本症について、薬剤注射による神経麻痺とは違うが大腿部注射は殊に小児科領域において頻用されており、それによる障害は一般に小児科の医師及び看護婦が考えているほど少なくないとし、本症の大部分は後天性のものであり、大腿部の注射、化膿性炎症等によって生じた瘢痕性変化によるとされ、一〇八例の報告を知り得たという。

文献86ないし90(昭和四八年八月八日開催された東部日本整形外科学会主催の大腿四頭筋短縮症についてのシンポジウムにおける各報告の抄録で、同年一二月発行の関東整災誌(甲第五九号証)に掲載されたものである。)

文献86(水木茂ら、弘前大整形外科)

「昭和三四年から現在までの間に、当科を訪れた本症患者は六〇例」「原因は大腿部に注射を受けたことがはっきりしているものが四四例で大半を占めている。」

文献87(阪本桂造ら、昭和大整形外科)

文献71の研究ののち、症例四二例を数えるに至ったとし、四二例中、三九例に注射既往を認めたと述べる。

文献88(赤松功也ら、慈恵医大整形外科)

大腿直筋を広範囲に切除する術式による症例のうち、術後六カ月以上を経過した一二例一三側についてなした臨床病理学的検索の報告。「注射の既往は一一例にあり、二例になかった。線維脂肪組織の増殖が perimysium のみならず endomysium にも認められ、筋線維は萎縮を起こしていた。この傾向は広範囲に認められた。なお、われわれの検索し得た範囲では、注射歴のあるものとないものとの間に組織所見上の差は認めなかった。」

文献89(山岡弘明ら、信州大整形外科)

二〇例二三肢の症例報告。「大腿部への注射が原因と思われるものが一六例である。ことに生後まもなくの頻回の注射が問題である。」

文献90(桜井実ら、東北大整形外科)

「現在まで当教室で扱った注射により生じた本症はおよそ一二〇例である。」

(押田茂実、同大学法医学教室)追加報告。

「日本では文献上一八七例にのぼる注射による大腿四頭筋短縮が報告されているが、外国では症例報告も少ない。また障害されている筋肉も日本では大腿直筋が多いが、外国では大腿外側広筋、中間広筋が多い。これは大腿部における筋肉内注射が日本では大腿前部で外国では大腿外側部に施行されているためでしょう。大量集団発生も既に数か所に見られており、医事紛争に発展している。この様な事故防止のために、小児科医との連携により原因の明確化(注射部位・薬剤等)経過観察の徹底等の検討が望まれる。」

文献99(青木乙第一六号証、押田茂実、東北大法医学教室、昭和四八年四月二八日)

筋肉内注射法の変遷を論じているが、小児の筋注部位についての従来の議論は、直接的に症状の現われる神経損傷についての考察が主な論点であったが、小児の注射の重大な問題は大腿四頭筋短縮症であると指摘している。そして、森崎(文献1)、伊藤 (文献2)、 Guun (文献34)、笠井ら(文献30)及び若干の外国文献に言及し、泉田(一九七二、文献80)は、本症を大腿直筋型と中間広筋型に分類し、従来先天性素因に由来すると考えられていた後者、すなわち、習慣性・反覆性又は恒常性膝蓋骨脱臼は、乳児期に行われた注射によっても発生し得ることを強調したと紹介し、なお、次のように述べている。

「また、注射の既往がないとして先天性と判断されている例が多いが、近年産科において母児異室の傾向があり、また未熟児等は哺育器等に入れられ、母親と隔離されている場合が多いため治療の詳細が分からない例も増加しているので、母親の知らないうちに注射が施行されている可能性も否定できない。

根岸ら(一九七〇、文献62)の指摘した某小児科医院に関係する本症の大量発生に続き、別な地方で四〇人以上にのぼる同様な大量発生をみており、総額金八〇〇万円の賠償を支払った例さえある。現実にある小児科医を経由した患者に大量発生しているということは、それらの小児科医のみが特別に変ったところに日常的に注射していたためではなく、たまたま患児の親が顔を合わせ、親の会を作ったために問題が表面化したに過ぎない。問題が表面化こそしていないが、ある大学の整形外科では年間一〇ないし二〇例に及ぶこのような患者が訪れてきているということに注目する必要がある。

以上の事実から考えると、とくに乳幼児の筋注は慎重に行わなければならず、結局、言い古されたことではあるが、不必要な注射は避けて、必要最小限にとどめ、また治療上連続注射が必要とされる場合には、後遺障害が起こりうる可能性についても十分説明しておくくらいの配慮が必要であろう。」

二、 昭和四九年以降に発表された大腿四頭筋短縮症に関する主な文献の内容(ただし、摘記)は、次のとおりである。

文献101(甲第一〇四号証、森田茂ら、愛媛県立中央病院整形外科、昭和四九年)

昭和四三年から昭和四七年までの五年間に経験した注射によると思われる本症の四例の報告。成因について、次のように考按している。「根岸の三二肢、笠井の一九肢は、いずれも何らかの原疾患で、両大腿へ大量、頻回に注射を受けた既往があった。」 「我々は二例においては明確であったが、他の二例は不明確であった。しかし、数回ではあるが、予防注射や感冒等により発熱の際に注射を受けたことがあった。さらに、この疾患の成立には注射した薬液の種類、量、頻度、部位、先天性素因など複雑に関係し合っているものと思われるが、加えるに大人にはほとんどない点より、年齢的要素も重視されるべきである。なぜなら、注射液の量に対し筋肉の大きさが相対的に小さいこと、年齢的に注射を受ける部位としてよく大腿部が選ばれること、筋肉の活動が少なく筋肉内の血液が不活発であり、したがって、薬液の吸収が不充分なこと、乳幼児の大腿の皮下組織腔は比較的狭少で、この部へ誤まって筋肉内注射のつもりで薬液を入れること、あるいは逆に皮下輸液のつもりが筋内輸液になること、年齢的に刺激物質に対して組織が過敏に反応することなど考えられる。」特定の薬剤が本症を起こしやすいという者もいるが、「これが特異的に作用するものではなく、薬剤または溶剤の持つ非生理的PH、浸透圧、などが、その量、頻度、期間、部位、年齢などと関与しあって、本症が成立するものと思われる。さらに、笠井は異物による無菌的な炎症、また、化膿にまで至らない軽度の感染も考慮しなければならないとしている。桜井は東北大学において本症と診断したものは年とともに増加している事実を報告している。一方、実際には一年間に相当数の乳幼児に大腿部への注射が行われているが、昭和四三年から昭和四七年までにわれわれの外来を訪れた一万五七〇九名中、本症と診断されたものは四名にすぎない。この事実より本症は高率に自然治癒が行われていると思われ、大腿直筋が短縮しても、大腿骨の成長とともにその瘢痕組織は次第に伸展され、さらに、強大な拮抗筋によって同様に伸展され消失するのではないかと思われる。」

文献102(甲第一〇五号証、坂上正樹ら、広島大整形外科、昭和四九年六月)

昭和四一年四月一日より昭和四八年八月三〇日までに経験した本症一六例二六肢の報告。大腿前側への注射の既往が一六例中一四例にみられ、新生児、乳児期に注射をしている症例が大部分であり一二例を数え、また生来虚弱で、三、四歳に至るまで長期間頻回に注射を受けていた症例は二例とも重症例であるが、短期間の注射既往例にも重症例は存在し、薬液の量、種類、頻度等も関与している様であるとする。文献を考察し、我が国では、早くから本症と筋肉内注射との関連性が注目されており、その報告も次第に増加しているが、症例によっては既往歴や症状の進行程度からみて注射等の外因のみに原因を求めるのは困難な例もあると述べ、さらに次のようにいう。「大腿四頭筋に多い理由としては、(1)乳幼児の筋肉内注射が大腿前側に好んで行われること、(2)乳幼児では組織が幼若で障害を受けやすく、組織反応も旺盛であること、(3)新生児、乳幼児では薬剤の経口あるいは経静脈投与が困難で、筋肉内注射によることが多いこと、(4)注射薬剤量が比較的大量になる場合が多いこと、(5)臀筋、三角筋に比し滑動性の高い部位に行われること、(6)一度形成された瘢痕は成長に従って相対的な短縮を来してくること等が考えられる。」「注射液の種類としては抗生物質によるとする報告が多く、本症の増加の一因を抗生物質の使用の増加に求める論者もいるが、一般的にいって注射液の有する非生理的なPH、浸透圧、筋肉毒としての作用が、量、頻度、期間、年齢、部位等と複雑に関与し合って本症を惹起すると考えた方が合理的である。」

文献107(甲第一一二号証、亀下喜久男、神奈川県立こども医療センター整形外科、昭和四九年)

近年、大腿四頭筋短縮症や三角筋短縮症が注射後の筋の線維化により起こることが明らかにされ、改めて、注射療法を多用することに反省が求められていると書き出し、大腿四頭筋短縮症について、一九七〇年以後、本邦では本症の数拾例とまとまった報告が相次いで行われ、その大多数の症例に注射の既往があることや、病理組織所見などから、現在では、本症と注射との因果関係が一般に認められていると述べ、最近の報告を見る限りでは、注射によると思われる症例がそのほとんどを占めており、先天性の症例は非常に少ないのではないかと思われるとし、さらに、注射がどのように作用して本症が引き起こされるかについては現在のところ、確定的なことはほとんど分かっていないとしながら、笠井ら(文献30)及び根岸ら(文献62)の見解を紹介している。

ついで三角筋拘縮症につき考察したのち、次のようにまとめている。「注射による筋短縮症は、筋線維の瘢痕化が主病変であり、いったん発症すると、根本的な治療法はなく、現在でも、瘢痕部の切離、切除など、対症療法が行われているにすぎない。本症の原因が注射であることが判明している現在、本症を扱ううえで最も大切なことは発生を予防することである。本症の発生に、注射がどのように作用するかは現在なお不明であるが、新生児期や乳児期に注射療法を多用する必要がある小児科医は、この時期が筋短縮症を起こしやすい時期であることを十分に念頭に置く必要があろう。本症の発生を予防するためには、この時期に不必要な注射を絶対にしないことが大切であり、また、注射部位としては 『おむつ』を除去し、体位を換え、清拭するなど繁雑ではあるが、比較的安全な臀部を第一に選ぶようにすべきであると考える。」

文献112(甲第一一六号証、太田道夫、国立甲府病院整形外科、昭和四九年)

第二九回臨床小児医学懇話会における講演記録。山梨県の公的機関である「山梨県大腿四頭筋短縮症委員会」のメンバーであり、原因など調査研究の段階で詳しい話はできず、私見として受け取って欲しい旨を断ったうえで、「原因は、やっぱり、今までの調査研究、それから今までの整形外科学会の趨勢からいきまして、注射だとある程度断定せぜるを得ないのではないかと考えております。」と述べ、また、質疑討論において、「注射を何回もやったから起こったのか、注射液に問題があるのか、そういうご質問でございますけれども、私はどちらにも原因があると思います。」と答えている。

文献116(青木乙第九号証、赤石英ら、東北大法医学教室、昭和四九年)

「以上、注射剤の物理化学的性状などについて述べたが、PHや浸透圧がひどく偏っているものや、溶血性ひいては細胞毒作用、組織障害作用の極めて強いものが現実に少なからず存在している。そして、このようなものがいろいろな問題を起こしていることは、動物実験による確認にまつまでもなく、すでに多数の『人体実験』から明らかである。」とし、結論として、次のように述べる。

「(1)すべての注射剤の能書の冒頭にPH、浸透圧、溶血性を明示すべきである。 (2) 製薬関係者は、『薬剤は人間の幸福のために人間に使われるものである』という薬学の原点に立ち帰って、薬物ショックはもちろんのこと、局所障害性なども極力減らすよう、いっそう努力していただきたい。 (3) 病院薬剤師は、注射剤の物理化学的性状等について、遠慮することなく、医師に教示していただきたい。 (4) 医師は、注射剤の性状をよく理解し、注射は必要最少限にとどめ、かつ、より安全な部位に行っていただきたい。」

文献119(甲第二一号証、光安知夫ら、九大整形外科、昭和五〇年三月)

本症の臨床像及び治療について論じたのち、次のように述べている。「先天性及び後天性を含めての本症における筋の線維化に対しその組織所見を最初に記載したのは Hnevkovsky であり、本症の病因解明に一歩を印したといえる。 William は本症と筋性斜頸、内反足等との合併例より、これらの発生は同様な成立機序よるものであろうとし、 Gammie の症例では、一連の筋線維は幼若な細胞成分に富む結合織により囲まれていて、進行性のFibrosis であったと述べている。 Hagen は筋線維に変性を認め筋線維束は部分的に線維組織でおきかわり、ある部分では脂肪組織で置換されている。笠井は筋線維は萎縮し変性に陥って強い退行変性を示し、間質細胞も増殖していると述べている。富田はガラス様変性に陥った索状配列を認めている。飯田は筋線維は萎縮し退行変性を示し、間質細胞は増殖し主として Fibrosis の像を呈していると述べている。次に薬剤の毒性に関しての研究は赤石がPH、浸透圧、溶血性の観点より成熟家兎の脊椎両側などに筋注して実験し、次のような結論を出している。溶血性の強い注射剤を皮下や筋肉内に注射すると、その局所に変性や壊死、ひいては線維化、瘢痕化を来たす可能性が強いという。またPH、浸透圧に関しても生理的範囲が望ましいことを述べている。次に注射による本症にみる線維化の発生機序として、河井は筋線維の阻血性変化を考え、また Lloyd-Roberts は新生児の皮下腔の狭小なことを、笠井、福岡らは無菌性若しくは感染による瘢痕、注射部位の不適を、 Hagen は注射による浮腫、出血壊死がその線維化、癒着更には拘縮を招来すると考え、更には注射総量が筋肉の容積に比し多すぎること、注射による筋線維束の解離を推測し、更に笠井、根岸らは非生理的なPH、浸透圧、筋肉毒作用がその量、頻度、期間、部位、年齢と関連すると述べている。また、三上は家兎にクロラムフェニコールを筋注する実験施行後、筋腹部での線維化と組織間隙の粗な部分の血管、神経存在部、また共同腱に線維増殖をみる。このことからその筋に過量の薬剤が注入された場合には組織間隙の粗な部分に薬剤が滞留し、そのために同部での線維増生が強いのではないかと述べている。以上述べた如く、ある薬剤の頻回にわたる注射によって、この疾患が発生することは今や疑いの余地のないところとなっている。」

文献125(甲第六二号証、村上宝久、国立小児病院整形外科、昭和五〇年四月)

本症の報告は、「本邦ではとくに一九六四年前後より多数の報告例がみられ、現在までに症例数にして約五〇〇例以上の報告がある。」とし、本症の発生は、今までの多くの報告例よりみても筋注の影響によることが最も主要な因子であることはすでに明白なことであると述べ、さらに次のように考察する。

「後天説の注射の影響とするものとしては、その発生機序として筋注により筋の部分的壊死が起り、その結果この部分に瘢痕が生じて繊維化し、拘縮を発生するという考え方が多い。筋の壊死をもたらす因子としては次のごとき場合が考えられる。すなわち、①注射薬剤のPH、浸透圧などの化学的影響によるもの、②注射薬剤の筋に対する量的割合の影響によるもの、③注射薬剤の筋肉内注入圧力による筋繊維束の機械的損傷による影響など種々なることが想定される。また、注射薬剤としては、今までの報告例によれば内外ともに抗生物質によるものが最も多く、ついで解熱剤、抗ヒスタミン剤などの順となっている。また少数ではあるが大量皮下注射でも発生をみており、これは大量の注射液の注入により局所的な阻血状態を生じて筋を変性に陥し入れたとも考えられる。発生頻度としてもっとも多い抗生物質などは、大分以前より局所に対する炎症反応が強いことはすでに知られており( Hagen, Williams 一九六八年)、また吸収の悪い解熱剤なども組織に対する反応が強く、局所に障害を与えることは十分に想定される。

本症の発生は同一部位に反復多量の筋注を受けたものに多発はしているものの、ただ一回のみの筋注でも拘縮を発生している症例が少なからず存在し、また同一の筋注が行われても全例に拘縮をみているわけではなく、このようなことを考え合わせてみると、何らかの先天性素因を有するものに本症が発生しやすいのではないかということが考えられる。

以上のごとく、本症は注射薬剤の影響により筋の部分的壊死→瘢痕化(繊維化)→拘縮発生という機序で起こることはまず問題ないものと考えられるが、その他にも筋の解剖学的構造の特殊性についても考えてみる必要がある。つまり筋の部位によっては構造的にみて容易に拘縮を発生しやすいのではないかと考えられるからである。例えば三角筋を例にとって考えてみると、この筋は一見扁平な縦走する筋繊維束の集団と見えるが、実際には構造的にみて、その中央部(肩峰部)は多数の矢羽状(multipennate)となっており、その矢羽の各中心部は腱様組織となっている。したがって、これら矢羽状の筋繊維の一部に変性(繊維化)が起こればこの腱様組織と容易に癒合し、一魂となって繊維性の索状を形成しやすい。大腿四頭筋においても、大腿直筋などの構造もこのような矢羽状(bipennate)となっており、筋の部分的変性から容易に繊維性索状化を発生しやすいことが十分考えられる。」

また、昭和四一年から昭和四九年の間の本症患児、総数一一七例、一五一肢について、検討を加え、来院患児を年度別にみると、昭和四一年から昭和四五年にかけて多いこと、注射時期については、注射既往不明の二例を除いた一一五例中一一〇例八八%が新生児、乳児期間に注射を受けたものであり、新生児二一例中一九例が未熟児で、また注射既往不明の二例はともに未熟児であったことを指摘している。

そして、次のように結んでいる。「以上、本症についてその概略を述べてみたが、本症の成因、治療、予後などについては、まだまだ不明で未解決な点が多く、問題解決のためには多方面よりの幅広い研究が必要である。

冒頭にも述べた如く、本疾患は新生児、乳児期の筋注による影響がもっとも主要な原因と考えられ、不必要な筋注は絶対やめるべきであり、やむを得ず行う場合には筋の障害が最も少ないと思われる部位を選んで必要最少限度のものを行うべきである。」

文献128の1(甲第一一九号証、亀井正幸ら、阪大整形外科ほか、昭和五〇年)

五九人の手術症例を分析したもの。「本症の原因を考えるとき、その解剖学的特徴を忘れてはならない。すなわち、大腿直筋は中枢側の腱がかなり長く末梢まで及んだ羽状筋であり、変性が起こると容易に末梢側の腱との間に結合織性の連絡が起こる。また、この筋は二関節筋で、乳児では伸展される機会が少なく、血行も少ないため、注射により変性を起こしやすく、大腿直筋型の短縮症が多くなる。これに反して、歩行開始後は、注射の影響は少なくなるが、大量の注射では直筋のみならず、広筋にも悪影響を及ぼし、混合型になる。我々の調べた注射歴でも、この事実を裏付ける傾向を認めたが、注射歴の全くない者も五人あった。組織学的所見で、注射による瘢痕化と思われる部分では、変性した筋線維束と膠原線維で置き替った部分とが見られる。一方、注射歴のないものでも、筋線維に変性所見が認められたことから、先天性の大腿直筋短縮症の存在も否定できない。」

文献149(国乙第三〇号証、堀誠、国立小児病院小児科、昭和五〇年四月一五日)

我が国にみられる本症の発生と、大腿部への筋注との因果関係があることは否定できないが、その発生要因をつきつめて考えると、次の点が問題になるとする。

① 注射による本症の成立には、注射した薬剤の種類、量、頻度、部位、先天性素因などが複雑に絡み合っていると考えられるが、さらに年齢的な要素が重要である。乳児の大腿部に筋注を行えば、注射液の量に対して筋肉の大きさが相対的に小さいし、筋肉の活動が少なく、血流が不十分であるため、注入された薬液の吸収が円滑でないこと、乳児の大腿の皮下組織腔は比較的狭小で、筋肉注射のつもりで注射した薬液が誤ってこの部へ流入すること、又は皮下輸液のつもりが筋肉内注射になってしまったり、年齢的にみて刺激物質に対し組織が過敏に反応する、などの不利な点が考えられる。

② 大腿四頭筋は、三角筋の矢羽状の筋線維と類似する構造をもっており、注射などにより発生した部分的変性から容易に線維性索状化が起こりやすいと考えられる。

③ 生理的食塩水、リンゲル氏液などが生理的で、かなりの大量を皮下に注入しても特殊な事情がない限り、目立った障害を起こさないことは良く知られているが、赤石らの検討にみるように、現在筋注剤として用いられている薬剤は、PH、浸透圧、溶血性のいずれの面においても、生理的なものでなく、組織障害性を伴う。

なお、本症の発生は、同一部位に反復して頻回の筋注を受けた者に多発しているようであるが、ただ一回の筋注だけで拘縮を起こしている例もあり、反対に、同じような筋注が行われても全部が拘縮を起こしているわけではないので、これらのことを勘案してみると、何らかの先天性素因があり、そのような人が不適当な薬剤の注入を受けた場合に拘縮を起こしやすいのではないかとも考えられる。

④ 普通、筋肉注射によって筋肉部に明らかな化膿巣を形成することは稀なものであるが、近年、弱毒菌感染のことが問題になりつつある。本症の場合も、ごく軽微な筋炎がなかったか否かが考えられるが、これまでの報告ではそれを裏付けるような事実に乏しい。しかし注射後の無菌性膿瘍の形成が原因になったという症例もあり、普通膿瘍の膿汁培養には嫌気性培養を併用しないことが多いので嫌気性菌は検出されなかったかも知れず、今後はこのような点からの検索も必要でないかと考える。

文献151(国乙第三〇号証、赤石英、東北大法医学教室、昭和五〇年四月一五日)

筋注の後遺症としての大腿四頭筋短縮症は、筋肉の線維化、瘢痕形成によるものであり、筋肉にこのような変化を起こすのは、一般に注射のやりすぎであることは明らかであるが、注射剤そのものに問題がなければ強い障害は考え難いとして、文献116と同旨の検討及び提案をしている。

文献172(台糖乙第一二号証、津山直一、東大整形外科、昭和五一年一二月一〇日)

「注射という行為自体が非生理的な現象であるから、正常の生体組織がそれによって瘢痕化し、その程度によっては機能を障害することは、筋肉注射を全面的に否定し、行うことを避けない限り不可抗力的であるといえる。この場合筋肉注射によって筋組織に変化の起こる原因としては、未熟児や幼若児の小さな筋に対して細い注射針であろうとも、反復刺入すること自体、刺創を繰り返し与えることになり、それにより機械的損傷を起こす可能性がある。それに加えて薬物の細胞毒性、PHや溶血性による筋細胞破壊の問題があり、薬物がたとえ生理的食塩水やリンゲル液のごとき、無毒のものであっても、松生ら(文献一七)の報告のように大量の液を筋中に急速に注入すると、筋は本来筋膜や筋鞘などの伸張性に乏しい結合織性の膜によって包まれたコンパートメント内に存在するものであるために、筋内組織の膨化、筋全体としての容積の増大が液体注入により起こるに比し、筋を包むコンパートメントは容積を拡げ得ないために、相対的に筋組織の内圧が抗進し、筋内の血管が圧迫せられ、筋内血行は不良となり、筋に阻血状態が起こる可能性がある。これらの現象のために筋細胞自体が死滅することに至る。これが注射による筋の壊死である。注射を同一筋に反復する回数が多いほどこのような病変を起こしやすいが、少数回の少量の薬液によって筋に壊死が起こり得る場合のあることも知られている。これは細胞毒性効果が激しくあらわれたほか筋中栄養血管に損傷が加わっておこることも考えられる。」と述べている。また、佐藤らの報告(文献128の5)によれば、二四〇四名中七六%に明らかな注射の既往歴があり、注射の既往歴のないことが明らかであるものは三%にすぎない(二一%は既往不明)が、先天性のものや外傷など注射以外の原因についての報告などを検討すると、総じて本症の大部分、すなわち右佐藤らの報告の七六%よりずっと多くが注射に原因するものと考えられるとし、さらに拘縮症群に未熟児の多いことは極めて重視すべき現象であると述べる。

文献173(台糖乙第二〇号証、森崎直木、東京女子医大、昭和五一年八月三〇日)

外科学の大系書中の本症に関する記述である。歴史、解剖と生理、病理解剖、愁訴、症状、予後、治療など本症に関して全般的に論じているが、本症の頻度につき、次のように述べる。

「一般に本症の頻度はそれほど高いものではない。著者の教室では二五年間に二〇例に満たない。一九七三年の東日本整形外科学会で、東北大学整形外科から一二〇例の報告(文献90)があったが、これも二〇年以上にわたって、関連病院の症例をまとめたものである。この年山梨県において集団発生があり、その数は四〇〇例をこえ、これまでの報告例数とは比べものにならない数である。またこれと前後して各地に集団発生例があったことはまことに残念である。一九七五年日本整形外科学会総会では、厚生省の研究班と自主検診団から、それぞれ、二〇〇〇名以上の本症例について報告があった(文献124、文献128の5)。(中略)大量の集団発生から大きな社会問題となり、注射との関連が認められたので、将来、本症の発生は激減するものと予想される。」

本症の原因については、次のように述べている。

「①先天性と、②後天性の二つが考えられる。しかし圧倒的大多数は後天性のものである。

先天的に本筋の拘縮状態を生ずることは考えられる。例えば、arthrogryposisの部分症状としてこのような状態がみられてよかろう。また多くの奇形を合併するようなときにも先天的の原因を考えることができよう。先天的であることの最も確実な証拠は、生まれたときすでに、後に述べるような本筋の拘縮状態を証明することである。たとえ先天性というタイトルがついていても、このような明らかな証拠をつかまえて記載している文献はほとんど見当たらない。

歴史的にみても、内外の文献とも初期の報告例はほとんど先天性として発表されており、次第に後天性のものが多くなり、現在ではほとんどが後天例ばかりである。これは初期には注射による後天発生に気づかなかったためと考えることができる。既往歴に注射がなかったという理由で、先天説とすることはおかしい。両親は我が子が新生児期に注射を受けたかどうかについて知らない可能性が強いからである。

病理組織所見や局所の臨床所見の上でも、先天性、後天性の鑑別にこれといったものはない。

このようなわけで現在、後天説が圧倒的であり、またほとんどが注射後に発病した症例である。

注射は主として大腿部の筋肉内注射であるが、大量皮下注射の症例もある。阪本の動物実験ではむしろ大量皮下のほうが変化が大きいという。注射薬としては抗生物質と解熱鎮痛剤が多い。この際その濃度や量、注入速度、注射回数なども関係するであろう。赤石は注射薬のPHと溶血性を重視している。局所の化膿は本症発生を助長はするが必須条件ではない。

この部に筋注を受ければ、全例に本症が必発するものではなく、むしろ、そのうちのあるものに起こるので、患者の素因もある程度関係するかもしれない。未熟児には発生率が高い。生後六カ月以内に注射を受けたものが多い。注射から本症発見までの期間は数か月から二ないし三年である。

このように本症と注射とは密接な関係のあることは疑いないが、動物実験で本症と同様の状態をつくることが完全には成功していないので、まだ不明の点が残されている。」

予防について、次のように述べている。

「初め先天性の原因が主として考えられた本症も、今や大腿部注射との関連がきわめて密接と考えられるようになった。したがって、本症の予防にはこの部の筋注をでき得るかぎり避けるということに尽きる。是非必要な場合も、不必要な量や濃度とならぬようにし、回数を必要とするときは注射側や部位を変更して行うなどの注意をする。未熟児に対する筋肉注射は正常な新生児よりも本症を発生しやすいとされているが、未熟児なればこそなお注射の必要性は高いであろう。

注射部位として大腿部以外を選ぶことでは問題は解決されない。注射による三角筋、臀筋、上腕三頭筋などの拘縮症も遂次報告されているからである。

将来、注射をしても拘縮を起こすおそれのない薬液などの開発が切望される。」

文献198(国乙第三三号証、堀誠、国立小児病院小児科、昭和五三年四月二五日)

診療手技に関する実務書であるが、新生児に対する筋肉注射につき、次のように述べる。「新生児に薬剤を非経口的に投与する場合静脈内投与が望ましいが、静脈内投与ができない薬剤は筋注を行わざるを得ない。しかし、新生児に対する安全な筋注部位は存在しないということを銘記しておくべきである。乳幼児ではやむを得ず筋注を行う場合、たとえ後遺症が発生したとしても機能障害を残すことが比較的少ないとされている大臀筋部の上臀半月部が用いられるが、新生児特に未熟児では大臀筋の発達は悪く、坐骨神経を損傷したり、肢関節腔を穿刺する恐れもある。しかし、やむを得ず筋注をしなければならないときには、外側広筋が普通用いられているようである。方法は新生児を背臥位にして下肢を伸展位に固定し、大腿中央の外側に針を皮膚に直角に刺す。大腿中央前面には筋拘縮症が発生した場合、機能障害が最もひどく出現するので決して注射してはならない。注射を反復しなければならないときは、毎回部位を変更して同一部位に集中しないよう厳重に注意する。針は細いものを用い、注入液量は0.5mlを越えないようにする。なお、現在用いられている大部分の注射剤には生理的なものはなく、筋注により組織障害を起こし、場合によっては筋拘縮症の原因となる可能性があることを忘れてはならない。」

更に、乳児に対する筋肉注射につき、次のように述べる。「従来、大腿部前面のやや外側が用いられてきたが、大腿四頭筋拘縮症の発生を考えると、この部位は避けなければならない。現今市販されている注射薬のほとんどは組織障害性があり、またどこの筋肉に注射しても筋拘縮症を起こす危険があるが、やむを得ず筋肉注射をしなければならないときには、不幸にして筋拘縮症が起こったとしても機能障害が他の部位よりも軽度とされる上臀半月部を選ぶ。注射回数が多くなるとき、浮腫、脱水、末梢循環不全などが著しいときには、よけいに筋拘縮症が発生しやすい。」

文献210(台糖乙第二三号証、長畑一正ら、昭和五五年九月二五日)

注射と処方に関する実務書であるが、本症に関し、次のような記述がある。

「薬剤開発の側から工夫が積み重ねられてきたとはいえ、組織内、血管内に異物を注入していることに基本的に変わりはない。そのため日常化していることもあって、注意を欠いたり、安易な用い方をすると事故につながる危険をはらんでいる。現に医療事故のなかで注射の占める割合は、いまなおきわめて大きい。また、大腿四頭筋拘縮症を初めとする筋短縮症の発生は、注射の適応について厳しい反省を迫っている。」「従来、小児科医のなかには、神経麻痺、偶発事故に加えて、注射が子供に苦痛・恐怖心を与えるため、できるだけ避けるべきだとの指摘もなされてきた。ところが、このことが定着しないままに大腿四頭筋短縮症を初め、注射による小児の筋短縮症の多発が明るみに出され、改めて注射の適応が問われている。小児の筋肉注射の部位としては、臀部・大腿部があげられる。神経麻痺を避ける目的で大腿外側又は前部が用いられてきた。ところが、その後遺症として大腿四頭筋の拘縮が少なくないことが、患者の親達の運動、自主検診医師団の手で明らかにされてきた。その後、三角筋の注射などでも同様の障害が見い出され、注射部位、薬剤、年齢、注射回数などの要因が分析されている。原因の解明は今後に残されている部分が多いが、その過程で筋肉注射の濫用が明らかになり、事態を黙視できなくなった整形外科学会は次のような提言を行った。」このように述べて、文献177の内容(理由第二、二4を参照)を紹介している。

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